老化に伴うゲノム構造変化の分子機構に関する研究-早老症をモデルとして

文献情報

文献番号
200200250A
報告書区分
総括
研究課題名
老化に伴うゲノム構造変化の分子機構に関する研究-早老症をモデルとして
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
松浦 彰(国立療養所中部病院長寿医療研究センター老年病研究部)
研究分担者(所属機関)
  • 本山昇(国立療養所中部病院 長寿医療研究センター)
  • 小林武彦(岡崎国立共同研究機構 基礎生物学研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
13,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝的に早発老化症状を呈するいわゆる早老症の原因遺伝子の分子レベルでの解析が進み、ゲノムに対する種々のストレスに対する監視および修復機構の機能低下がヒトの老化過程の抑制において重要な役割を果たしていることが明らかになっている。老化、老年病に対する予防・治療薬の開発のためには、ゲノムストレスに対する生体応答機構、その破綻がもたらすゲノムレベルのグローバルな変化を詳細に解析することが必要であり、このため老化過程におけるゲノムレベルの変化を解析するためのモデルシステムの構築が重要であると考えられる。本研究課題においては、早老症である毛細血管拡張性運動失調症(AT)ATMおよびそのパラログATRに焦点を当て、それらの遺伝子産物およびそのホモログが真核細胞中でどのような機能複合体を形成するのか、およびその機能複合体の局在化がどのような因子により担われているか、その異常が細胞老化をどのように誘導するか、について解析を行った。さらに、モデル生物酵母において、反復配列rDNAのインテグリティーを維持するメカニズムをDNA配列およびトランス因子の両面から解析した。
研究方法
ATRIPのポリクローン抗体は、大腸菌にて生産し精製したglutathione S-transferase (GST)-hATRIPカルボキシ末端融合タンパク質、または合成ペプチドをウサギに免疫することにより得た。ATRIPのリン酸化特異的抗体は、リン酸化ペプチドをウサギに免役し、血清をアフィニティー精製することにより作製した。ATR、Chk1,p53に対する抗体、およびそれらのリン酸化特異抗体は、Oncogene社、Cell Signaling Technology社、Santa Cruz社より購入した。出芽酵母Mec1p、Tel1pのクロマチン免疫沈降実験では、それぞれ18xmycタグ、5xHAタグを付加したタンパク質を内在性のプロモーターにより発現する株を作製し、それぞれのタグに対するモノクローン抗体、protein G-beads (Dynal)を用いてタンパク質?DNA複合体を免疫沈降した。SIPS誘導と細胞老化の解析には、細胞に55 GyのX線照射、あるいは500 microM H2O2処理を2時間行い、5から10日間培養後、細胞を固定しSA-beta-gal染色・PI染色を行いSA-beta-gal陽性細胞を数えるとともにFACSにより細胞周期を解析した。sister-chromatid cohesion(SCC)の成立の有無を調べるためにクロマチン免疫沈降法(ChIP法)を用いた。さらにSCCのrDNAの安定性に対する直接的な影響を調べるため、marker loss法によりrDNAの組み換え頻度を解析した。つまりrDNAの反復配列内に選択可能なマーカー遺伝子(URA3)を挿入し、その欠失頻度をFOAを含む培地上での増殖により調べた。
結果と考察
ATRは哺乳類ATMと分裂酵母Rad3に構造的に類似したタンパク質として同定された。我々は、ATRの機能制御複合体の一端を明らかにする目的で、ATRと結合する新規因子、ATRIP (hmus304)の単離し、その機能解析を行った。昨年度までの研究で、我々は本タンパク質がDNA損傷時にATR依存的にリン酸化されることを見いだしている。我々は、ヒトとマウスで保存されているSQ/TQ配列のSer, ThrをAlaに改変した変異ATRIPを網羅的に作製し、変異タンパク質のDNA損傷時の挙動を解析することによりATR依存的にリン酸化されるATRIPの残基を決定した。ATRIPのリン酸化部位をAlaに改変したタンパク質(以降SA変異ATRIPと呼ぶ)を導入した細胞において、ATR-ATRIPは野生型タンパク質と同様にfocusを形成することができた。さらにATRタンパク質の発現をRNAiにより阻害した細胞においてATRIPのDNA損傷後のリン酸化は検出されな
くなるもののATRIPのfocus状の分布は影響されなかった。このことは、ATRの活性化がATR-ATRIPの細胞内局在化を変化させるのではなく、ATRIP自身がDNA損傷部位に集合する能力をもち、その能力はATRの活性には依存しないことを示唆している。
ATMおよびATRは真核生物において広く保存され、染色体の恒常性維持に関与している。これらの因子は進化上保存された線状染色体末端維持機能を担っていることが知られている。我々は出芽酵母のATMおよびATRがテロメアに細胞周期依存的にかつ相反的に結合することを見いだした。また、酵母のテロメア短縮変異株est2、yku70において、Mec1pが通常結合していない細胞周期上の時間帯にテロメアに結合していることがわかった。このことからテロメア短縮シグナルがMec1p(ATR)を介して伝達されていることが示された。
昨年度までにAT細胞にテロメラーゼ(hTERT)を発現させることでテロメア長が伸長し、replicative cellular senescence(細胞老化)が回避され不死化することを示してきた。しかしながら、放射線などに対するDNA障害チェックポイント機構の異常(細胞周期チェックポイント、放射線感受性など)はhTERTの発現によっては回避できなかった。そこで、SIPS誘導においてATMを介したDNA障害チェックポイント機構が重要な機能を果たしているかどうかを検討した。その結果、AT/TERT細胞においてもX線照射や酸化ストレスによってSIPSが誘導されることが明らかになった。さらに、Normal/TERTと同様にAT/TERT細胞においてもp38MAPKのリン酸化が認められ活性化していることが明らかになった。このことからSIPS誘導においてもp38MAPKが関与している可能性が示唆された。
酵母を用いてリボゾームrRNA反復遺伝子の安定性を維持する機構の解析を行った。ChIP法により米国グループの報告通り、5S rDNA近傍にSCCが存在することを確かめた。次にそのSCCがSIR2の変異によりどのように変化するか調べた。その結果、SIR2欠損株ではSCCが野生株のそれに比べて約3分の1に減少していることが判明した。SCCの一つのコンポーネントであるSmc1タンパク質の温度感受性変異株を用いて、そのrDNAの安定性をmarker loss法により検定した。その結果、予想通り半許容温度下において、 マーカー遺伝子の欠失頻度、つまりrDNAの不安定性が許容温度下に比べて約3倍上昇していた。さらにその上昇はDNA複製阻害活性に依存していた。以上のことから、SIR2変異がクロマチン構造の変化を通してSCCの成立をさまたげ、それによりsister-chromatidがずれ易くなりrDNAが不安定になっていると考えられる。
結論
本研究において、トランス因子・シス配列の両面からゲノムインテグリティー維持の分子メカニズムを解析した。早老症原因遺伝子産物が他の因子との複合体を形成し、さらにゲノムの機能ドメインへ局在化する分子メカニズムの一端を明らかにした。本研究の結果はこれら複合体がゲノムの維持に関わり、その破綻が細胞老化を昂進することを示唆している。早老症関連因子をはじめとするトランス因子とゲノム構造維持に関わるシス配列との相互作用の解析をさらに推進することにより、老化過程におけるゲノム構造変化の寄与、およびその分子メカニズムの解明が期待される。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-