酸化LDL受容体LOX-1の動脈硬化における役割

文献情報

文献番号
200200252A
報告書区分
総括
研究課題名
酸化LDL受容体LOX-1の動脈硬化における役割
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
沢村 達也(国立循環器病センター研究所バイオサイエンス部)
研究分担者(所属機関)
  • 本田孔士(京都大学大学院)
  • 長谷川浩二(京都大学大学院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
14,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
血管内皮細胞は血液と諸臓器間の単なるバリアーではなく、細胞間、臓器間のインターフェイスとして情報を変換し、アクティブに信号を発するトランスデューサーとして積極的にはたらいている細胞である。そしてこの内皮細胞の性質が生活習慣病を引き起こすような状況下では大きく変化する。特に高脂血症及び動脈硬化症では酸化LDLがこのような内皮細胞の機能変化を引き起こす重要な因子であることがわかってきた。この様な酸化LDLの作用点を明らかにするため、主任研究者は内皮細胞に発現する酸化LDL受容体をクローニングし、レクチン様酸化LDL受容体(LOX-1)と名付けた。本研究では、動脈硬化のメカニズムをこの分子を利用してできるだけ多くの側面から明らかにする。これまでにLOX-1が酸化LDLの受容体として、想定されていた機能を果たしていそうだという証拠が集まりつつある。本研究ではさらに研究を進めることにより、LOX-1の血管内皮酸化LDL受容体としての役割を確立すること、LOX-1分子を利用した動脈硬化性疾患の新しい診断法を開発すること、そして酸化LDL受容体にとどまらないLOX-1の多様な機能を明らかにし、血管機能異常の過程で見られる炎症性変化、血栓凝固系の異常についての手がかりを得ることを目指した。本研究により、国民の重要な死亡原因である虚血性心疾患や、脳卒中の基礎的病態である動脈硬化の機構の理解が進み、その予防に向けた新たな対策が可能になることが期待される。本年度は特に(1)心筋虚血再灌流傷害におけるLOX-1の役割、(2)内皮における酸化LDLを介する接着分子の発現誘導に対するスタチンの効果、(3)エンドセリン-1(ET-1)の内皮細胞の酸化LDL取り込みに対する効果、(4)内皮細胞のFasによるアポトーシスに対するLOX-1を介した作用、(5)樹状細胞を介した抗原クロスプレゼンテーションにおけるLOX-1の関与(6)炎症性疾患一般におけるLOX-1の役割についての研究を進めた。
研究方法
(1)ラットの心筋梗塞モデルを用いて、LOX-1の心筋梗塞における役割を検証した。LOX-1の発現を確認するとともに、抗LOX-1の治療効果とそのメカニズムについて検討した。(2)高脂血症ウサギにおける動脈硬化の進展とLOX-1の発現に対するスタチンの影響を、免疫組織化学等により解析した。(3)培養内皮細胞にET-1を投与し、酸化LDLの取り込み能を測定し、LOX-1がこの現象に関与している事を中和抗体により検証した。(4)培養内皮細胞のFasを介したアポトーシスの系に対する酸化LDLの作用を検討し、アポトーシスの促進の機構をFasの発現量の解析や、抗LOX-1中和抗体の影響を見ることにより検討した。(5)LOX-1の抗原提示機能についてマウスおよびヒト樹状細胞を用いて検討した。(6)ラットにエンドトキシンを投与し、炎症を惹起した。抗LOX-1抗体を用いてLOX-1がこの際に起きる白血球の動態にどのような影響をあたえているか解析した。
結果と考察
(1)ラットの心筋梗塞モデルにおいて、LOX-1の発現が虚血再還流により著しく増加することを明らかにした。抗LOX-1抗体の投与は心筋梗塞巣を著明に縮小したが、これには接着分子の発現抑制による炎症細胞の心筋組織への浸潤抑制や、p38MAPKを介した細胞内情報伝達の抑制が関与している可能性が考えられた。(2)スタチンは高脂血症ウサギにおいてLOX-1の発現を抑制するとともに、動脈硬化の進展を抑制することが明らかとなった。すでに明らかにしているAT1アンタゴニストと同様LOX-1の発現抑制がこれらの薬剤の抗動脈硬化作用に寄与している可能性が考えられた。(3)ET-1はヒト内皮細胞の酸化LDLの取り込みを増加させた。この取り込みの増加はLOX-1受容体のmRN
Aとタンパク質の発現の増加によるものと考えられた。ET-1によって起こるLOX-1の発現および酸化LDL取り込みはETB受容体を介していた。(4)Fasを介した酸化LDLによるヒト臍帯静脈内皮細胞のアポトーシスにLOX-1が関与しているのではないかと考え、あらかじめ抗LOX-1抗体によって前処理を行った内皮細胞に、抗Fas抗体と酸化LDLを同時にインキュベートすると、抗LOX-1抗体を前処理しなかった群に比べてアポトーシスの割合が減少した。さらに酸化LDLの濃度依存的に上昇する内皮細胞表面上のFasの発現が、内皮細胞を抗LOX-1抗体で前処理することにより抑制された。これらのことから、酸化LDLがLOX-1を介してFas分子の発現を亢進させることによりFasリガンドに対する感受性を亢進させていると考えられた。(5)ヒトおよびマウス樹状細胞においてLOX-1がClassI MHCを介した抗原提示に関与する重要な分子であることが明らかになった。さらに、抗LOX-1抗体を用いて腫瘍抗原を抗原提示細胞に標的することで効果的に腫瘍免疫を誘導することができ、移植した腫瘍の増殖を抑制することができることが明らかになった。このことは、新しい腫瘍ワクチンの可能性を示すだけでなく、かねてから指摘されている動脈硬化における免疫系の変化についての示唆を与えるものである。(6)ラットのエンドトキシン誘発ぶどう膜炎のモデルを用いてLOX-1の炎症における役割を解析した。LOX-1の発現は炎症刺激により顕著に増加するとともに、抗LOX-1抗体の投与により炎症反応、白血球の血管壁への接着が抑制され、LOX-1が炎症細胞の血管壁への接着に影響を与えることにより炎症反応に関与していることが明らかとなった。さらに、in vitroにおける解析によりLOX-1そのものが細胞接着分子であることを明らかにした。
結論
本年度の研究により、LOX-1の免疫系との関連が多くの点で明らかになってきた。いくつかの炎症モデルを用いて抗LOX-1抗体が炎症抑制に有効であることが明らかになった。これには、細胞接着分子の発現抑制だけでなく、LOX-1自身の細胞接着分子としての機能を抑制することによる効果もあることが明らかとなった。さらに、樹状細胞におけるLOX-1の抗原提示能の証明により、Th1とTh2のバランスの変化が動脈硬化の進展を促進しているとの従来の仮説に対し、LOX-1がその変化を引き起こす要因のひとつとなっている可能性を示すものである。一方、抗LOX-1抗体が心筋梗塞巣の拡大抑制効果を持つことは、LOX-1の虚血性心疾患における重要性を示すとともに、LOX-1アンタゴニストが虚血性心疾患の治療に有効であることを示すものである。

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