聴覚・視覚機能の低下と言語コミュニケーションに関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200268A
報告書区分
総括
研究課題名
聴覚・視覚機能の低下と言語コミュニケーションに関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
川瀬 哲明(東北大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者においては、加齢変化の結果として聴覚機能が衰えてくることは周知の事実である。これに起因する言葉の聞き取りの障害は、ともすれば、高齢者の社会参加に対する障害要因の一つになりうる。また、その程度は軽度であっても、心理的な影響も大きくいわゆる高齢者の閉鎖的な社会環境を生みだすことも指摘されている。言葉によるコミュニケーションの障害については、従来聴覚障害だけが注目されてきたが、言葉の認知においては、視覚、聴覚などのマルチモーダルな情報を効果的に利用していることが知られている。そこで、言葉によるコミュニケーション能力の低下を聴覚・視覚のマルチモーダルな側面から検討し、各個人の聴覚・視覚機能の低下がどのように複合的に影響を与えているか、また、聴覚障害に対する補聴や、視覚障害に対する眼科的な手術療法や適切な眼鏡使用がどのように言葉のコミュニケーションの改善に役立ちえるかを明らかにする。本年度は3年計画の3年目で、a) 実際に行なわれている高齢者の白内障手術の術前、術後視力の成績解析から、視力改善治療の言葉のコミュニケーションにおける意義の考察、b) 昨年までの研究で明らかになった、聴力劣化時の言葉の聞き取りにおける、視覚情報の重要性について背景メカニズムのPET(ポジトロン断層撮影)による解析、並びに、c) 3年間の研究の総括を行なった。
研究方法
(a)白内障手術患者の術前・術後視力の検討
宮城県県北の眼科医院における、最近1年間の全白内障手術症例336例341側(男112名、女224名、年齢44歳~90歳、平均年齢73.4歳)を対象に、術前と術後の視力状態について検討し、マルチモーダルな言葉の聞き取りにおける視覚情報改善の側面から手術の意義を考察した。
尚、手術術式は、水晶体超音波乳化吸引術+人工水晶体挿入術:320例、水晶体嚢外摘出術+人工水晶体挿入術:21例である。また、指数弁、手動弁、光覚弁は、それぞれ、視力0.004、0.002、0.001に換算し検討した。
(b) 視覚・聴覚情報活用の相互作用のPETによる解明(東北大学サイクロトロンRIセンターとの共同研究)
成人男性12名(22歳-29歳、平均年齢25.4歳)を対象にさまざまな条件下で提示した音声情報に関する視覚・聴覚刺激に対する脳内活動を解析した。尚、検査実施に際しては、東北大学サイクロトロンRIセンターの課題選択委員会の審査を経た上で、被験者に検査内容に関する説明を文書で行い、文書にて検査への参加同意を得た上で行なった。基本的な検査条件としては、ことばの聴取時に、その音声を発する顔画像が同時に提示される場合、されない場合、提示音声が通常の場合と、音響フィルター(low pass filter)で劣化させた場合を比較検討した。
今回用いた視聴覚刺激は、聴覚刺激は「be」を基本とし、通常(原音)の「be」音、500Hz low pass filterを通したfiltered 「be」音、noise burst音の3種類とし、それぞれの音声刺激に同期して、「be」を発声する時の顔画像を同時に提示する刺激と、顔画像をガウス変換を用いてノイズ化した画面を提示する刺激を作成、合計6種類の刺激を作成した。尚、あらかじめすべての提示音節のレベルを等価騒音レベルLAeqで等しくなるように調整、DVテープに記録、1分10秒間に11刺激連続提示し、その間の脳活動(脳血流量の変化)をPET画像で観察した。尚、視聴覚刺激の提示順序は、被験者ごとでランダムオーダーとした。また、視覚刺激はOlympus社製のフェイスマウントディスプレイシステム(Eye Trek FMD-700)を用いて、聴覚刺激は被験者から50cmのところに設置したスピーカーシステムを用いて提示、音圧は被験者の耳の位置で80 dB SPLになるように調整した。また、PET撮影中の提示刺激の知覚については、なんと言う言葉に聴こえたかを 「be」、「de」、「それ以外」の3肢の回答から強制選択させた(それ以外の場合は、/se/と発声させた)。
PETの計測であるが、Shimadu社製ポジトロン断層撮影装置(PET2400W)で視覚・聴覚刺激時の局所の脳血流量の変化を検出した。トレーサーとしては15O-H2Oを用い、静脈注射により投与した。また、撮影された画像データ―は、SPM (statistical parametric mapping) により評価解析した。SPM法では、記録した各被験者のデータ―を標準脳上voxel上の血流量変化のデーターに正規化することで,全被験者のデータ―を用いて、刺激条件間での変化を統計学的に検討した。
結果と考察
(a)白内障手術患者の術前・術後視力
全症例の平均視力(矯正視力)は、術前0.378であったが、術後は1.079に著明改善していた。また、昨年までの検討で、視力0.3以下になると2.5m上の距離での聞き取りに影響が著明になることがわかっていたが、視力0.3以下の患者の割合は、術前30%に対し術後3%と著明減少していた。この結果は、日常行なわれている白内障手術が、視覚情報による音声情報知覚改善の観点でも、意義の大きいものであることを示すものと考えられた。今回、これらの対象者の聴力状態を評価、検討することはできなかったが、対象の年齢を考慮すると、少なくとも、小さな声の聞き取り、ざわざわした雑音下での聞き取り時の対面話者の聞き取り改善には、視力改善手術は有意な効果を示すことが期待された。 
(b) 音声情報知覚時の視覚・聴覚情報の相互作用のPETによる解明
今回提示した、聴覚―視覚刺激の組み合わせは聴覚「be」-視覚「be」、聴覚「be」-視覚「ノイズ」、聴覚filtered「be」-視覚「be」、聴覚 filtered「be」-視覚「ノイズ」、聴覚「ノイズ」-視覚「be」、聴覚「ノイズ」-視覚「ノイズ」の6種類であった。ことばを聴覚情報のみで聴取する場合(聴覚「be」-視覚「ノイズ」、聴覚 filtered「be」-視覚「ノイズ」)に比較して、顔画像を提示しながら音声を聴取すること(聴覚「be」-視覚「be」、聴覚filtered「be」-視覚「be」)により、後頭葉視覚野の血流量が著明に増加するが、聴覚「be」と聴覚filtered「be」の条件間で比較すると、特に提示音声の情報が劣化するに伴い(聴覚filtered「be」のほうが)、二次視覚の脳血流量の有意な増加(脳活動の活発化)が示された。これは、聴覚情報が劣化した場合、それを補うべく視覚情報の活用を積極的に行なっているものと解釈された。
一方、視覚情報の有無による比較では、特に顔画像の提示を行なわない劣化音声提示の場合(聴覚 filtered「be」-視覚「ノイズ」)、顔画像の提示を行なった場合(聴覚filtered「be」-視覚「be」)に比較して、一次聴覚野周辺の血流量の増加が認められた。            
これらの結果は、言葉の聞き取りに、視覚情報・聴覚情報が相補的に働いており、一方の情報が劣化あるいは、除去された時には、もう一方の情報のより活発な活用により外部からの情報受容を行なっていることが示唆された。
尚、PETでの検討結果を、より侵襲の少ない脳磁図検査(MEG)でも検査ができないか予備的に検討を行なったが、現在までのところ、満足すべき結果が得られていない。
結論
(a) 本年度は3年計画の3年目で、①実際に行なわれている高齢者の白内障手術の術前、術後視力の成績解析から、視力改善治療の言葉のコミュニケーションにおける意義の考察、②昨年までの研究で明らかになった、聴力劣化時の言葉の聞き取りにおける、視覚情報の重要性について背景メカニズムのPET(ポジトロン断層撮影)による解析、③3年間の研究の総括を行なった。                                        
(b)今回の白内障手術340例(44歳~90歳、平均73.4歳)を対象とした検討では、① 術前平均視力0.3778が、術後1.079に改善、② 視力0.3以下の患者の割合(昨年までの検討で、視力0.3以下になると2.5mの距離での聞き取りに影響が生じえることがわかっていた)が、術前30%に対して術後3%と著明に減少、と日常行なわれている白内障手術が視覚情報による音声情報知覚の改善の観点でも有意義であることが判明した。                                         
(c)PETによる音声劣化時の視覚情報活用の機序解明では、顔画像を提示しながら音声を聴取する場合、提示音声の劣化に伴い特に二次視覚の脳血流量の有意な増加(脳活動の活発化)が示され、聴覚情報の劣化を補うべく視覚情報の活用を積極的に行なっていること、視覚情報の有無による比較でも特に顔画像の提示を行なわない場合一次聴覚野周辺の血流量の増加が認められることが示され、言葉の聞き取りに、視覚情報・聴覚情報が効率よく相補的に働いてことが示唆された。
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