老年者に対するホルモン補充療法に関する総合的研究

文献情報

文献番号
200200226A
報告書区分
総括
研究課題名
老年者に対するホルモン補充療法に関する総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
武谷 雄二(東京大学大学院医学系研究科産婦人科学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 市川秀一(医療法人北関東循環器病院)
  • 大藏健義(獨協医科大学越谷病院)
  • 神崎恒一(東京大学大学院)
  • 佐久間一郎(北海道大学大学院)
  • 佐藤貴一郎(国際医療福祉大学)
  • 林登志雄(名古屋大学大学院)
  • 本庄英雄(京都府立医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ホルモン補充療法(hormone replacement therapy: HRT)は老年疾患を予防し、高齢女性の健康を保持、増進するための方法として注目されている。しかしHRTはわが国ではあまり一般化しておらず、高齢女性におけるHRTの適応の決定、有害事象を最小に抑え最大の効果をあげる方法についてもよくわかっていない。また我が国においてHRTが未だ一般化せず、また、高齢女性における適応、実施法についてコンセンサスが得られないうちに、HERS(1998)、HERS II(2002)、WHI(2002)において、乳癌や静脈血栓症のリスクが問題とされた。HRTに関する検討を進めていく上で、本邦女性におけるこれらのリスクの検証と血栓症に関する遺伝的素因との関連を明らかにすることが重要である。これらを踏まえた上で、(1)HRTを受けている本邦女性約600例を登録して2-3年間追跡し、本邦女性のHRTに関連してどのような問題点が生じるかを具体的に検討する、(2)65歳以上の高齢者については知的機能を含めた総合的機能評価を経時的に行い、HRTが高齢女性の機能に及ぼす効果を症例対照研究により検証する、(3)前回の研究班の課題であった、効果、有害事象からみた本邦女性のためのHRTの至適治療法の確立およびHRTの対費用効果に関する研究を継続し、(4)これらの研究から得られたデータをもとにガイドラインを改訂する、ことを本研究では目的としている。
研究方法
1.<全体研究>(1)HRTを受けている本邦女性の追跡調査:各施設および関連施設において現在HRTを施行している、あるいは新規に開始する症例を本人のインフォームド・コンセントを得た後に登録し、本研究班が継続する間、約2?3年間にわたって追跡する。既にHRTを受けている症例と合わせ全部で約600例を見込んでおり、現在、186例の症例を登録した。追跡項目としては、HRT継続の有無と理由、HRTによる有害事象の発生の有無と内容、処置と経過、合併症の発症の有無を常時モニターし、年に1回、HRTの満足度、問題点についてアンケート調査を行い、本邦女性におけるHRTの実態を明らかにする。(2)高齢女性の知的および自立機能に対するHRTの効果:上記の登録症例のうち、65歳以上の高齢女性について総合機能評価を行う。日常生活動作、知的機能、うつ傾向の有無、QOL、意欲を半年に1回追跡する。2.<個別研究>(1)血管機能に対するHRTの効果の検討と(2)脳機能に対するHRTの効果の検討の二項目に分け、それぞれ個別に検討を行った。血管機能に対するHRTの効果としては、①HRTにおける内因性NO合成酵素阻害物質 (ADMA) と血管内皮機能障害の影響、②HRTがACE活性および血漿ブラジキニンに与える影響、③HRTが血中ドコサヘキサエン酸およびエイコサペンタエン酸に与える影響、④単球の血管内皮への接着に及ぼすエストロゲン、エストロゲン関連物質の影響(実験的検討)を検討した。認知機能障害に対するHRTの効果としては、①脳組織毛細血管網構築に対するエストロゲンの効果(実験的検討)、②HRTの脳血流に対する効果、③ERTと選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)による、うつに対する効果、④Alzheimer病神経原繊維変化におけるエストロゲンの影響(実験的検討)について検討を行った。さらに(3)本邦に適したHRT実施を目指した多面的研な検討として①エストリオールによるHRTの効果、②骨量減少の予防を視野に入れた本邦における至適HRTの策定について検討を行った。また(4)HRTの対費用効果に関する検討として今回の研
究班ではアルツハイマー病を対象とした。
結果と考察
1.全体研究:(1)HRTを受けている本邦女性の追跡調査および、(2)高齢女性の知的および自立機能に対するHRTの効果を検討するための症例の登録は、全体で186例の登録が済んでいる。なお、研究協力施設として、新たに名古屋市立大学医学研究科生殖・発生学(産科婦人科)が症例の組み込みに協力している。186例のうち、65歳未満のHRT症例が107例(平均年齢56.0±4.6歳)、65歳以上のHRT症例が65例(平均年齢73.5±6.7歳)、65歳未満のHRT症例が3例(平均年齢60.7±2.1歳)、65歳以上の非HRT症例が11例(平均年齢71.1±4.2歳)となっている。なお、遺伝子解析に関して、新規の症例組み入れ期間の延長を東京大学ヒトゲノム・遺伝子解析研究倫理審査委員会に申請し、平成14年7月19日承認を受けた。2.個別研究:個別研究として、各班員の研究成果から、(1) HRT による内皮依存性血管拡張反応の改善はADMAを介さない機序でNOの産生が増加することによること、(2)HRTはhumoral factorを介して心血管保護作用を有する可能性があること、(3) HRTの血管保護作用として、DHA、EPAの上昇による抗動脈硬化作用があること、さらにこのことは痴呆に対しても予防効果がある可能性を示唆していること、(4) HRTは単球の血管内皮への接着を阻害し、血漿DHAおよびEPA濃度を増加させ抗動脈硬化作用を有する可能性があること、(5) HRTは毛細血管網の形成を増加させ、脳血流を改善させ、うつやアルツハイマー型痴呆の発症予防効果がある可能性があること、(5) 後期高齢者に対するエストリオール(E3、2mg/day)補充によって、血管内皮機能の改善、骨塩量の有意な上昇が認められ、これを裏付けるための動物実験で、E3はE2に匹敵する抗動脈硬化作用が認められたこと、(6) エストロゲンにはマクロファージからのNO及び活性酸素放出能を抑える働きがあること、(7) 低用量HRTはコンプライアンスの点から本邦女性に対するHRTとして施行しやすいものであること、が明らかになった。また、(8) HRTによるアルツハイマー型痴呆の発症予防効果を測定するアセスメントモデルを構築し、経済評価に向けた課題を明らかにした。これらの成果は本邦女性におけるHRT施行法につき、さらなる基礎的、臨床的なエビデンスを加えるものである。本研究により、老年疾患全般の予防と治療を視野に入れた、本邦高齢女性に対する適切なHRTの確立のための研究がさらに進み、高齢女性の健康の保持、増進に一つの方法で多面的に寄与できるというHRTの臨床的意義がさらに明確になり、また、老年疾患の予防によるHRTの医療経済的なメリットが明らかにされることが期待される。
結論
全体研究では、HRTを受けている本邦女性約600例を登録目標として追跡し、本邦女性のHRTに関連してどのような問題点が生じるかを具体的に検討し、特に65歳以上の高齢者については知的機能を含めた総合的機能評価を経時的に行い、HRTが高齢女性の機能に及ぼす効果を症例対照研究により検証すること、個別研究としては、班員それぞれの専門領域において、心血管機能、認知機能、有害事象に焦点を合わせ、効果、有害事象からみた本邦女性のためのHRTの至適治療法の確立およびHRTの対費用効果に関する研究を継続し、これらの研究から得られたデータをもとに大内班の策定したガイドラインを改訂する、ことを活動の基本方針としている。個別研究は、HRTの作用を、大きく心血管系、認知機能に対する作用に分け、心血管系については、神崎、佐久間、市川がそれぞれ担当し、認知機能については大藏、本庄が、また後期高齢者をターゲットにしぼった研究を林が担当しており、前述した成果をあげた。HRTの有害事象として、性器出血、発癌の問題があるが、武谷がHRTの用量と性器出血、子宮内膜肥厚との関連を検討し、低用量HRTにより、HRTの有害事象を最小限に抑制できる可能性を示した。またHERSやWHIで問題となった乳癌や静脈血栓症のリスクを検証し、血栓症に関する遺伝的素因との関連を明らかにするための検討を進める予定である。医療経済者である佐藤はHRTに関する対費用効果を明らかにする研究を分担し、班員の
臨床研究の成果を踏まえてアルツハイマー病に関する経済評価モデルを構築し、さらに検討を重ねている。

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