糖尿病に関連した代謝栄養障害の遺伝素因の同定と高齢者の栄養指導への応用研究

文献情報

文献番号
200200259A
報告書区分
総括
研究課題名
糖尿病に関連した代謝栄養障害の遺伝素因の同定と高齢者の栄養指導への応用研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
清野 裕(京都大学大学院医学研究科病態代謝栄養学)
研究分担者(所属機関)
  • 武田 純(群馬大学生体調節研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
14,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者の糖尿病は身体の恒常性維持能や活動力の低下が、その特有の病態形成に重要な基盤となっている。また、消化吸収や代謝動態が成人と異なるため、適切な栄養摂取量の設定や治療法の確立が必要である。自律神経系は、身体の恒常性の維持や代謝状態の調節を行っており、その機能異常は、肥満、糖尿病の発症、進展と密接に関連している。骨格筋はインスリン作用発現の場であり、加齢と共にその量は減少するため、高齢者の運動能力の維持は、生活の自立と密接に関わっている。また、小腸は、食物の消化吸収の主たる場であるとともにインスリン分泌促進シグナルを膵β細胞に伝える機能を持ち、糖代謝・血糖調節システムの重要な場である。これらのシステムは加齢と共に機能低下することが知られている。そこで、これらの高齢者糖尿病における栄養摂取と血糖コントロールの関連を明らかにし、高齢者特有の栄養処方の確立を目的とし、H14年度分として4種の実験を行った。
研究方法
①(1)健常日本人381名を対象とした。(2)採血後、体重、身長、空腹時血糖値、血中インスリン値を測定した。(3)α2B-AR遺伝子変異およびGβ3遺伝子変異は、PCR-RFLP法により決定した。(4)各遺伝子群より無作為に抽出した計100名について、仰臥位で10分間、体位変換後(立位)で10分間の心電図の測定を行い、心拍変動パワースペクトル解析により自律神経機能を評価した。
②(1)自由摂食下の 5、9、21週齢のOLETF 、GKおよび各々のコントロールであるLETO、Wistarラット(各n=7)より体重測定、採血後、後肢筋を摘出し湿重量を測定した。得られたサンプルを用いて血中IRI、血糖、HbA1cを測定した。(2) (1)のヒラメ筋、足底筋を用いて組織標本を作製し筋線維数を算出した。また酵素組織化学的方法(ATPase法)にてfiber typeの分類をした。
③5週齢GKラットを用い、ボグリボース(10 ppm)含有を1日3時間給餌させた。対照としてボグリボース不含を同様に1日3時間給餌させた。給餌開始後1日、1週間、1カ月、3カ月および6カ月において血糖、血中インスリン、を測定した。また小腸を摘出しα-Gのうちマルターゼ、イソマルターゼ、スクラーゼ、トレハラーゼおよびラクターゼの活性をDahlqvistの方法で測定した。またスクラーゼ・イソマルターゼ(SI)についてmRNAおよびタンパクの発現量をそれぞれノーザンおよびイムノブロット法で定量した。
④転写因子遺伝子のSNP解析
<HNF-4a 遺伝子>
Thr-130-Ileは糖尿病者のみならず非糖尿病者においても見い出される変異である。軽度な転写因子異常が栄養代謝障害の発症リスクとなる可能性を考えて糖尿病者における出現頻度を検討した。
<LRH-1 遺伝子>
SHPは胆汁酸コレステロール代謝における重要な調節因子である。LRH-1はSHP遺伝子発現の調節因子であり、糖尿病遺伝子の重要な候補である。そこで、同遺伝子についてスクリーニングを実施した。
ヒト転写因子ESTを応用したマイクロアレイの作成
ヒト膵島由来の21,298個のESTが6,704種類の遺伝子で構成されることを前年度までに明らかにした。当該年度は256種類の転写因子を用いたマイクロアレイを開発した。家族性糖尿病MODYの原因遺伝子は、すべて膵島、肝、小腸で発現するので、この組織分布に着目し、ESTアレイを用いて共通発現するMODY候補遺伝子の獲得を試みた。
(倫理面への配慮)
本研究は本学の倫理委員会に内容を報告し承認されたものであり、検体提供者に十分な説明を行い承諾を得られた者のみより検体の採取を行った、また検体の採取法は静脈よりの少量の採血のみであり危険性の極めて少ない方法であると考えられる。さらに匿名化ののち検体を保存しており、研究目的以外の用途での利用は行わない。
実験動物への配慮に関しても「実験動物の飼育および保管に関する基準」(総理府告示第6号)の用件を満たすよう動物実験を実施した。
結果と考察
①日本人に広く存在する2種の遺伝子多型をマーカーとして自律神経機能との関連を検討した。日本人において両多型ともにホモ変異群では、交感神経活動が亢進していることが明らかになった。自律神経機能は加齢により低下するが、ホモ変異群において加齢により代償性の交感神経活動が低下するに伴い、変異による代謝異常が顕在化すると予想される。今回の研究によりα2Bアドレナリン受容体3アミノ酸欠損遺伝子変異、G protein β3 subunit遺伝子多型(C825T)が交感神経活動に影響を与える遺伝子で、代謝異常の指標となることが示された。
②2種の異なった背景(肥満、非肥満)遺伝性糖尿病ラットを用いて糖代謝異常と遅筋のヒラメ筋および速筋の筋繊維組成の関係を経時的に観察した。著明な高酸化性繊維の減少を認めた、このような高酸化性繊維の減少は、老化により出現することが知られている。しかし、2種の糖尿病ラットでは9週齢という若齢期にすでにこの変化が認められる、21週齢では高酸化性繊維が完全に消失することが示された。このような骨格筋の変化は体重の増加とあいまって、糖尿病や加齢によって維持能力や運動能力の低下をもたらすと思われる。
③長期のボグリボース投与によって、小腸上皮の分化が進行し、その結果として二糖類水解酵素の発現の上昇を引き起こしたと考えられる。しかしながら、この発現上昇を認めたスクラーゼ、イソマルターゼに関して、活性は有意に抑制されていたことから、ボグリボースは上昇した酵素活性に阻害効果を持つことが証明された。
また、長期投与後(6ヵ月)これを休止すると酵素活性および発現レベルは非投与群のレベルに回復することが認められ、活性および発現レベルの上昇は一過性であることが示唆された。さらに、1日投与を再開した時その活性は有意に抑制された。この結果から、ボグリボース長期投与を休止しても再投与によりマルターゼ、スクラーゼ、イソマルターゼ活性を抑制することが可能であり、その結果として1日投与で食後血糖、インスリンレベルの上昇抑制が可能であることが示された。
④インクレチン作用とその病態を理解するためには、インクレチン信号の発信と受信に関与している小腸-膵b細胞遺伝子群を網羅することが重要であるが、そのデータベース化は予定通りに完了した。これらのESTのマイクロアレイ化の条件も確立された。ESTアレイの応用の第一歩として、膵b細胞-小腸-肝の枢軸について共通の転写因子遺伝子の同定を試みた。見い出された遺伝子は糖質、脂質の栄養代謝障害の感受性を決定する重要な候補遺伝子群であり、下流遺伝子は新たな小腸シグナルをコードするものも含むと考えられる。ヒトゲノム計画が終了したことから、診断に有用なSNPを得ることは困難なことではないので、本研究成果によりSNPマーカーによる遺伝子診断法の開発が望める。また、新たな液性シグナル因子は栄養吸収調節のための創薬対象ともなる。
結論
日本人に広く存在する遺伝子多型をマーカーとして自律神経機能との関連を検討し、2種の遺伝子多型が交感神経活動に影響を与え、代謝異常をまねく1つの遺伝子マーカーであることが示された。これらの遺伝子多型の検索は、個人により生理機能の変化に著しい差異の出現する高齢者のオーダーメイド栄養指導において重要な判断材料を提供する。
遺伝性肥満糖尿病ラットを用いて糖代謝異常と抗重力筋であるヒラメ筋の筋繊維組成の関係を経時的に観察し、高血糖及び加齢によって著明な高酸化性繊維の減少を認めた。このような抗重力筋における変化の発現メカニズムを検討し、骨格筋筋繊維組成をマーカーとした食事や運動による治療効果の判定を行うことは、今後の高齢者糖尿病のマーネージメントモデル確立に極めて有用である。
2型糖尿病モデルGKラットを用いて長期ボグリボース投与における二糖類水解酵素活性および発現に関して示した。このメカニズムの検討から、ボグリボースは長期的にマルターゼ、スクラーゼ、イソマルターゼ活性を抑制でき、2型糖尿病における食後血糖、インスリンレベルの上昇抑制に十分効能を継続的に発揮できる薬剤であることが確認された。このことは、この薬剤がインスリン分泌促進作用を有さず、低血糖のリスクを回避できることより高齢者の栄養指導の補助薬剤として有用であることを示している。
さらに、ヒト、ラット、マウスの「膵b細胞-小腸枢軸」のESTパネルが完成した。DNAマイクロアレイを応用し、枢軸組織に特異的な転写因子を網羅した。これらは栄養代謝障害の感受性素因を解明するための重要な分子資源である。
以上の研究により得られた遺伝子マーカーや疾患モデルでのデータを用いることにより病態に応じた栄養処方を行うことは効率的に高齢者の肥満や食後高血糖の是正をもたらし自立障害の防止の有力な手段となることが期待される。

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