長寿命遺伝子としてのShcシグナリングに関する分子遺伝学的研究

文献情報

文献番号
200200244A
報告書区分
総括
研究課題名
長寿命遺伝子としてのShcシグナリングに関する分子遺伝学的研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
森 望(国立療養所中部病院長寿医療研究センター分子遺伝学研究部)
研究分担者(所属機関)
  • 小野功貢(神戸大学理学部)
  • 相垣敏郎(東京都立大学理学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
シグナル伝達アダプター分子Shcの遺伝子欠損マウスの寿命が30%ほど延びることが報告されて以来、長寿命遺伝子としてのShcの役割が注目されている。一方で、線虫等、遺伝学的解析の容易な無脊椎動物を用いた寿命遺伝子解析の進展が著しい。我々は、動物個体の寿命制御にかかわる遺伝子経路の共通原理があるか否かを探索することを目的とした。具体的には、Shc関連遺伝子群の実体把握、新規シグナルルートの解析、N-ShcとPKCとの機能連関の解析、さらにシウジョウバエにおける長寿命関連遺伝子の探索を行った。
研究方法
主任研究者の森を中心として、Shc/ShcA, Sck/ShcB, N-Shc/ShcCの機能解析を進め、シグナルアウトプットドメインのリン酸化の実体と意義、細胞のストレス応答と生存・アポトーシスのシグナルへの関与を究明する。森は、また、Shcのリン酸化部位変位体の分与を受け、各種刺激下での細胞のShc応答を検討する。分担研究者の小野はPKC分子種の変異体を森に供給し、PKCとShc関連分子との相互作用について解析する。またPKC関連制御因子であるPKNの機能について研究を進める。相垣は、ショウジョウバエの寿命変異体を体系的にスクリーニングし、長寿命系統を選択してその原因遺伝子を特定する。
結果と考察
(1)  N-ShcにはShcにないユニークなシグナルアウトプットがあり、特に、CH1ドメインからCrkIIを介して細胞内のアクチン骨格を制御するシグナルを流すことが示唆された。これはShc系分子について従来知られていない新たなシグナルルートを発見したことになる。
(2)  N-Shcがアクチン骨格の再編を促すシグナル伝達の制御分子の候補としてp250 kDの新規Rho-GAPを同定しGritと命名した。このGritはN末にGAPドメインをもち、C末でN-ShcならびにNGFの受容体であるTrkAと結合した。Gritの発現は脳神経系に強く、神経の活性化にともなうG蛋白質の新たな制御因子として注目される。
(3) N-Shcは神経細胞の酸化ストレス下にPKC deltaと結合し、細胞の酸素ラジカルレベルを下げ、細胞死を抑制することを明らかにした。これは、p66-Shcと同様、N-Shcも細胞のストレス応答に関係することを示したものであるが、作用の仕方が全く異なる。p66-Shcはストレス下に細胞死へ向かわせるがN-Shcはストレス下に細胞死を抑制する働きがある。今後、老化との関連で両者の違いを詳細に解明してゆくことが期待される。
(4) PKC関連キナーゼであるPKNについて特にストレスシグナルとの関係を調べた。その結果、PKNはp38MAPKNの上流にあるMLTKaをリン酸化し、間接的にp38MAPKを活性化することがわかった。さらにPKNはMLTKからp38に至る経路の他の分子とも結合することがわかり、PKNがp38周辺のストレスシグナル応答分子群のスキャッフォールド(足場)となっている可能性を示唆した。
(5) ショウジョウバエの寿命関連遺伝子として昨年までに単離していたDPOSHがどのような分子と相互作用するかを検討した結果、アポトーシス関連遺伝子 ALG-2およびAIP1と協調して、Eigerによって誘導されるJNK経路の活性化に関与していることが明らかになった。このことは、寿命とアポトーシスシグナリング経路の間に密接な関連があることを強く示唆した。
主任研究者を中心としたShc系分子について、今年度の研究によりいくつかの重要な発見があった。一つは、昨年度までにモデル細胞系でN-ShcがPKC deltaと特異的に結合し、PKC活性を抑えることを知っていたが、これが実際に神経細胞の酸化ストレス下におこり、神経細胞のアポトーシス抑制にかかわる可能性を見いだした。また、N-Shcに特徴的なシグナルアウトプットを見いだし、それに関与する新たな脳特異的なアクチン骨格再編の誘導分子Gritを特定した。これらの結果は、従来Shcについてしられていた、いわゆるRas-MAPK経路の活性化因子としての役割意外にN-Shcは細胞のストレス応答や細胞骨格再編へ向けて多彩な機能をもつシグナルアダプターであることを示唆した。
また、PKC関連分子として解析を進めたPKNとショウジョウバエの寿命関連遺伝子の探索から始めたDPOSHに関して進めた分担研究者の研究からも、意外にも両者ともストレス応答シグナルに関連することが判明した。このことは、老化や寿命の制御の中心に細胞のストレス応答シグナルがあることを示唆しているものと考えられる。
本研究ではマウス、線虫、ハエという様々な生物種における寿命制御系遺伝子の探索という各々の分担研究ごとに独立に研究を進めたが、結果的には、幸い、「寿命制御」と「酸化ストレス応答」という共通の接点がみえてきた。本研究のゴールは、種を超えた寿命制御システムの共通理解という点であったが、少なくとも、細胞のストレス応答にかかわるシグナル伝達系が重要であることが確認された。
結論
個体寿命の制御系に関して、無脊椎動物と脊椎哺乳動物とを比較し、いずれも細胞の酸化ストレス応答に関係するシグナル伝達系の遺伝子が重要であることが示唆された。哺乳動物で唯一の長寿命遺伝子として指摘されたp66-Shcの神経特異的ホモログであるN-Shcについても、神経細胞での酸化ストレスからアポトーシスへ連携するシグナルを媒介し、ストレス下に神経を保護することを見いだした。またPKN、POSHの研究からも再オブのストレス応答シグナルが老化・寿命制御に係わることが明かとなった。

公開日・更新日

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