高齢者における口腔ケアのシステム化に関する総合的研究

文献情報

文献番号
200200262A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者における口腔ケアのシステム化に関する総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
角 保徳(国立療養所中部病院)
研究分担者(所属機関)
  • 植松 宏(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科)
  • 永長周一郎(東京都ハビリテーション病院)
  • 中島一樹(国立療養所中部病院 長寿医療研究センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
2015年には65歳以上の高齢者が全人口の1/4を占めると予想され、今後日本は世界に類のない高齢社会になることが確実である。高齢社会に伴い、1993年に約200万人だった寝たきり・痴呆性・虚弱高齢者が増加し、2025年には約530万人に増加すると推計されている。高齢者は身体的、精神的にさまざまな加齢変化が生じ口腔管理が自立できない高齢者が増加しており、口腔ケアの社会的必要度は極めて高いことが判明している。今後増加する高齢者・要介護者の歯科医療や口腔介護の需要に医療職および看護師や介護者は積極的に対応していかなければならない。高齢者の生きる喜びを得るためにも食事の楽しみやコミュニケーションを回復させるためにも、歯科医療担当者はもちろん看護師や介護者による口腔ケアの提供が重要となってきている。
一方、肺炎は日本人全死亡者数のうち8%を占め、死因の第4位である。この肺炎で死亡する人のうち、およそ9割以上が65歳以上の高齢者であり、誤嚥性肺炎は高齢者の病気と言っても過言ではない。本研究の成果として、要介護高齢者の義歯の46%、プラークの66%に誤嚥性肺炎の起炎菌が検出されており、プラークや義歯が誤嚥性肺炎起炎菌のリザーバーとなる可能性が高いので、日々の口腔ケアの必要性は論を待たない。さらに、誤嚥性肺炎は、高齢者の寝たきり状態を長期化させる原因として重要な疾患であると同時に、医療経済学的視点でも見過ごせない高齢者疾患となっている。近年、誤嚥性肺炎は、口腔ケアの徹底によって防げることが、最近科学的に明らかにされつつある。口腔ケアが適切に行われると、誤嚥性肺炎の起炎菌を含む口腔内汚染物が取り除かれ、刺激により唾液の分泌は促進され、口腔自浄作用も強化されます。その結果、口腔内微生物数は減少し、微生物叢は改善され、誤嚥が生じても直ちに重篤な感染症を引き起こす可能性は減少すると考えられる。この様な背景の下、有効な口腔ケアシステム開発とその普及は高齢者のQOLを向上させ、高齢者において致死的な感染症である誤嚥性肺炎や感染性心内膜炎などの予防において不可欠な要素である。
長寿社会を迎え歯科関係者のみならず、看護・介護関係者の間でも要介護高齢者への口腔ケアが重要であるとの認識が広まりつつあるが、歯科医療、看護・介護現場では標準化された口腔ケア方法が認められない。本研究は3年度計画で要介護高齢者の口腔ケアおよび摂食・嚥下機能療法を実際的かつ標準化したシステムを作成し普及させることで、要介護高齢者及びその介護者のQOLを向上させることを目的とした。
研究方法
研究方法、結果および考察=本研究班は口腔ケア、要介護高齢者、標準化をキーワードに各研究者が協力して、5つの研究項目について、当初の研究計画に従い発展させた。5つの研究テーマは、上記キーワードのもとにお互いに密接に関連するものの、それぞれが独立した研究なのでそれぞれの研究方法、結果、考察、研究分担および3年目の成果について簡略に記載する。
(1) 口腔ケアのシステム化(研究分担:角 保徳)
初年度の研究成果として、特別養護老人ホーム46施設、1211名の看護・介護職員にアンケート調査したところ、口腔ケアの指導を受けた職員は43%に留まり、口腔ケアの指導を受けたいと思っている職員が95%であり、現在の口腔ケアの教育・指導体制が不十分であり、看護・介護関係者に口腔ケアの知識と技術の普及が、重要な課題であることが判明した。日本全国に数多く存在していると考えられる、口腔介護を十分享受していない高齢者・要介護者に、必要最低限の口腔ケアを普及させるため、最終年度である本年度は、本研究で開発された口腔ケアシステムの広く社会への普及活動を積極的に行った。
(2) 口腔ケア支援機器の開発(研究分担:角 保徳、中島一樹)
極めて有効な口腔微生物の除去が可能になると考えられる強制給水・吸引機能が付いた口腔ケア支援機器の試作機を完成させ、臨床的有用性を確認した。その機能を多施設で臨床評価を行いつつある。本機器を使用することで簡単かつ安全に高齢者・要介護者に極めて効率的な口腔ケアを提供できるのみならず、要介護高齢者のQOLを向上させ、看護・介護資源の有効活用が可能となると期待している。今後さらに口腔ケア支援機器に改良を加え、安価で有用な支援機器を社会に提供することを目指したい。本機器は特許出願中であり、産学官共同で安価に市販を検討中である。
(3) 客観的口腔ケアの評価方法の開発(研究分担:植松 宏)
高齢者の口腔ケア評価では歯に依存しない評価法が必要である。そこで舌苔評価の有用性を検討した。その結果、全身状態によって付着度に差が見られ、さらに摂食機能が低下するほど付着が増していた。舌清掃により舌苔を除去すると口腔内不快感が減少し、QOL向上に有効であった。
口腔ケア評価法を確立するために、高齢者で頻度の高い脳血管障害の既往のあるものの医学的・歯科学的特徴を明らかにした。対象とした患者は通院可能であるが、歯科治療に対する動機付けが不十分で、口腔ケアの重要性の高いグループであった。
(4) 摂食・嚥下機能療法のシステム化(研究分担:永長周一郎)
脳血管障害を中心とした要介護高齢者において、食事自立度を向上させ安全にかつ安定して自立することが求められる。摂食機能療法を系統的に行うには、客観的な食事能力評価と、食事能力を低下させる原因としての機能障害を評価することが必要であった。簡易食事能力評価法と簡易口腔・顎顔面機能評価法の作成にあたり、その妥当性や信頼性の検討を行い良好な結果を得たので、この評価法に基づいた「摂食嚥下機能療法システム」を提案し有効性を検討したところ、機能障害に対応した機能訓練を施行したところ、その有効性を確認した。
(5) 口腔ケアの基礎研究(研究分担:角 保徳)
要介護高齢者のプラーク中の微生物叢を解析し、誤嚥性肺炎起炎菌の広範な存在を確認すると同時に、義歯が誤嚥性肺炎起炎菌のリザーバーとなる可能性を明示した。口腔ケアは、高齢者の口腔感染症の予防に役立つだけでなく、口腔をリザーバーとして惹起する老人性肺炎の予防につながる可能性が示唆され、要介護高齢者の口腔ケアの普及は重要であると考えられた。
結果と考察
結論
本研究の達成によって、以下の点が可能となると期待される。
(1) 口腔ケア、摂食・嚥下機能療法のシステム化および口腔ケア支援機器の開発により要介護者および介護者双方の負担を軽減することが明らかとなり、高齢者・要介護者のQOLの向上と看護・介護社会資源の有効活用が期待される。
(2) 口腔ケアシステム、口腔ケア支援機器の普及により高齢者においては致死的な感染症である誤嚥性肺炎や感染性心内膜炎などの予防が期待される。
(3) システム化された口腔ケアおよび摂食・嚥下機能療法は、高齢者における口腔管理の高度化・標準化による医療レベルを向上させ、将来的には教育研修を通じた医療従事者の資質の向上を計ることができる。
(4) 簡易で適切な評価方法の開発によって口腔ケア療法の効果が客観的に評価できる。
(5) 口腔ケアの基礎研究によって、より有効かつ新しい口腔管理・治療戦略の開発の可能性がある。
本研究にて開発した1日1回5分の口腔ケアシステムおよび口腔ケア支援機器を要介護高齢者に提供すると、口腔内環境が改善され、同時に看護・介護者の負担軽減が明らかとなった。口腔ケアシステムを開発・普及することや口腔ケア支援機器を社会に提供することで、簡単で確実な口腔管理を高齢者・要介護者に提供できるようになった。さらに、口腔ケアシステム開発および臨床応用により、高齢者において時に致死的な感染症である誤嚥性肺炎や感染性心内膜炎等の予防が期待でき、より有効かつ新しい包括的な口腔管理・治療戦略の開発が期待できるのみならず、口腔細菌由来の誤嚥性肺炎や感染性心内膜炎等の高齢者の全身疾患の医療費の削減をふくむ社会経済的視点から有用性が高いと考えられる。口腔ケアシステムおよび口腔ケア支援機器の開発は、医療現場のみならず要介護者や介護者のQOLの向上のみならず、社会生活の向上に広く貢献することが期待でき、さらに看護・介護資源の有効活用が期待され、長寿医療・長寿科学研究の発展に積極的に貢献することが可能と考える。
今後、口腔ケアシステムおよび口腔ケア支援機器が社会的に認知され普及し、要介護高齢者および介護者のQOLが向上し、誤嚥性肺炎や心内膜炎をはじめとする全身感染症の予防、糖尿病などの生活習慣病の改善、歯周疾患、カンジダ症などの口腔局所疾患の予防、口腔機能の維持回復による摂食嚥下機能の改善、さらにこれに伴う全身の健康や社会性の回復を図られることを願ってやまない。今後は、臨床医学的観点だけでなく、医療経済学や心理学など、多方面からの検討を行い、その研究結果を広く高齢者医療福祉の分野で応用できるような指針をまとめていきたい。今後、さらに研究を進め、口腔ケアを通して社会貢献をしたいと考える。
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