大脳基底核部ドパミン神経系の維持・再生に関する研究

文献情報

文献番号
200200216A
報告書区分
総括
研究課題名
大脳基底核部ドパミン神経系の維持・再生に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
小川 紀雄(岡山大学大学院医歯学総合研究科脳神経制御学講座神経情報学分野)
研究分担者(所属機関)
  • 田中健一(岡山大学大学院医歯学総合研究科)
  • 岩井一宏(大阪市立大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢人口の急速な増加にともなって「寝たきり」状態の発生機序の解明と予防が強く求められている。ヒトが独立して動作・歩行できるということは想像以上に精緻なメカニズムに支えられており、なかでも大脳基底核部のドパミン(DA)神経系はこの巧妙な協調運動の調節機構の中核をなしている。これらの背景から、生理的老化ならびに神経毒などの病的傷害の共通の機序と考えられる酸化ストレスによって大脳基底核部に特異的に発現誘導される遺伝子およびその遺伝子産物(以下、新規分子)をディファレンシャル・ディスプレイ法を用いて探索・同定する。得られた新規分子とDA神経系変性時に特異的に沈着するα-シヌクレインによるドパミン神経細胞傷害機序への関与をタンパク質の処理機構を中心に、遺伝子改変細胞ならびにモデル動物を用いて解析し、遺伝子レベルから丸ごとの個体レベルまで総合的に検討することで、「寝たきり」老人の発生の予防に役立てる。本年度は、DA関連酸化ストレスによって大脳基底核部に特異的に発現誘導される分子として同定された p53関連分子PAG608について、DA神経系におけるアポトーシスで果たす詳細な役割、DAアゴニストの併用によるレボドパ(L-DOPA)副作用の軽減の可能性、酸化蛋白質を選択的に識別し除去するユビキチン系の解明、を中心に行った。
研究方法
①カテコールアミン産生神経細胞を定法により培養し以下の実験に供した。また、PAG608アンチセンスcDNA発現ベクターを用いて、PAG608を一過性にあるいは恒常的に発現抑制している遺伝子改変PC12細胞株を樹立した。これらの遺伝子改変細胞株を用いてDA神経毒6-hydroxydopamine(6-OHDA)などの酸化ストレスによるアポトーシスにおけるPAG608の役割を明らかにする目的で PAG608、p53、Bax、Bcl-2に対する特異的抗体を用いてECL発光法でウエスタンブロット解析を行った。さらに、細胞生存率をMTT変法(WST-1法)あるいはトリパンブルー色素排除法を用いて定量し、カスパーゼ-3活性およびDNA断片化を検出した。②DA神経毒6-OHDA(60μg/2μl)をマウス脳室内に投与し、 6-OHDA脳室内投与1日後から、L-DOPA/carbidopaを1日1回、7日間腹腔内投与し、最終投与1時間後に線条体を摘出し測定に供した。また、L-DOPA/ carbidopa投与時に長時間作用型麦角系DAアゴニストであるcabergolineを併用することによる効果も検討した。用いた指標は、[1]DAおよびその代謝産物濃度、[2]グルタチオン(GSH)濃度、[3]過酸化脂質量、と併用効果については[4]カスパーゼ(caspase-3, caspase-8, caspase-9)活性についても測定した。③HEK-293細胞、Cos細胞、RD4細胞を定法にて培養し、HOIL-1野生型および変異体cDNAならびにIRP2 cDNA発現ベクターを構築し、 Fugene6トランスフェクション試薬を用いて細胞導入した。また、 HOIL-1を特異的に認識する抗体を大腸菌を用いて発現させたGST-HOIL-1キメラ蛋白質を抗原として作成した。次に、バキュロウイルス発現系を用いて作成したIRP2蛋白質に試験管内でヘムと結合させたものを基質とするin vitroユビキチン化アッセイを行った。
結果と考察
①PAG608 の恒常的な発現抑制が確認できたPC12/PAG608AS細胞では6-OHDA 24時間暴露による細胞生存率の低下がほぼ完全に抑えられていた。 また、6-OHDA添加によるカスパーゼ-3の活性化とDNA断片化の増加についても、PC12/PAG608AS細胞では認められなかった。このことは昨年度に報告したミトコンドリアの膜電位の結果とも合致した。 6-OHDA添加によるp53またはBax蛋白質の発現増加も、PC12/PAG608AS細胞では発現誘導
が抑制されていた。 しかも、p53蛋白質の発現がHis-PAG608の発現増加に伴うことを示した。一方、C6グリオーマ細胞では、His-PAG608によるp53の発現誘導は認められなかった。したがって、p53によって発現誘導されるPAG608は、酸化ストレスによるDA神経細胞のアポトーシスにおいて、ミトコンドリア障害より上流の過程でp53ならびにBaxの発現を誘導し、ミトコンドリアの膜電位の低下を惹起していることを明らかにした。②6-OHDA脳室内投与により低下する線条体DA濃度ならびGSH濃度はL-DOPA/ carbidopa連続投与により用量依存的に増加した。一方、細胞内の酸化ストレスの強さを反映する過酸化脂質量は6-OHDA脳室内投与だけでは影響を認めないものの、L-DOPA/ carbidopa連続投与により顕著な亢進を示した。 DAアゴニストcabergolineとの併用効果の検討では、単独投与に比べて、併用することで相加効果以上の顕著なDA代謝回転の増加が認められたが、 L-DOPA/ carbidopa投与によって増加する過酸化脂質量がcabergoline併用により、有意に抑制された。このことから、cabergoline併用により相加効果以上の顕著なGSH増加作用を示すことが重要であると考えられた。また、 6-OHDA脳室内投与マウスで認められるcaspaseの活性化をL-DOPA/ carbidopa投与は顕著に増悪するが、 cabergolineの併用で、著明に抑制することを示した。以上、 cabergoline併用がL-DOPA副作用を軽減する可能性を明らかにした。
③HOIL-1はIRP2に対し鉄依存性に結合し、HOIL-1のユビキチン様ドメインがIRP2との結合に重要な領域であることを明らかにした。しかも、 HOIL-1は鉄存在下においてのみ、IRP2などと結合したことから、HOIL-1はIRP2のIDDドメインを鉄依存的に識別すると考えられた。また、試験管内においてヘムがIDDドメインを介してIRP2に結合することを示し、同様に細胞内においてもIRP2にヘムが結合することを明らかにした。次に、試験管内でヘム結合IRP2を基質としたユビキチン化反応を行ったところ、HOIL-1はヘム結合IRP2をユビキチン化したのに対し、他のユビキチンリガーゼではユビキチン化されず、リガーゼ活性を消失したHOIL-1変異体もヘム結合IRP2をユビキチン化できなかった。以上のことから、 HOIL-1はヘムによって酸化されたIRP2を選択的に識別するユビキチンリガーゼであると考えられた。
結論
本研究により、カテコールアミン産生神経細胞の酸化ストレスによるアポトーシスにおいて、PAG608は核に局在することでアポトーシスを誘導し、p53によって誘導されるだけでなく、p53の発現自体も調節していることを明らかにした。 L-DOPA投与により亢進した過酸化脂質量はcabergolineとの併用で有意に抑制されたが、これは主にcabergoline併用により増強されるグルタチオン増加作用によるものと考えられた。また、 L-DOPA投与は6-OHDA脳室内投与によるカスパーゼ-3, -8, -9活性化をさらに増悪するものの、cabergoline併用はL-DOPAによる増悪を顕著に抑制した。鉄代謝の制御因子IRP2がヘムを介して鉄を感知する過程で、ヘムと酸素により酸化されるIRP2を選択的に識別するHOIL-1ユビキチンリガーゼを初めて同定し、酸化修飾を選択的に識別するユビキチン修飾系の分子機構の少なくとも一部を明らかにした。

公開日・更新日

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