高齢者の健康増進のための運動指導マニュアル作成に関する研究

文献情報

文献番号
200200219A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の健康増進のための運動指導マニュアル作成に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
佐藤 祐造(名古屋大学総合保健体育科学センター)
研究分担者(所属機関)
  • 佐藤祐造(名古屋大学総合保健体育科学センター)
  • 上月正博(東北大学医学系研究科内部障害学分野)
  • 野原隆司((財)田附興風会北野病院循環器内科)
  • 樋口満(独立行政法人国立健康栄養研究所健康増進研究部)
  • 勝村俊仁(東京医科大学衛生学公衆衛生学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
19,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在我国では、高血圧症患者が約3,300万人、糖尿病患者690万人、高脂血症患者は2,000万人存在すると推定されている。これら「生活習慣病」は、最終的に動脈硬化症を進展させ、心筋梗塞、脳梗塞といった、我国における主要な死因となるだけでなく、治療や介護に要する老人医療費の一層の増大を招く重大な疾患を惹起させる可能性がある。
食習慣、運動習慣の是正、改善は「健康日本21」で述べられているように、生活習慣病に対する予防、治療の根本原則となっている。しかし、高齢者の日常生活活動の特徴や身体諸機能の変化、障害を正確に、しかも系統的に評価した研究は皆無に等しい。すでに、私共はこれまでの長寿科学総合研究事業において、種々検討を加え、その研究成果を解説書「高齢者運動処方ガイドライン」として、昨年出版した(南江堂)。しかし、コメディカルスタッフも含めた医療スタッフ側の指導者にとって、安全で、効率よい実践的運動指導マニュアルすらない実状も明らかとなり、本領域におけるさらなる研究の必要性を痛感した。そこで、本研究では初年度において、高齢健常者に対するチューブやローイングを利用したレジスタンス(筋力)トレーニングと歩行などの有酸素運動の併用による脂質代謝改善効果、高齢糖尿病患者における漢方薬(牛車腎気丸)やACE阻害薬のインスリン作用増大作用、また、高齢心不全患者(心駆出率40%未満)に対するAT(無酸素閾値)レベルの運動処方の有効性、高齢肺気腫患者の運動機能や精神心理機能の把握と呼吸リハによる運動機能の改善、加齢に伴う運動筋酸素濃度の低下(筋血流量の減少)を明らかにすることができた。本年度は、対象者数を増加させ、介入期間を延長し、新たな介入方法も追加し、種々検討を加えた。得られたエビデンスに立脚した高齢者の健康増進のための実践的運動指導マニュアルを作成し、高齢者の「生活習慣病」の予防のみならず、QOL向上を図るものである。
研究方法
本研究は高齢者を対象としているので、可能な限り非侵襲的な研究方法を用いた。カテゴリー別に担当対象を分けた。すなわち、佐藤は肥満や耐糖能異常を伴った高齢者を、上月は種々の身体障害(肺機能低下者、脳卒中)を伴った高齢者を、野原は心不全を伴った高齢者を、勝村は明らかな疾患を有さないが、身体機能の低下を伴った高齢者を、樋口は疾病もなく日常生活に不自由のない高齢者を、各々対象とした。佐藤は健常高齢者 (177名)を対象とし、愛知県健康づくり推進リーダー等の協力を得て、チューブ運動を取り入れたレジスタンス運動と歩行など有酸素運動を組み合わせたトレーニングを行った。血中脂質を測定するとともにHOMA-Rを算出した。5名には、グルコースクランプ法を実施し、インスリン作用への効果を検討した。また、高齢糖尿病患者(24名)に対する6カ月間の運動指導効果に関しても検索を加えた。上月は高齢呼吸障害者(肺気腫患者)に対する呼吸筋トレーニング効果を運動機能、肺機能の面から、高齢ストーマ装着者(膀胱直腸機能障害)に健康関連QOL及び適応度について、さらに、高齢脳卒中回復期の患者に対するリハビリ効果をADLの観点から各々検討した。野原は65歳以上の高齢心不全患者(心駆出率40%未満)10名を対象として、低レベル負荷運動療法の有効性に関して運動耐容能のみならず、神経体液性因子についても検索した。勝村は加齢に伴う骨格筋への酸素供給低下の有無およびその程度を横断的に検討するために、55名を対象に、自転車エルゴメータで症候限界性最大運動負荷試験を行い、近赤外分光法(NIRS)を用いて、運動中の左外側広筋(VL)、腓腹筋外側頭(GC)における酸素動態を計測した。樋口は高齢男性ローイング実施者30名、対照群として、年齢、体格をマッチさせた運動習慣のない男性15名および水泳を定期的に行っている高齢女性15名に、スキルレベルと運動生理学的相違に関して検索を行った。
倫理面への配慮:研究対象者については、人権擁護上最大限の配慮を行った。すなわち、研究対象者全員に医師による厳重なメディカルチェックを実施した。また、研究方法の概要、予想される危険性、不利益の排除について、文書でもって説明し、インフォームドコンセントを文書にて得た。さらに、研究計画は研究を実施する各大学、研究施設の倫理委員会に報告し、承認をすでに得ている。現在のところ、事故や問題等は生じていない。
結果と考察
今年度も健常者及び耐糖能異常、身体障害(呼吸障害、直腸膀胱機能障害者、脳卒中)、心不全合併者など種々の健康レベルの高齢者を対象に、内分泌代謝学的、運動生理学的、呼吸循環器学的、筋代謝学的観点から種々評価を行い、以下の成績を得た。
すなわち、・チューブ運動などレジスタンストレーニングと有酸素運動の併用は脂質代謝改善に有用であることが再確認できた。正常血糖クランプ法によってインスリン作用の増大効果を有することも判明した。高齢糖尿病患者に対する運動指導介入も安全に実施でき、血糖値の低下も認められた。また、予備的検討において、他動運動機器「ジョーバR」を用いたところ、心拍数の増加を伴わない糖代謝の促進がみられ、自力運動不可者に対しての効果が期待される。・ローイング(ボートこぎ運動)を取り入れたレジスタンストレーニングは筋量、筋力の増強に極めて有用であるが、トレッドミルとは異なる身体反応を示し、今後、運動療法に適応させるためには、検討の必要性が示唆された。また、スキルを要するスイミングにおいて、低スキルにあってもトレーニングを長期間(4年間)継続すれば、高スキルのレベルまで心肺機能が向上することも明らかとなった。・呼吸筋トレーニングでは、吸気筋、呼気筋トレーニングを各々単独で実施するより、両者の併用トレーニングが明らかに有効であった。また、膀胱直腸機能障害は、健康関連QOLが著しく低下しており、皮膚障害を有する例では顕著なQOL低下がみられた。今後、運動指導を含めた生活改善介入を検討する。脳卒中患者のリハビリはQOL、ADLの面で有効であり、動脈硬化改善の可能性も示唆された。・高度な心機能低下を伴った高齢者に対するATレベル以下の運動トレーニングの継続は、安全性が確認でき、運動耐容能やPeakVO2の増加、心拡大の改善をもたらし、神経体液性因子(BNP、NE、CRP、IL-6など)との関連性もみられた。今後、介入期間を延長し、さらに、検索を加える。・加齢と全身持久力、活動筋有酸素性代謝能とに関連性が認められた。活動筋有酸性代謝能の低下は、加齢より全身持久力による影響が大であることも判明し、筋への酸素供給面の観点からの運動処方確立にマイルストーンを与えた、など興味ある成績が得られたと同時に、各々の研究に新たな課題も明らかとなった。
したがって、次年度は、上記の縦断的介入研究を継続、発展させ、種々の観点から評価し、その有効性について判定する必要がある。これらのエビデンスに基づいて、高齢者の日常生活活動や身体諸機能の特異性を把握したコメディカルスタッフを含む指導者側にとっても必要かつ十分な条件を満たした高齢者に対する「生活習慣病」予防および高齢者のQOL重視の実践的運動指導マニュアルを早急に作成し、公表する。
結論
研究プロジェクトの第2年度にあたる本研究成績は、加齢に伴う内分泌・代謝系、呼吸・循環器系、筋・骨格系の退行性変化に対して、運動トレーニングの有効性、重要性、必要性を示唆しており、「高齢者の健康増進のための運動指導マニュアル」作成に有用なエビデンスを提供しただけでなく、最終年度の研究の方向性にも貴重な情報をもたらした。

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