新規ホルモン;グレリンの生理的意義と老化における役割の解明

文献情報

文献番号
200200253A
報告書区分
総括
研究課題名
新規ホルモン;グレリンの生理的意義と老化における役割の解明
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
寒川 賢治(国立循環器病センター研究所生化学部)
研究分担者(所属機関)
  • 中尾一和(京都大学医学部)
  • 千原和夫(神戸大学大学院)
  • 芝崎 保(日本医科大学)
  • 宮本 薫(福井医科大学)
  • 山下俊一(長崎大学医学部原爆後障害医療研究施設)
  • 島津 章(国立京都病院)
  • 中里雅光(宮崎医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
14,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
成長ホルモン(GH)は下垂体から分泌され、成長や代謝調節、また老化の進展などに深く関与するホルモンである。GH分泌は思春期をピークとして、以後老化の過程で減退する。GHの分泌調節に関与する内在性因子の存在は約20年前より示唆されていたが、その実態はこれまで不明であった。最近、主任研究者らはラット胃組織から、新規成長ホルモン分泌促進ペプチド;グレリン(ghrelin)を発見した。グレリンは28個のアミノ酸よりなり、3番目のセリンが脂肪酸で修飾されており、この修飾が活性発現に必須であるという特異な構造を有する。グレリンは強力なGH分泌促進活性のほかに全身の栄養、代謝や循環器系に対してGHを介さない直接作用も有する。本研究では、グレリンの生体機能調節及び老化における役割を、基礎及び臨床研究の両面より解明するとともに、最終目標として臨床応用も目指したい。
研究方法
本年度は、1)グレリンの生活習慣病および老化における臨床的意義、2)グレリンの加齢モデル動物およびヒトにおける生理的意義、3)加齢におけるソマトポーズと摂食低下に対するグレリンの効果、4)グレリンの産生調節と成長、発達における生理的意義、5)ヒトグレリン遺伝子5'上流領域のクローニングと機能解析、6)GHS-R発現抑制トランスジェニックラットの解析、7)グレリンの下垂体および甲状腺機能調節における意義、8)卵巣機能におけるグレリンの役割について、広範な検討を行った。
結果と考察
1)生活習慣病および老化におけるグレリンの臨床的意義と診断治療への応用の検討
中尾は、生活習慣病におけるグレリンの臨床的意義を検討して以下のような結果を得た。Zucker肥満ラットにおいて絶食時の血中グレリン濃度の上昇が遅延し、グレリンの分泌調節が慢性のエネルギー代謝の状況で修飾されることを示した。また、ヒトグルカゴノーマの1例でグレリン遺伝子発現をノザンブロット解析で示した。一方、腎疾患患者の血中グレリン濃度は血清クレアチニン値と正の相関を示し、末期腎不全患者で健常対照群の2.8倍に達すること、実験的両側腎摘除マウスにおいては、著明な血中グレリン濃度の上昇を認めることを示した。
2)加齢モデル動物およびヒトにおけるグレリンの生理的意義の検索
加齢における機能的GH分泌不全状態と器質的GH分泌不全症を鑑別することは容易でない。島津は、GH分泌刺激剤やグレリンの成人GH分泌不全症の診断における臨床的意義を解明するため、器質性完全型GH分泌不全症患者5例を対象に、GH分泌刺激剤KP-102Dを投与し、血中GH反応と血中ACTHおよびコルチゾール反応をインスリン低血糖試験と比較検討した。その結果、KP-102DによるGH分泌増加は軽度ながら全例で観察され、インスリン低血糖によるGH頂値より有意に高かった。同様にACTH増加反応も全例でみられ、インスリン低血糖より大きい反応であった。肥満者や高齢者でもKP-102DによるGH及びACTH増加反応は減弱しないことから、グレリンを含むGH分泌刺激剤は、視床下部・下垂体系の機能評価が可能で、インスリン低血糖にとってかわる有用な薬剤であることが明らかになった。
3)加齢におけるソマトポーズと摂食低下に対するグレリンの効果に関する検討
中里は、老齢ラットのソマトポーズと摂食低下に対するグレリンの効果ならびに胃から脳へのグレリンの情報伝達システムについて解析し、加齢におけるグレリンの病態生理学的意義を検討した。その結果、高齢ラットでもグレリンはGH分泌と摂食亢進作用を示すこと、グレリンは迷走神経求心路を介して、GH分泌及び摂食に関する情報を脳に伝達することが明らかになった。
4)グレリンの産生調節と成長、発達における生理的意義
成長ホルモンの分泌は、老化に伴い漸次低下する。グレリン受容体は全身臓器に発現しており、グレリンの同化作用は胎児および新生児期の発育に重要な役割を持つ可能性がある。寒川は、グレリンの成長・老化における役割解明の一環として、胎児、新生児期におけるラットのグレリン産生能とグレリンに対する反応性について解析した。その結果、グレリンが胎児期、新生児期の発育・発達において非常に重要であること、さらに性成熟への作用も明らかになり、老化のメカニズムを知る上での基盤となる知見を得た。
5)ヒトグレリン遺伝子5'上流領域のクローニングと機能解析
千原は、ヒトグレリン遺伝子の発現調節機構を解明するため、ヒトグレリン遺伝子5'上流配列の翻訳開始点から-2,000bpをクローニング、塩基配列を決定した。様々な細胞におけるプロモーター活性を一過性発現系で検討した結果、胃の内分泌様細胞に由来するECC10細胞においてのみ強い活性を認めた。翻訳開始点から-589bpから-579bpにTATATAA配列を認めたが、ヒトグレリン遺伝子レポーター遺伝子を使用した解析からは、この配列は機能していないと考えられた。また、グルカゴン及びそのセカンドメッセンジャーであるcAMPは、グレリン遺伝子プロモーター活性を著しく上昇させることを示した。
6)GHS-R発現抑制トランスジェニックラットの視床下部における摂食関連ニューロンの解析
芝崎は、グレリンの作用機構およびGrowth hormone secretagogue受容体(GHS-R)の機能を明らかにするため、GHS-R発現を抑制したトランスジェニック(TG)ラットの解析を行った。その結果、TGラットでは弓状核でのGHS-R陽性細胞数は対照(WT)ラットの約30%に減少し、TGラットのGH-releasing factor(GRF)陽性細胞数はWTラットの約57%に減少していたが、NPY陽性細胞数の差は認められなかった。従ってTGラットで認められるGHSに対する、GH分泌反応の低下にはGRF発現の減少が、GHSによる摂食促進作用の消失にはNPYニューロン以外のニューロンが関与していると推測された。GHS-R発現量とGRF陽性細胞数との間には正の相関が認められたことから、GRFの発現にGHS-Rが関与している可能性が示唆された。KP-102投与により室傍核においてFosが発現したニューロンは主としてACTH放出因子(CRF)ニューロンであったことからGHSによるACTH分泌には主にCRFが関与していると推測される。
7)グレリンの下垂体および甲状腺機能調節における意義の検討
山下は、(a)各種内分泌疾患、特に内分泌腫瘍におけるグレリンの変動及び、(b)胃切除手術・術後症状におけるグレリン関連ホルモンの動態についての検討を行っている。また、(c)グレリンの活性発現におけるカロリー制限、成長ホルモン抑制の影響についても検討を行い、カロリー制限により、グレリンの血中濃度およびn-オクタノイル化が変化することが明らかとなり、グレリンはエネルギー代謝の変化の関連因子である可能性を示した。
8)卵巣機能におけるグレリンの意義に関する検討
宮本は、卵巣機能におけるグレリンの役割の解析として、ラット卵巣顆粒膜細胞を用いてサブトラクションクローニングを行い卵胞発育に重要な遺伝子群を多数クローニングし、これらの遺伝子群をreal time PCRを用いて定量化するシステムを確立した。本年度は、卵巣顆粒膜細胞におけるグレリンの直接あるいは間接作用を、卵胞発育に重要な遺伝子群を中心にreal-time PCRを用いて解析した結果、グレリンが卵巣の機能に重要な遺伝子群の発現を直接調節していることが明らかとなった。
結論
新規成長ホルモン分泌促進ペプチド;グレリンについて、新たな生体機能調節機序及び老化における役割を検討した。その結果、グレリンの分泌調節が慢性のエネルギー代謝の状況によること、カロリー制限によりグレリンの血中濃度およびn-オクタノイル化が変化すること、ヒトグレリンのプロモーターは極めて組織特異的、細胞特異的であることを示した。また、グレリンが加齢におけるGH分泌能の検査とし有用であることを示した。さらに、グレリンは老齢ラットのソマトポーズと摂食低下に対してGH分泌と摂食亢進作用を示しこれが迷走神経を介すること、中枢でのグレリンの機能発現にGRFニューロンや未知のニューロン、及びCRFが関与する可能性を示した。一方、グレリンは、胎児期、新生児期の発育・発達、及び性成熟において機能すること、卵巣の機能に重要な遺伝子群の発現を直接調節していることも明らかにした。

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