高齢者の骨・関節疾患の予防・治療法の開発と疼痛緩和対策に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200270A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の骨・関節疾患の予防・治療法の開発と疼痛緩和対策に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
岩本 幸英(九州大学大学院医学研究院整形外科)
研究分担者(所属機関)
  • 菊地臣一(福島県立医科大学医学部整形外科)
  • 木村友厚(富山医科薬科大学医学部整形外科)
  • 中村耕三(東京大学大学院医学系研究科整形外科)
  • 廣田良夫(大阪市立大学大学院医学研究科公衆衛生学)
  • 武藤芳照(東京大学大学院教育学研究科身体教育学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
19,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、中高年者の骨・関節疾患の中でも発生頻度の高い変形性関節症、脊椎変性疾患、骨粗鬆症およびこれに関連する骨折に対して、疫学的手法、分子生物学的手法、運動生理学的手法、心理学的手法等を用いて、その発症および増悪因子の解明を行い、有効な予防対策を講じ、各種薬物治療や手術法の研究開発を推進して、最先端の治療体系の確立を目指すこと。そして、広く国民に対して、多様な骨・関節疾患に関する知識と理解を深めるよう啓発することを目指して研究を行った。
研究方法
1.縦断的疫学調査(1):福岡県で平成6および12年度に骨関節疾患に関する住民検診を実施し、追跡調査可能であった中高齢女性157名を対象として、ライフスタイル調査、身長、体重、DXA法による橈骨骨密度(BMD)測定、血液検査を行い、重回帰分析を用いて経年的なBMD減少に影響を与える要因について多変量的に解析した。
2.縦断的疫学調査(2):福島県で平成13年および翌14年に腰痛検診を行い、追跡可能であった642名(男性290名、女性352名)について、腰痛関連アウトカム指標(疼痛、機能状態、総合的健康感(SF-12)、社会参加、主観的幸福度、健康満足度)の経時的変化について縦断研究モデルを作成し、各指標の相互関連について 統計学的検討を加えた。
3.横断的疫学調査(1):福岡県で平成12年度に行った住民検診の受診者518名(男性156名、女性362名)を対象として問診およびX線撮影を行い、手指関節症(OA)とgeneralized osteoarthritis(GOA)の有病率を算出して、手指OAの左右差と利き手の関係について統計学的分析を加えた。
4.横断的疫学調査(2):膝OAの診断を受けた40歳以上の男性114人を対象に自記式調査票による調査を行い、膝痛や歩行能力を目的変数とし、年齢、体格、既往歴、喫煙・飲酒、正座習慣、運動習慣等を説明変数としてlogistic regression modelにより解析した。
5.分子生物学的研究(1):軟骨再生の研究では、家兎の間葉系細胞を継代培養し、これに軟骨分化増殖因子であるCDMP1/GDF5遺伝子をlipofectionにより導入し、細胞増殖をMTT assayで、軟骨分化の促進を遺伝子発現(RT-PCR)で測定評価した。さらにin vivo研究では、CDMP1遺伝子を導入した細胞を家兎膝関節の軟骨欠損部に自家移植し、経時的に軟骨修復度を観察し、 免疫組織学的に検討した。
6.分子生物学的研究(2):OAの病態に関する研究では、遺伝子操作マウスの膝関節靱帯や半月をマイクロサージェリー手技を用いて切除し、3タイプの「膝OA誘発モデル」を作製し、免疫染色やIn situ hybridizationを行い、術後のOA変化を経時的に観察した。
7.身体運動学的・予防医学的研究:転倒回避能力の実用的指標として「健脚度」測定ソフトを開発し、高齢者を対象に、転倒恐怖や自己効力感との関連を検討した。また「転倒予防教室」の参加者に対して、大腿骨骨密度測定、身体面指標(健脚度、バランス能力)および心理面指標(POMS)の評価を行い、多角的に検討した。さらにメディカルチェックと安全管理面についても分析した。
結果と考察
1.縦断的疫学調査(1):BMD変化に関する縦断研究では、「中高齢女性の橈骨BMDの経年的減少率は、初回測定時のBMD値が高いほど大きい」という予想外の結果が得られた。これは本邦で初の報告であり、BMDが高い場合には、むしろ "fast loser"である可能性を念頭に置いて、BMDのフォローアップ測定や骨代謝マーカー測定など、多面的な評価法を考慮する必要がある。
2.縦断的疫学調査(2):腰痛関連指標に関する縦断研究では、「腰痛や下肢痛が日常活動の制限を生じた結果、総合的健康感に影響が及び、さらに健康満足度にも影響が及ぶ」とする体系的な関連が明らかとなった。腰下肢痛の変化を評価するには、心理・社会的視点に立脚し、複数の患者立脚アウトカムを用いた多角的アプローチの必要性が示された。
3.横断的疫学調査(1):OAに関する横断研究でのX線有所見率は、手指OAは18.9%(右のみ8.6%、左のみ1.6%)、GOAは13.0%であった。手指OA発症に関する要因分析では、「利き手の機械的ストレスによる局所的要因と、GOAに関連する全身的要因とが、各々独立してOA発症に関与していること」が明らかとなり、単一関節のみにとらわれることなく、全身諸関節の状態にも広く注意を払う必要性が示唆された。
4.横断的疫学調査(2):膝OAの男性患者に対する横断研究では、「疼痛や機能障害は、飲酒や喫煙、正座習慣、高血圧治療歴、外傷歴、身長、過去の膝痛等と複雑に関連していること」が示された。さらに目的変数が3段階の場合には、"proportional odds model "という解析法の採用によって、従来にない詳細な解析結果が得られた。
5.分子生物学的研究(1):家兎の骨髄由来間葉系細胞へのCDMP1遺伝子の導入は、in vitroにて細胞数減少を抑制し、軟骨分化度を軽度亢進させ、またin vivoでの細胞移植においては良好な軟骨修復が得られることが動物モデルで検証された。これは今後、細胞移植を用いた軟骨再生治療の確立への重要な手がかりとなるものと期待される。
6.分子生物学的研究(2):遺伝子操作マウスにマイクロサージェリーを用いて作製したOA誘発モデルによって、OA発症のメカニズムとして「軟骨細胞の肥大化・分化のメカニズムには時間的・空間的な異常を生じていること」が証明された。この動物モデルは再現性が良好であり、OAの発症メカニズムの解明と、治療法の研究開発において大いに活用されることが期待できる。
7.身体運動学的・予防医学的研究:健脚度を用いた機能評価によって、歩行速度と大腿骨頚部骨密度との有意な関連など、転倒・骨折予防に役立つ貴重な情報が得られた。また「転倒予防教室」の実施によって身体機能の向上が認められたが、年代に応じた心理面への配慮の必要性と、メディカルチェックや安全管理の重要性も示された。「転倒予防教室」は、高齢者のQOL阻害要因となる転倒・骨折を回避するための対策として、今後広く全国的な普及を図り、予防医学の実践的モデルとして発展させてゆく必要がある。
結論
1.橈骨BMDの経年的減少率は、初回測定値が高いほど大きく、BMDが高い者に対する評価・指導法を再検討する必要がある。
2.腰下肢痛は「日常活動に制限を生じ、健康感に影響を及ぼし、さらに健康満足度にも影響を及ぼす」とする因果モデルが考えられ、心理社会的視点から多面的評価を要する。
3.手指OAの発症には、利き手に関連する局所的要因と、GOAに関連する全身的要因がそれぞれ独立して関与している可能性がある。
4.膝の疼痛と機能は、ライフスタイルや既往症など複数要因と関連しており、"proportional odds model"のような解析法を駆使することにより詳細な情報を得ることができる。
5.家兎間葉系細胞への軟骨分化増殖因子CDMP1遺伝子の導入によって、in vitroでは細胞数減少は抑制され、軟骨分化は亢進され、さらにin vivoでの細胞移植においては良好な軟骨修復が得られた。
6.遺伝子操作マウスから作製したOA誘発モデルにより、OA発症における軟骨細胞の肥大化・分化のメカニズムには時間的・空間的な異常が生じていることが証明された。
7.転倒回避能力の指標として健脚度の有用性が認められた。「転倒予防教室」によって身体機能は向上したが、年齢に応じた心理面への配慮や、安全管理体制の整備が重要である。

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