霊長類を用いて作出した老人病モデルによる新規治療法の開発と評価-脳・感覚器疾患等を中心にして-

文献情報

文献番号
200200220A
報告書区分
総括
研究課題名
霊長類を用いて作出した老人病モデルによる新規治療法の開発と評価-脳・感覚器疾患等を中心にして-
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 泰弘(東京大学大学院農学生命科学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 寺尾恵治(感染症研究所筑波霊長類センター)
  • 久和 茂(東京大学大学院農学生命科学研究科)
  • 鈴木通弘(社団法人予防衛生協会)
  • 吉田高志(感染症研究所筑波霊長類センター)
  • 小野文子(社団法人予防衛生協会)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢社会に伴い増加する痴呆症、パーキンソン病、感覚器疾患、肥満・糖尿病等は高齢者に多くの負担をかける、これら高齢者のQOL問題の克服は厚生労働科学の主要課題である。しかし、これら老年性疾患は原因が複雑で、加齢に伴う多臓器機能減退、晩発性遺伝子発現、ホメオスターシス機構の破綻、環境因子が複合して発症する複合性疾患である。こうした疾患の発症機序の解析には、長寿で、生理・代謝機能、脳・神経系の構造・機能がヒトに類似する霊長類が適している。この点筑波霊長類センターのカニクイザルは各個体の生年月日、家系、個体病歴、生化学データなどが全て揃っており複合因子の解析には最適である。
本研究班では重要なヒトの老年性疾患に関し、霊長類を用いて自然発症モデル及び実験モデルの開発と開発された動物モデル系を用いた治療研究の両側面から研究を進めている。また、研究基盤確立のためサル類のエイジングファームを作成し、わが国の老齢ザルを用いた共同研究資源とするとともに、正常老化に関するデータベース作成も進めている。加齢性黄斑変性ではカニクイザルの遺伝子マップを用いた神経疾患関連遺伝子の探索を進めている。新規治療法の有効性・安全性評価として異種移植の手法を利用し、2型糖尿病を対象とした新規治療法のモデル系開発を試みている。このように本研究班では霊長類を用いて、主要な老人病の新規治療法の安全性・有効性を評価するためのシステム開発を目的として研究を進めている。
研究方法
研究方法と結果:①80日齢のカニクイザル胎児脳及び対照として18日齢のラット胎児脳を用いた。初代培養神経系細胞を用いて、種々の分子種の低濃度Aβ投与が神経系の長期培養に与える影響を検索した。サル胎児脳に比較しラット胎児脳培養ではグリア細胞の反応が非常に強かった。Aβ投与の神経細胞に対する障害性はどちらの種に関してもみられなかった。サル類の初代神経培養細胞に比較して齧歯類の場合には、強いグリア細胞の修復反応が見られた。こうしたグリア細胞反応の強さの差が、老人斑形成能の差になり、齧歯類では老人班が形成されない可能性が考えられた。
②フィリピンのカニクイザル繁殖施設で得られた典型的な加齢性網膜黄斑変性症のドルーゼンの組成を免疫組織学的に解析した。網膜色素細胞下にみられた激しいドルーゼンには炎症に関連する蛋白群、特にC3,C5,MAC、及び抗補体蛋白群、アミロイドP蛋白、Aβ蛋白、アポE蛋白などの沈着が明らかにされた。他方、わが国ではじめて明らかにされたサル類の遺伝性黄斑変性に関しては連鎖解析と遺伝子のシークエンスデータから、ヒト黄斑家系のEL4VL4遺伝子ではないことが明らかになった。現在ヒトにおける他の家系性黄斑変性症の遺伝子について、その関連性を検索している。またサル類を用いた緑内障モデルでは網膜、視神経の神経繊維の脱燐酸化が起きていることが、サル類のモデルではじめて解明された。
③サル類のパーキンソン病モデルの治療評価のために、差分解析法を用いた運動機能改善のコンピュータによる評価系とは別に、今回認知機能改善評価のために色課題自動提示装置を開発した。色の提示条件と正解、不正解はコンピュータで制御できることから、単純弁別課題と逆転弁課題の異なった課題提示に対する被倹体カニクイザルの反応が評価できた。またMPTP長期連続投与で作成したパーキンソンモデルカニクイザルと正常カニクイザルについて、単純色弁別課題および逆転弁別課題に対する反応性を調査した。その結果、MPTP処理によりパーキンソン症状を発症しているサルでは、色弁別の初期学習能の低下はみられるが、繰り返しにより弁別能は向上した。しかし、典型的なset-shifting課題である逆弁別機能が著しく低下しており、反復学習による機能向上も認められなかった。
④エイジングファームの加齢に伴うII型糖尿病サル3頭を用いて以下の実験を行った。糖尿病を自然発症したカニクイザルを用いて成熟ブタ膵内分泌細胞を内包した免疫抑制剤を必要としない異種移植の可能な人工膵島を腹腔内に移植し、糖尿病治療効果について検討した。血糖値、インシュリン値をモニターするとともに抗ブタ膵内分泌細胞抗体を測定したところ8例中7例で抗体が検出された。抗体が陰性で維持された1例において約半年間血糖値の低下とインシュリン値の上昇が認められBio-AEPが有効に機能したものと思われた。また、抗体が検出された個体から摘出したチャンバーでは破損が認められた。このことは移植に用いたチェンバーが何らかの理由で劣化し、一部が破損し、移植したブタの膵島細胞が異物として認識されたことを示している。今後チャンバーについて安定した形態を確立することにより、糖尿病治療の新たな展開に寄与すると考えられるとともに、自然発症性糖尿病カニクイザルを用いた治療実験は、ヒトへ臨床応用に先駆けて、異種移植における重要な問題であるPERV(ブタ内在性レトロウイルス)等の検討においても重要な役割を担うと考えられる。
⑤5生活習慣病の原因の一つとして注目される肥満の解明を図る目的で、霊長類センターの成熟カニクイザルを対象として、脂肪代謝とその調節機構について、脂肪組織で合成され血流に放出されるサイトカインであるレプチンに注目して解析を行った。その結果、性成熟が完了した動物(メスでは5歳齢以上、オスでは9歳齢以上)では、二波長X線密度測定装置で測定した体脂肪率と血中レプチン濃度とが正に相関し、レプチン濃度と肥満との密接な関係が実証された。しかし、それより若い個体では、体脂肪率と係わり無く、レプチン濃度は年齢と負の相関が認められた。今後、この意味の違いについて詳細な検討を加える必要がある。
結果と考察
考察:ヒトの老人病の予防・治療を進めるにあたり、人に近縁な霊長類の老齢性疾患モデルを用いた新規で高度な治療法の安全性や有効性に関する評価を進める必要がある。本研究班では重要なヒトの老年性疾患に関し、霊長類を用いて自然発症モデル及び実験モデルの開発とモデル系を用いた治療研究を進めている。また研究基盤確立のためサル類のエイジングファームを作成し、わが国の老齢ザルを用いた共同研究資源とするとともに、正常老化に関するデータベース作成も進めている。
本年度は老人斑形成の種差の解析のために、初代神経系培養細胞を用いたアミロイドコア蛋白の神経細胞、グリア細胞に対する影響を遺伝子発現、蛋白発現の経過から解析し、グリア細胞の反応性の違いが明らかにされた点は、今後の研究にとって重要である。また網膜変性症の形成機序、特に炎症性蛋白の沈着の分析、家系性網膜変性症の遺伝子解析が進められた。さらに例数を増やして再現性をみる必要がある。緑内障モデルでは低眼圧緑内障で見られる網膜、視神経の神経繊維の脱燐酸化が起きていることが、カニクイザルのモデルではじめて解明された点は、学術的価値が大きい。パーキンソン病モデルの運動・認知機能評価の一環として開発された、認知機能評価で色課題試験で正刺激に反応する色弁別機能はほぼ正常で、負刺激に反応する逆弁別機能だけが低下している事実は、パーキンソン患者にみられる認知・弁別機能の障害ときわめて類似しており、本モデルがパーキンソン患者の運動機能障害のみならず、認知機能障害を評価する有用なモデルであると判断できた。2型糖尿病の異種移植によるモデル治療は、今度も例数を増やすとともに、材料の確保、チェンバーの改善など技術的改良が必要な点も多いが、人への外挿に重要である。肥満とレプチン及び加齢の関連については、さらに基礎的な解析が重要と思われる。
これらの成果は、患者への直接的還元が期待される。さらに長寿科学研究の専門家への研究成果報告としても広報されている(平成14年度、名古屋)。また長寿センターとの老人斑形成機序に関する共同研究、感覚器センターとの筑波網膜編成家系コロニーの作成計画、米国との共同研究計画など、本研究班の成果は広く公開され、また活用されている。
結論
高齢化社会を迎え、2030年までには65歳以上の高齢者が、わが国の人口の15%以上を占めようとしている。こうした急速な変化は、先進諸国においてもわが国が最初である。従って、高齢化社会に伴う弊害をどう克服していくかは極めて重要な課題である。特に老人病、とりわけ痴呆症、パーキンソン病、感覚器疾患や代謝病のような疾患の増加は、高齢者の孤立化だけでなく、社会的負担も著しく大きなものになる。本研究では人にもっとも近縁な霊長類を用いて、げっ歯類では外挿が困難な自然発症の老人病モデル、あるいは実験的誘発老人病モデルを開発し、そのモデルを用いて病態解析と、新規治療法の開発・評価を行っている。 平成14年度は、痴呆症等神経疾患、眼疾患、肥満、糖尿病、パーキンソン病を取り上げ、自然発症モデルの解析、発症機序に関する分子生物学的研究を進めた。また眼疾患を中心に実験的老人病モデルの開発とその病態解析を試みた。またヒトではゲノム科学や細胞科学の成果を利用した遺伝子治療や再生医療などの新規な治療法が次世代医療として取り組まれ始めている。本研究班でも糖尿病モデルではブタの膵島細胞を用いた異種移植による治療評価を試みた。新規治療法を臨床応用に結びつけるため、霊長類を用いたパーキンソンモデル系を用いた運動機能改善及び認知機能改善のための評価を進めた。またエージングファームのデータベース化も進めた。

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