高齢者のQOL向上を目指した心理・社会的リハビリテーション法の確立に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200242A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者のQOL向上を目指した心理・社会的リハビリテーション法の確立に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
岡村 仁(広島大学医学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近代医学の進歩により、現在わが国は世界で類をみない高齢化社会を迎えようとしている。しかし、人は65歳以上の老年という世代を迎えると、定年退職に代表されるような社会的役割の喪失を経験するようになる。また、身体的衰えは避けられないものとなり、身近な人間、親しい友人、配偶者との死別を体験するなど老年期はあらゆるものの喪失を体験する世代といわれている。そしてこの喪失体験の克服という課題遂行に失敗すれば、不安、変化する環境への適応障害、うつ病などの心理的苦痛を生じることになる。すなわち,身体的健康だけでなく、精神的健康を維持することの重要性が認識されてきている。こうした高齢者に対する心理・社会的アプローチとして着目されている介入法のひとつにライフレビュー活動がある。以前は高齢者のライフレビューは、過去に対する執着や老化のサインとして、否定的心理過程とみなされてきた。しかし精神科医Butlerは、高齢者が思い出話をする行為を、自然で、普遍的な心理的過程としてとらえ、ライフレビューを行うことで内的葛藤を解決し、それが喪失体験を乗りこえる力となり、人生に新たな意味を与えることになると報告した。しかし、これまでもライフレビュー活動の有効性に関する検討は行われてきたものの、対象者の抽出や介入方法などでさまざまな問題点を有していたことから、その効果について一定の見解は得られておらず、しかもその中~長期的な効果を検討したものはない。また、実際にライフレビュー活動を行う際に、どのような要因に留意すべきかについて報告されたものもない。そこで本研究では、QOLの低下が懸念される虚弱高齢者を対象に、ライフレビュー活動の自我の統合(人生の満足感、自尊心)と絶望(抑うつ、絶望感)に対する中期的な効果を、無作為比較対照試験によって評価するとともに、その際どのような要因に留意すればよいかを明らかにすることを目的とした。本年度は、前年度に引き続きデータ収集を継続するとともに、得られたデータの最終解析を行った。
研究方法
対象は、施設に入所あるいは通所している高齢者のうち、①年齢が65歳以上、②過去に精神病歴を持たない、③痴呆、せん妄などの認知障害を認めない、④グループ活動に参加する上で、聴覚的、視覚的、言語的に問題を認めない、⑤研究の趣旨を理解し、文書にて同意の得られる者を対象とした。以上の適格条件を満たし、同意の得られた高齢者を、介入群と対照群の2群に無作為割り付けした。介入群に対しては毎週1回1時間、計8回のグループライフレビューを施行し、対照群については毎週1回1時間、計8回、健康をテーマとしたグループでの話し合いを行った。使用した介入方法に関して、1グループは、リーダー1名と対象者4?10名とした。介入プログラムの内容については、人生の全体像を回想し、その人の人生を概観することにより統合を高めるというライフレビューの目的に従い、幼年期、学童期、青年期、成人期、現在という年代順に回想していくことを基本とした。評価方法は、ライフレビュー活動を行う前のベースライン調査として、介入群、対照群の両群に対して、人生への満足度を測定するLife Satisfaction Index A (LSIA)、自尊心を測定するRosenberg Self-Esteem Scale (RSES)、抑うつを測定するGeriatric Depression Scale (GDS)、希望のなさを測定するBeck Hopelesness Scale (BHS)の4種類の質問紙法を施行するとともに、医学的・社会学的背景を面接により聴取し、介入後、および介入終了3ヵ月後に、再び両群に対してベースラインと同様の質問紙法を行った。(倫理面への配慮)本研究は、各施設で承認を受けた後、研
究プロトコールに基づき、文書にて同意の得られた対象者にのみ実施した。対象者への開示文書には、研究参加に同意しない場合でも不利益が生じないこと、解析の結果を発表する場合、被験者の個人情報が明らかになることはないこと、心理的な質問項目に対し少なからず不快感が生じる可能性があることなどを記載した上で十分に説明を行い、十分な配慮のもとに実施した。
結果と考察
介入終了3ヵ月後までフォローできた介入群36名、対照群35名について LSIA、RSES、GDS、BHSの介入直後から介入終了3ヵ月後にかけての得点の変化を反復測定による共分散分析(repeated measures ANCOVA)を用いて比較した結果、抑うつにおいて、時間の変化と群間に有意な交互作用(p=0.04)を認め、介入群と対照群における変化のパターンが異なることが示された。また絶望感については、交互作用はなかったものの、2群間において得点の変化に有意な差(p=0.04)が認められた。さらに、介入群と対照群の間で有意な差の認められた抑うつ(GDS)と絶望感(BHS)について、ライフレビュー活動終了3ヵ月後のそれぞれの得点にベースラインのどのような要因が関連しているかを重回帰分析検討を用いて検討した結果、ライフレビュー活動後の抑うつには、介入前の抑うつの程度(p=0.01)とともに、過去の未解決な問題の有無(p=0.04)が、絶望感についても同様に、介入前の絶望感の程度(p<0.01)と過去の未解決な問題の有無(p=0.02)が有意に関連していることが示された。以上の結果より、高齢者が呈する絶望に対して、グループを用いたライフレビュー活動は中期的な効果を示す可能性があること、また今後ライフレビュー活動を行っていく際に、高齢者が未解決な問題を有している場合には、その内容や程度を評価し、アプローチの手段や期間についても考慮しながら実施していく必要があることが示唆された。研究上の限界は存在するものの、今回の研究によってライフレビュー活動の持つ、高齢者の発達段階を援助し、精神的健康を維持するという役割が示唆され、QOLの維持・向上に対する中~長期的効果の可能性が示されたことは意義深いと思われる。
結論
ライフレビュー活動は、それによってすぐに自我の統合を促したり、抑うつや絶望感を軽減させるといった治療的因子としてよりはむしろ、長期的な経過の中で、何の対応もしなければ徐々に生じてくるであろう抑うつや絶望感を予防することで、高齢者のQOLの維持・向上を図る心理・社会的リハビリテーションアプローチとして利用できる可能性が示唆された。

公開日・更新日

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