高齢者の消化・吸収機能維持に関する研究

文献情報

文献番号
200200247A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の消化・吸収機能維持に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
千葉 勉(京都大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 木下芳一(島根医科大学)
  • 日比紀文(慶應義塾大学医学部)
  • 高後 裕(旭川医科大学)
  • 菅野健太郎(自治医科大学)
  • 中里雅光(宮崎医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者では従来から加齢に伴って生じる消化器疾患そのものはあまり多くないものの、加齢による消化器臓器の機能低下によって種々の消化吸収傷害が生じること、また腸管免疫能の低下によって腸内細菌叢の異常や易感染性が生じることが指摘されてきた。しかしながら以前から消化器臓器は加齢の影響を一般的にうけにくいとされてきたため、加齢による消化管の機能の変化等については今まで十分に検討されてこなかった。ところが近年超高齢化社会になるにおよんで、こうした消化器臓器の加齢による機能傷害の存在が明らかとなると同時に、それに基づく疾病の増加、QOLの傷害が目立ってきた。例えば蛋白質の吸収傷害による低蛋白血症のための浮腫、低Na血症による活動性の低下、鉄吸収能の低下による貧血、腸管免疫能の低下による易感染性などである。そこで本研究では、高齢者の消化吸収能を向上させ、さらに腸管の免疫能を高めるために、種々の研究をおこなった。そしてこうした成果にもとづいて、高齢者の消化吸収能を高める薬剤、さらには腸管免疫能を高める治療法の開発を目的とした。
研究方法
1.ヒト、BALB/cマウスにおいてノザンブロット、免疫染色によって消化管のTLR4, MD2,CD14の発現を検討した。さらにマウスにDSSを投与して、消化管粘膜の透過性を高めた際のこれらの変動を検討した。
2.経内視鏡的、あるいは手術によって得られた小腸、大腸粘膜標本を用いてIgGFc結合蛋白(FcBP)をモノクローナル抗体(K9)を用いた免疫染色により検討した。さらに同時に便を採取してこれを嫌気性条件下で培養し、Bacteroides属の分布・構成をBacteroides属菌種特異的プライマーを用いた定量的PCRを用いて検討した。
3.細胞表面トランスフェリン受容体(TfR)を反映する、血清マーカーである可溶性TfR濃度を種々の年齢層、アルコール性肝障害患者においてELISA法を用いて検討した。さらにラット初代培養肝細胞を用いて、エタノール投与による、TfRの発現、Tf結合、非結合鉄の細胞への取込み、さらにTfR mRNAの調節蛋白であるIRP活性の変動を測定した。
4.閉塞性黄疸患者に対して内視鏡的胆道ドレナージ(ENBD)または経皮経肝的胆道ドレナージ(PTCD)をおこない。
血清ビリルビンを測定して減黄良好例と不良例に分けて、加齢の影響を検討した。またこれらの減黄不良例に対してウルソデオキシコール酸(UDC)を投与して、ビリルビン価の変動を観察した。
5.ラットを用いて、胃グレリン含量を(RIA)で、胃グレリンmRNAをノザーンブロットで、血漿中グレリンとGH濃度をRIAで定量した。またヒトにおいても血漿グレリンを測定した。またラットにグレリンを投与して、その摂食亢進作用を比較した。さらに迷走神経切除、カプサイシン投与の影響も検討した。
(倫理面への配慮)これらの研究は、動物実験はすべて各大学の動物実験委員会の承認を得ておこなった。さらにヒトの研究については、研究の趣旨を十分に説明したのち、十分なインフォームド・コンセントを得ておこなった。
結果と考察
今回の研究ではまずBALB/cマウスにおいて消化管粘膜全般にMD2,CD14が、さらにマウスとヒトで、胃と大腸の粘膜上皮細胞においてTLR4が発現していることが明らかとなった。またマウスにDSSを投与して粘膜の透過性を亢進させるとTLR4の発現は増強した。さらにヒトでは胃のTLR4はHP感染によって発現が増強することが判明した。したがってこのTLR4が大腸内の腸内細菌、胃におけるヘリコバクタ・ピロリ(HP)に反応して、細菌感染の防御に関与すると同時に、胃炎や大腸炎の発症に大きく関与する可能性が示された。またこれらTLR4, MD2の発現は加齢によって低下した。この事実は高齢者の消化管感染症に対する易感染性に関与しているものと想定された。
さらにHP感染によって生じる胃炎が加齢にともなって沈静化してくることは良く知られているが、加齢によるTLR4発現の低下はこうした現象にも関与するものと考えられる。したがって今後、高齢者の感染予防に対しては、TLR4やMD2の産生や効果を増強させること、逆に炎症の沈静化、さらに胃発癌の抑制に対しては、これらの産生を低下させることを考慮する必要があると考えられるが、こうした相反する方法の是非については今後の検討が必要である。
腸管に発現するFcBPは腸管粘膜から侵入する抗原を排除する作用があると考えられるが、今回の検討ではFcBPの発現は、炎症性腸疾患患者で低下していたが、加齢によって変化しなかった。しかし前年度の検討でFcBPのIgG結合能は低下していた。一方炎症性腸疾患患者、さらに加齢によって、腸内の特に嫌気性菌の腸内フローラが変化している事が観察された。したがって、腸内のFcBPの量的、質的変動が、今回観察されたように、腸内の嫌気性菌のブローラが加齢によって変化していたことと関連している可能性が考えられる。今後高齢者に対して、FcBPの腸内投与という方法が高齢者の感染性腸炎の治療あるいは予防に適用できるか否かを検討する必要がある。
高齢者では潜在性の鉄欠乏状態にあるが、今回の検討で肝細胞表面のトランスフェリン受容体(TfR)を反映する血中TfRはアルコール性肝疾患患者のみならず、加齢によっても増加する傾向にあった。これは高齢者の潜在性の鉄欠乏状態を反映していると同時に、この高TfR発現状態が肝内での鉄の貯蔵を促進して、高齢者の鉄欠乏に拍車をかけている可能性も考えられた。
胆道系の悪性腫瘍や胆石症による黄疸例は高齢者で特に多く見られる病態である。今回の検討では高齢者の閉塞性黄疸患者では胆道ドレナージ後も非高齢者に比較して、ドレナージによる減黄効果が明らかに不良であった。そこでこうした高齢者症例に対して、ウルソデオキシコール酸(UDC)を投与したところ、67%の患者で減黄効果が認められた。この詳細な機序については明らかではないが、このことは高齢者閉塞性黄疸患者にとっては大きな福音であり、いますぐにでも臨床応用が可能と期待される。
今回の検討で高齢ラットでは血中グレリン濃度が低下しているのみならず、夜中のグレリン分泌のサージが低下しており、それに伴ってGH分泌のサージも低下していた。さらに高齢者においても空腹時グレリン濃度が明らかに低いことが判明した。一方ラットへのグレリンの末梢投与は、摂食量を増加させ、活動性を増強した。これらのことから、グレリンの分泌不全が、高齢者の食欲低下、さらに活動性の低下、すなわちsomatopauseに関与している可能性が示唆された。したがって今後、高齢者に対するグレリン投与あるいはその分泌を刺激する薬剤治療が十分に考慮されるべきである。
結論
1.胃や大腸粘膜にはTLR4, MD2, CD14が存在するが、胃のTLRはHP感染によって増強し、加齢によって減少する傾向にあった。この変化が高齢者の易感染性、HP感染による萎縮性胃炎の形成、などに関与する可能性が考えられた。2.腸粘膜のFcBP量は加齢によって変動しないが、IgGFcの結合能は低下していた。このことが高齢者の嫌気性菌の腸内フローラの変化に影響している可能性が推定された。 3.高齢者の血中sTfR濃度は上昇していたが、これは高齢者の潜在性の鉄欠乏状態を反映していると同時に、体内鉄の分布異常が高齢者の鉄欠乏に関与している可能性が考えられた。4.高齢者の閉塞性黄疸患者では、胆道ドレナージをおこなっても減黄効果が認められない患者が若年者に比較して多いが、これらの患者に対してUDCの投与が極めて有効であった。5.高齢ラット、高齢者では胃からのグレリン分泌は低下していた。また夜中のグレリン分泌のサージが消失しており、それに伴ってGHのサージも消失していた。したがってグレリンの分泌低下は高齢者のsomatopauseに大きく関与していると考えられた。

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