Ras依存性の細胞老化機構の解明

文献情報

文献番号
200200212A
報告書区分
総括
研究課題名
Ras依存性の細胞老化機構の解明
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
松田 道行(大阪大学微生物病研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 田中伸哉(北海道大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、老化の分子メカニズムを明らかにすることにより、老化に起因する多くの疾病に対する新規の治療標的分子を発見することにある。
研究方法
Rasの下流因子p38のイメージングは次のように行った。まず、pRaichu-Rasはアミノ末端から順に、YFP、スペーサー、Ras、スペーサー、RafのRas結合領域、スペーサー、CFPから成るが、このRasからRafにいたる領域をp38と置換した。p38は、N末およびC末を削ったほか、さまざまな変異体をPCRにて準備した。これらのプローブをpPirmond、発現される蛋白をPirmondと命名した。PirmondプローブをCOS7細胞に発現させ、24時間後に撮影を開始した。CoolSNAP HQ CCDカメラを備えたオリンパスIX70倒立型顕微鏡で観察し、CFPの蛍光画像および、CFPから黄色蛍光蛋白(YFP)への蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)により観察されるYFPの蛍光画像を取得し、この2枚の画像の蛍光強度比を図ることで、p38の活性を測定した。細胞をアニソマイシンで刺激し、活性変化を解析した。SYT-SSXのもつ細胞老化機構を哺乳類の培養細胞を用いた系およびマウス個体で検討は、以下のとおり行った。1.SYT-SSXによる細胞老化誘導能の検討:SYT-SSXがマウス初代培養線維芽細胞(MEF)に対して細胞老化誘導能を有するか否か検討する。2.SYT-SSXによるp21WAF1/CIP1発現誘導の検討:ラット線維芽細胞株3Y1、ヒト胎児性腎細胞293T、ヒト腺癌細胞SW13、HCT116にSYT-SSX発現ベクターをトランスフェクトし、p21WAF1/CIP1の発現を誘導するか否かを検討する。3.p21WAF1/CIP1プロモーター領域に対する転写活性能の検討:p21WAF1/CIP1プロモーターでドライブされるルシフェラーゼベクタ-pGL3b-4542-LucをSYT-SSX発現ベクターとともに293T細胞にトランスフェクトしてルシフェラーゼ活性を測定する。4.SYT-SSXによるp21WAF1/CIP1誘導のp53依存性の検討: p53ノックアウトヒト大腸癌細胞p53(-/-)HCT116を用いて、SYT-SSXを一過性に発現させることでp21WAF1/CIP1が誘導されるか否かを検討した。5. 3Y1細胞にSYT-SSXおよびLKB1をトランスフェクトしてSA-β-Galアッセイを行う。6.老化モデルマウスの作成:SYT-SSXは癌遺伝子であるが個体レベルでは発癌作用のみが認められるのか、または、p21WAF1/CIP1の発現とともに老化が促進されるのかをトランスジェニックマウスを作成して検討する。7.滑膜肉腫治療法の検討:SYT-SSXとhBRMの結合をhBRMの結合領域のみからなる50アミノ酸hBRM156-205AAを発現させることによって阻害することでSYT-SSXによる癌化を抑制することを、ヒト滑膜肉腫由来の細胞株を用いて検討した。
結果と考察
p38の活性を測定するPirmondと命名したプローブはすでに作成したRaichu-RasプローブのRasとその標的分子領域とを削除し、そこへp38を挿入することにより作成した。全長を挿入したものでは、活性変化が認められなかったので、様々な長さの欠失変異体を作成し、活性の変化が認められるものを作成した。その結果、MKK6の存在下では、FRET効率が減少し、MKP7存在下ではFRET効率が増加するプローブを作成することができた。COS7細胞にプローブを発現させ、血清飢餓状態に置いた後に、p38を活性化させることが知られているアニソマイシンにて刺激した。その結果、p38の活性は、刺激後速やかに上昇し、アニソマイシンを入れている限り持続することがわかった。しかもp38の活性はまず細胞質で上昇し、ついで核内が高くなることがわかった。アニソマイシンを除去すると速やかにp38の活性が低下することが観察された。これらイメージングのデータは、生化学的に抗リン酸化p38抗体をを用いて解析した結果と矛盾しなかった。p38のリン酸化部位を欠失した変異体
では、このような活性変化は捉えられなかったので、Pirmondがp38のリン酸化を捕らえることのできるプローブであることが確認された。今年度はp38のプローブを作成し、株化した細胞でのp38活性化のイメージングまでの行ったが、老化細胞でのイメージングはまだうまくいっていない。これは、老化細胞へのプローブ導入効率の低さや、プローブのシグナルノイズ比の低さなどが原因である。来年度は、この問題を解決し、Rasからp38へ至る老化シグナルのイメージングを完成させたい。次に、SYT-SSXによる細胞老化機構を哺乳類の培養細胞を用いた系およびマウス個体で以下のように検討した。1.SYT-SSX1によるp21WAF1/CIP1発現誘導: SYT-SSX発現ベクターをヒト大腸癌細胞HCT116 及びhBRMを欠損するSW13細胞株にトランスフェクション法にて導入すると、p21WAF1/CIP1の発現が増加することがウエスタンブロット法にて明らかとなった。SYT-SSX1とhBRMの共発現によりp21WAF1/CIP1の発現量は更に亢進した。2.SYT-SSX1によるp53非依存性かつSp1依存性p21WAF1/CIP1プロモーターの活性化: SYT-SSXによるp21WAF1/CIP1誘導にはp53の関与は検出できなかった。さらに、p53欠損HCT116細胞株を用いてp21の誘導におけるp53依存性を確認したところ、Luc活性に変化はなくSYT-SSX1によるp21WAF1/CIP1誘導はp53非依存性であることが示唆された。3.SYT-SSXの安定発現によるSW13細胞の増殖抑制:SYT-SSXはp21WAF1/CIP1の発現を誘導することが示されたが、細胞増殖能に対する影響を調べるためSW13細胞を用いてSYT-SSXの安定発現株を作成したところ細胞増殖能の低下を認めた。4.SYT-SSX1トランスジェニックマウスの作成:CMVプロモーターにより発現が制御されるSYT-SSXトランスジェニックマウスの作成を試みたが、出産マウス300匹以上に遺伝子導入は認めなかった。SYT-SSXを介する老化については、マウスの初代培養繊維芽細胞を用いてSYT-SSX、hBRMと細胞癌化・老化との関連を明らかにしていくと同時に個体のレベルで明らかにしていきたいと考えている。現在SYT-SSXトランスジェニックマウスの作成中であり、SYT-SSXの恒常的な高発現が胎生致死である可能性が示唆されており、SYT-SSX誘導可トランスジェニックマウスがこの問題を解決するものと考えて実験を進めている。また、野生型のSYTおよびSSXを用いて細胞老化との関連を調べることで、まだ生理的機能の不明なこれらの蛋白の役割を明らかにしていく予定である。本研究成果の治療への応用についてはRasの変異が高頻度に認められるヒト膵癌細胞の増殖をhBRMが抑制するかを検討する。hBRMは細胞老化を促進するが、既存の抗癌剤に比較すると、はるかに副作用が少ないことが予想され、大量のレトロウイルスなどによる遺伝子治療を行うことが可能であると考えられる。また、滑膜肉腫に関しては3Y1細胞とSW13細胞においてのSYT-SSXに対する反応性の違い(癌化と老化)のメカニズムを明らかにすることで、細胞増殖を抑制する新しい治療法開発の基盤となることが期待される。
結論
Rasによる老化の情報を伝播するp38の活性化をモニターするプローブPirmondを作成し、ストレス依存性のp38活性化を生細胞でイメージングした。SYT-SSX1による細胞老化機構を解析した。

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