ストレスの老化に及ぼす影響とその生体応答に関する研究

文献情報

文献番号
200200249A
報告書区分
総括
研究課題名
ストレスの老化に及ぼす影響とその生体応答に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
磯部 健一(国立療養所中部病院長寿医療研究センター老化機構研究部)
研究分担者(所属機関)
  • 磯部健一(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
  • 谷口直之(大阪大学、大学院、医学系研究科)
  • 中島 泉(名古屋大学大学院、医学系研究科)
  • 祖父江元(名古屋大学大学院、医学系研究科)
  • 澤田誠(藤田保健衛生大学・総合医科学研究所)
  • 丸山光生(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
15,285,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
人は紫外線、放射線、感染、熱等種々の外的ストレス刺激にさらされている。またこれらの刺激はラジカルを産生するし、代謝によっても内部でラジカルが産生される。これらを我々は老化促進ストレス刺激と呼び、これが生体にあたえる変化をシグナル伝達系、遺伝子発現制御を中心に詳細に検討し、それが老化をどのように引き起こすかを検索する。一方生体は老化促進ストレス刺激に対し、防御的に作用する機構を備えている。ラジカル消去酵素(SOD, カタラーゼ等)、HSP70 等シャペロン、さらにはDNA 傷害を監視する様々な蛋白は異なった機構でストレスから生体を防御していると考えられる。さらに、免疫系は高度な防御機構を備えている。本研究はこれら防御機構を分子レベルで詳細に解析すると同時にその生体における老化防御としての役割を遺伝子欠損マウス、老化マウスを使用し研究する。本研究によりストレスの老化に及ぼす影響とその防御過程を分子レベルから個体レベルで総合的に研究することで老化防御のための理想的生活習慣を提示することが可能になると期待される。本年度は過去3年間の研究の一応の区切りをつけ、新たな研究の方向性を探った。
研究方法
1、各種ストレスのシグナル解析;細胞に各種刺激(アルキル化剤MMS、紫外線、カルボニル化合物、増殖因子、NO産生試薬SIN-1等、Thapsigargin 等ERストレス)を加え、細胞抽出物をSDS-PAGEに流し、シグナル伝達系の抗体、リン酸化抗体を使用したウエスタンブロット法および試験管内キナーゼアッセイなどにより測定した。また、シグナル伝達分子の特異性は各種inhibitorで解析した。また、精製蛋白にMG等を反応させたのち、ペプチド断片にし、MALDI-TOF-MSにて質量分析した。
2、マウス個体を使用した実験と組織染色;GADD34ノックアウトマウスの組織あるいは胎児よりMEF(線維芽細胞)を培養し、実験に使用した。ZBP-89ノックアウトES細胞からキメラマウス、テトラプロイドマウスを作製した。これらのマウスの病態解明のため、組織染色、免疫染色、 in situ hybridyzationを行った。3、遺伝子クローニング、発現解析;cDNAライブラリーから記憶B細胞のシグナル伝達をコードする遺伝子をサブトラクション法でクローニングし、脾臓に発現の強いクローンの遺伝子解析を行った。(倫理面への配慮)動物実験はマウス個体を使用したが、長寿医療研究センター,大阪大学、名古屋大学、藤田保険衛生大学医学部のそれぞれの動物施設実験指針に従って研究を行った。
結果と考察
1、 DNA傷害性ストレス刺激に対する生体応答 (磯部);Zfp148がDNA傷害性ストレス刺激、血清除去で誘導されることを見い出した。Zfp148(ZBP-89)遺伝子欠損マウスはESからキメラ作製の段階で精子形成不全をきたしその後の遺伝子欠損マウス作製が困難になった。そのため、ES細胞からキメラマウスを作り、胎生期のフェノタイプ、あるいはテトラプロイドのフェノタイプを解析した。すると、zfp148のヘテロ欠損マウスでは、神経管閉鎖不全と始原生殖細胞の細胞死を示した。Zfp148はPGCが分裂を停止する時期に発現してくること,同時にp53がリン酸化をうけること、zfp148のヘテロ欠損マウスではp53のリン酸化が低下することを見い出した(Nature Genetics 2003).2、 UPR (unfolded protein response)の基礎(磯部)と神経変性疾患(祖父江)
細胞内で異常蛋白がつくられると細胞はストレスとしてUPR反応をER (endoplasmic reticulum) で起こす。この反応はいつはERストレスとして蛋白合成の阻害をおこし、もう一方ではHSP蛋白が異常蛋白をときほぐす役割を持つと同時に、ユビキチン化を介して異常蛋白を分解する。GADD34 はストレス刺激で上昇する蛋白ということが知られてきたが、個体での機能は今だあきらかではなかった。GADD34ノックアウトマウス、胎児線維芽細胞をERストレス(タプシガルギン)で刺激するとwild type マウスではGADD34の発現に従い、ERストレスによるeIF2aのリン酸化から回復が見られたが、GADD34ノックアウトマウスではeIF2aのリン酸化が遷延し、蛋白合成のシャットオフからの回復が遅れた(分子生物学会ワークショップ発表、論文提出中)(磯部)。球脊髄性筋萎縮症(SBMA)は、アンドロゲン受容体(AR)遺伝子内のCAGリピートの異常延長により、異常蛋白が核内に蓄積することで、運動ニューロンなどが特異的に変性死に陥る。すなわち細胞にストレス応答を誘起する。CAGが97回繰り替えしたAR-97遺伝子導入マウスは変異ARの高発現が認められ、進行性の運動障害が認められた。このマウスを去勢すると病状が回復した。また、このマウスとHSP70高発現マウスをかけ合わせると病状が回復した(祖父江)。3、酸化ストレスとシグナル伝達、生体防御(中島、谷口)受容体型チロシンキナーゼであるRETの遺伝子を移植したNIH3T3細胞にシステイン基を介する蛋白質架橋剤である1,4-butanediyl-bismethanetiosulfonate BMTSを作用させると、細胞内蛋白質のチロシンリン酸化が誘導されること、そして、BMTSはRET分子を重合させて、そのキナーゼ活性を増強させることを明らかにした。細胞外ドメインを欠失するミュータント分子の遺伝子であるRET-PTC-1を移植した細胞では、BMTSによるキナーゼ活性の増強は認められず、BMTSが反応する標的システインはRETの細胞外ドメインにあると考えられた。一方、このミュータント分子に試験管の中で直接BMTSを作用させると、キナーゼ活性が増強された(中島)。生体内の物質による酸化ストレスの誘導メカニズムと、それに対する防御機構について検討した。一酸化窒素(NO)や、メチルグリオキサール(MG)等のジカルボニル化合物は細胞に酸化ストレスを誘導する。MGのGPxに対する作用を検討した結果、MGはGPxのグルタチオンの結合部位に不可逆的に結合し、GPx活性を低下させた。血管内皮細胞にパーオキシナイトライトを添加するとチオレドキシンレダクターゼ(TR)活性が低下する。しかしTR活性の低下に伴う酸化ストレスにより代償性にTRそれ自身の発現が誘導された。以上のことからGPxやTRなどの抗酸化酵素は生体内の様々な物質により不活化されるが、血管平滑筋細胞や血管内皮細胞には、細胞内のレドックス状態を変化させ、細胞の生存、維持に重要な遺伝子や抗酸化酵素の発現を調節していることが示唆された(谷口)。4、ミクログリアとストレス(澤田)刺激して活性化されたミクログリアには神経保護作用を示すものと傷害された神経の細胞死を促進するものとがある。ミクログリアRa2は神経細胞死を抑制する。一方、ミクログリア6-3, 6-1などは神経細胞死を促進する。保護的であるRa2にHIV由来nef遺伝子を強制発現させた細胞は作用が逆転し無血清によって誘導したN18神経細胞死を促進する事がわかった。それらのROS産生量を測定したところ、nef発現量に依存したROS産生の増大が観察できた。5、免疫記憶に関する分子のクローニング(丸山)免疫記憶の維持に携わる細胞、分子機構について胚中心の機能に焦点をあて、記憶B細胞が誘導され、維持されていく間に特異的に働く分子の解明を試みた。EST(expressed sequence tag)に対して検索を行った結果、クローン10Cについては相同性の高いcDNA配列が存在し、2,073アミノ酸よりなるタンパクをコードしていることが明らかになった。クローン10Cタンパクについて、モチーフ検索を行ったところはアミノ酸167番目~273番目にpleckstrin homology (PH)ドメインを有すること、ヒト、線虫、ショウジョウバエに存在することX染色体上に存
在し、49個のエクソンより構成されていることが明らかになった。
結論
1、DNA傷害性ストレスはzfp148の発現を上げ、p53を介して細胞の増殖停止に関与する。2、 ERストレスは GADD34を上昇させ、蛋白合成のシャットオフからの回復を担う。3、CAGリピート病は異常蛋白の核内への蓄積により起こる。男性ホルモンの関与、HSP-70が病気の進行を抑えることを証明した。4、酸化ストレスはGPx, TR の活性化を低下させる。ただし、TRの発現を上昇させる。5、ミクログリアはROS産生が高いと神経細胞傷害活性が強くなる。6、蛋白質のシステインが酸化ストレスにさらされるとシグナル伝達系が正のシグナル増強を受ける。

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