E-PASS scoring systemを用いた高齢者の手術リスク評価

文献情報

文献番号
200200264A
報告書区分
総括
研究課題名
E-PASS scoring systemを用いた高齢者の手術リスク評価
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
芳賀 克夫(国立熊本病院)
研究分担者(所属機関)
  • 山下眞一(国立熊本病院)
  • 木村正美(人吉総合病院)
  • 和田康雄(国立姫路病院)
  • 岡 義雄(東大阪市立総合病院)
  • 池田豊秀(東京女子医大)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
16,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者はさまざまな生理機能が低下しており、外科手術後の合併症の発生率が高い。術後合併症は入院中の医療費を増やすだけでなく、高齢者の日常生活動作(Activities of daily living: ADL)を不可逆的に低下させ、退院後の介護費用を増加させる。従って、外科医は高齢者の手術に際して、術後合併症の発生には充分注意する必要がある。しかし、高齢者の手術を安全に行うための明確な基準はなく、その手術適応や術式の選択は個々の外科医の判断に委ねられているのが現状である。我々は過去外科手術後に発生する術後合併症の発生を予測するscoring system、E-PASS (Estimation of Physiologic Ability and Surgical Stress) を開発した。さらに、我々は80歳以上の胃癌切除症例をretrospectiveに調べ、E-PASSの総合リスクスコア(CRS)が0.5未満となった症例は、0.5以上となった症例より術後合併症の発生率や在院死亡率が有意に低く、術後生存率も有意に高いことを見い出した。本研究の目的は、高齢者癌患者で長期予後、ADLを損なわずに術後合併症を減らすべき基準を設定することにある。
研究方法
1) 研究デザイン: randomized controlled trial
2) 参加施設:地域中核病院4施設
3) 対象:70歳以上胃癌手術患者。除外項目は、同時性多発癌症例。
4) 介入:対象患者には、本研究の趣旨を説明し、文書で同意を得た。患者をコンピュータのランダム関数を用いて、E-PASS 群とControl群の2群に振り分けた。E-PASS 群では、E-PASS を用いて術前にリスク評価を行い、その結果を考慮して手術を行った。Control群では、従来どおり術者の判断のみで、手術を行った。
5) Primary endpoint: 術後合併発生率
6) Secondary endpoints: 術後在院日数、手術及び術後管理に要した医療費、30日死亡率、在院死亡率、Morbidity Score (MS)、術後生存期間、退院後のPS、退院後に要した介護費用。 MS: 0(合併症なし)、1(生命に危険を及ぼさない軽度の合併症)、2(適当な治療を行わないと生命に危険を及ぼす中等症の合併症)、3(臓器不全をもたらした合併症)、4(在院死をもたらした合併症)
7) 統計解析:連続変量のデータはMean±SDで表した。2群間の連続変量の有意差はStudent's t testで、2群間のカテゴリー変量の有意差はχ2検定で判定した。
8) E-PASS scoring system: E-PASS の各スコアは以下の通りである。
(1)PRS = -0.0686 + 0.00345X1 + 0.323X2 + 0.205X3 + 0.153X4 + 0.148X5 + 0.0666 X6
X1:年齢; X2:重症心疾患有り(1)、無し(0); X3:重症肺疾患有り(1)、無し(0); X4:糖尿病有り(1)、無し(0); X5:Performance status (0-4); X6:ASA麻酔リスク(1-5)
(2)SSS = -0.342 + 0.0139X1 + 0.0392X2 + 0.352X3
X1:体重当たりの出血量 (g/Kg); X2:手術時間 (hr); X3:手術切開創の範囲(0:胸腔鏡創または腹腔鏡創のみ;1:開胸あるいは開腹のいずれか一方のみ; 2:開胸および開腹)
(3)CRS = -0.328 + 0.936(PRS) + 0.976(SSS)
結果と考察
E-PASS 群58名、Control群67名が登録された。E-PASS 群の1名が同時性多発癌であることが術後判明したが、同症例も含めて、解析を行った(Intension to treat解析)。プロトコール違反は認めなかった。E-PASS 群とControl群の患者背景をみると、年齢、性、切除率、PRSに有意差は認めなかったが、SSS、CRS、CRS>0.5となった症例の割合はControl群が有意に高かった。これは、E-PASS 群では術前のリスク評価を行うことにより、患者の予備能に応じた無理のない手術が行われたためと考えられる。両群の全術後合併症の発生率は、E-PASS 群24.1%、Control群32.8%であったが、統計学的な有意差は認められなかった(P=0.282)。また、MS2以上の術後合併症の発生率はE-PASS 群で10.3%、Control群で17.9%であったが、これも統計学的な有意差は認められなかった(P=0.225)。30日死亡は両群とも認めなかった。在院死は、E-PASS 群ではなく、Control群では1名認めた(0.15%)。次に、両群間の在院日数および医療費は、とともにE-PASS 群がControl群より低値を示したが、統計学的な有意差は認めなかった。本年の研究報告により、70歳以上胃癌症例でE-PASS が術後合併症を減少し、医療費や在院日数が減少する可能性が示唆されたが、予定登録症例数を得られず、有意差を得るには至っていない。本研究結果でみられた程度の合併症の減少は、研究開始前に予測していたが、有意差を得るには各群240例が必要である。我が国ではRandomized trialの歴史が浅く、患者から研究参加の同意を得るのは難しいのが現状である。本研究でもこのことが最大の阻害要因であった。今後は参加施設を増やし、trialを継続する予定である。術後合併症の程度を考えた場合、E-PASS は有用であったと考えられる。在院日数に関しては、100日以上の入院を要した症例はControl群では5例(7.5%)認めたのに対し、E-PASS 群では1例も認めなかった。これは、E-PASS を用いて患者の予備能に応じた無理のない適正な手術の選択した結果と考えられる。また、今回は長期成績(術後生存期間、術後介護に要した費用等)については、検討していないが、今後5年間観察を行った後、報告する。
結論
高齢者胃癌手術に於いて、手術前にE-PASS を用いてリスク評価を行うことにより、術後合併症が減少する可能性が示唆されたが、登録症例数が充分でなく、結論を得ることはできなかった。今後は参加施設を増やし、trialを継続する予定である。

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