高齢者の筋・骨格系の痛みに対する鍼灸及び徒手的治療法の除痛効果に関する基礎的および臨床的研究

文献情報

文献番号
200200209A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の筋・骨格系の痛みに対する鍼灸及び徒手的治療法の除痛効果に関する基礎的および臨床的研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
水村 和枝(名古屋大学環境医学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 杉浦康夫(名古屋大学大学院医学研究科)
  • 猪田邦雄(名古屋大学医学部保健学科)
  • 肥田朋子(名古屋大学医学部保健学科)
  • 川喜田健司(明治鍼灸大学)
  • 勝見泰和(明治鍼灸大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
16,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者はしばしば腰痛・下肢痛を始めとした筋・骨格系の痛みを有し、それは高齢者の活動を制限し、QOLに大きな影響を与えている。これらの痛みの発生機構を科学的に解明し、適切な治療法を提示することは、高齢化社会を迎えている現在、大きな課題である。そこで若年および老齢ラットに筋肉痛・関節痛のモデルを作成し、このモデルを用いてその痛みの神経機構および鍼灸・徒手的治療法の除痛機構を解明する。また、最も有効性の高い方法について臨床的に明らかにする。
研究方法
1. ラット伸張性収縮による筋痛モデルにおける痛みの評価:ラットの神経の電気刺激により長趾伸筋を収縮させると同時に伸展を加えて伸張性収縮させ、その前後で圧痛の評価をRandall Selitto法による疼痛試験と脊髄後角におけるc-Fos 発現、逃避反射性EMGを指標としておこなった。2. 伸張性運動負荷による筋痛モデルに対する阻血及び繰り返し寒冷ストレスの影響―筋痛慢性化の試み:筋痛モデルとして家兎に伸張性収縮をさせ、その疼痛の評価を反射性EMG(川喜田)を用いておこない、大腿動・静脈結紮により後肢を虚血状態にすることにより逃避反射の増強が遷延するか調べた。ラットモデルに対しては繰り返し寒冷ストレス(22℃から4℃へ30分ごとに暴露、2日間)を与えて、圧痛覚過敏状態が遷延するかどうか調べた。3. 寒冷痛覚過敏状態にあるラット単関節炎モデルにおける冷感受性イオンチャネルの発現:足根関節内へのアジュバント注入による単関節炎モデルを使用し、アジュバント投与後2週間のラットのL4-6 後根神経節からmRNAを抽出し、CMR1及びTREK1の発現をRT-PCRにより半定量的に調べた。4. 単一筋求心神経の脊髄内投射様式:モルモット後根神経節内の電気生理学的に機能を同定した単一神経細胞にトレーサー(PHAL) を注入し、3-5日後に灌流固定し、免疫組織化学により腓腹筋からの無髄一次求心性神経終末の脊髄内分布を調べた。5. 筋に分布するペプタイド陽性神経の形態学的解析:筋の知覚受容の末梢におけるメカニズムを明らかにするため、筋に分布するペプタイド陽性神経線維、VR1発現神経線維の形態を免疫組織化学的に調べた。6. ラット脊髄後角ニューロンの反応特性の筋炎症による変化:筋炎症モデルとしてカラゲニンの筋内投与を行い、細胞外記録により脊髄後角ニューロンの反応特性の変化を調べた。7. ヒト実験的筋痛に対するバイブレーション刺激の影響の評価:健康若年者上腕に伸張性収縮による遅発性筋痛(DOMS)を作成し、バイブレーション治療法を実施し、その前後の筋硬度、圧痛閾値、電気刺激に対する深部痛覚閾値、血流、関節角度を継時的に測定し、その効果を評価した。8. 高齢者の腰痛に対するトリガーポイント及び経穴への置針の効果:対象は6ヶ月以上慢性的に腰下肢痛が存在し、退行変性以外の基礎疾患が認められない65歳以上の高齢者とした。治療は週1回の頻度で3回行い、その後3週間の無治療期間をもうけるというAB 法を用いた。治療効果の評価には腰下肢の主観的な痛みを捉える目的でvisual analog scale (VAS)と、QOLを把握する目的でpain disability assessment scale (PDAS)とRoland Morris Questionnaire (RMQ)をそれぞれ記録した。
結果と考察
1. 伸張性収縮負荷後1日からRandall-Sellito法で測定したラットの圧痛閾値は低下し、2日後に最低値を示し、3日後もまだ低下した状態を保った。しかし7日後には圧痛閾値は刺激前の状態に戻った。一方、皮膚を主として刺激
するvon Frey Hairによる逃避反応閾値は伸張性筋収縮負荷により変化しなかった。これらの結果を考え合わせると、筋の圧痛閾値が低下していたことが推定された。筋電図により測定した逃避反射でも同様な結果が得られた。脊髄におけるc-Fos発現は、伸張性収縮のみでは増大せず、また、筋の圧迫刺激だけでも増大しなかった。伸張性収縮をおこなった2日後に筋に同じ強さの圧迫刺激を加えた場合には、後角におけるc-Fos発現が増大し、とくに後角表層でその変化は顕著であった。これらの結果は、伸張性収縮を負荷された筋に圧痛覚過敏が生じていることを示していると考えられる。2. ウサギ伸張性収縮運動を行うと運動負荷群では運動負荷直後から腓腹筋の伸展刺激より屈曲反射(EMG)が出現し、その振幅は運動負荷2日後に最も大きくなり、7日後には消失した。これに対して阻血運動負荷群では、運動負荷2日後に振幅が最も大きくなるがその振幅は運動負荷7日以降も存在していた。一方、阻血を行ったのみでは屈曲反射は殆ど出現しなかった。振幅が最も大きくなる運動負荷2日後に運動負荷を行った腓腹筋を触知すると、運動負荷群・阻血運動負荷群とも筋腱移行部付近を中心に索状硬結を全例で確認することが出来た。索状硬結は運動負荷14日後まで触知可能であり、それに伴い閾値低下部位も14日後まで出現した。3. CMR1、TREK1いずれも無処置群に比べ有意な変化がみられなかった。しかし、アジュバント炎症群内で炎症側と非炎症側とを比べると、CMR1 は炎症側が有意に低下していた。4. 筋からの無髄知覚神経は神経終末が後索表層を吻尾方向に数百ミクロンから数分節にわたって走行するものがあった。また神経終末は主にI、II、III層に終末しており、終末膨大の密度がそれほど高くない神経叢を形成していた。筋に分布する無髄の求心性神経は、形態的には皮膚に分布する神経と内臓に分布する神経の中間の特徴を持っていることがわかった。5. 筋に分布する神経線維は、横紋筋線維に神経筋終板を形成しているもの、血管に沿って分布しているもの、血管とは無関係に分布しているものが見られた。知覚神経と思われるCGRP陽性神経線維は血管に沿ったり、血管とは無関係に分布しており、これらの神経は横紋筋やその周囲の組織からさまざまな情報を感受し、痛みなど筋に由来する感覚の受容に関与していると思われた。6. 筋へのカラゲニン注入後、LTMニューロンは4例とも受容野の面積変化が認められず、WDRニューロンでは面積の拡大が認められたものが6例中4例、変化がなかったもの、または受容野の縮小が認められたものがそれぞれ1例であった。カラゲニン注入部位にリドカインを注入した例では、2ニューロンのうち1例では拡大した受容野の縮小が認められ、残りの1例は変化がなかった。7. 遅発性筋痛は運動1日後に生じた。まだ疼痛の残存している運動2日後において、肘関節伸展制限、筋厚増大が観察された。また、筋硬度、深部血流量、圧痛閾値には影響がありそうだったがはっきりしなかった。バイブレーション治療は、運動直後に行う群と運動2日後に行う群を設定したが、両群とも疼痛や重だるさ感および関節可動域を軽減させ、皮下の厚みを含む皮膚厚や深部血流量を増大させた。8. 治療3回後にはトリガーポイント治療群でVASで表した痛みの程度は大幅に低下し、それに伴いQOLの改善も見られた。一方、経穴治療群ではQOLに多少の改善は見られたものの、VASに殆ど変化は見られなかった。
本年度の実験により、動物における筋痛の存在を逃避反射筋電図及びRandall-Selitto法とvon Frey Hair法の併用により示すことができることが明らかになった。これは今後、筋痛を抑える薬物の開発などに有用であると考えられる。また、まだ不十分ではあるとはいえ虚血または寒冷ストレスにより実験的に筋痛を慢性化できる可能性があることが示され、慢性筋痛の機構の解析に有用な手段となると考えられる。また筋求心C線維の投射様式、筋内における求心神経の支配様式などの基礎的なデータが得られ、今後加齢動物、慢性筋痛動物などでも同様な実験を実施することにより、筋求心神経の支配様式の変化を知ることができると考えられる。急性の炎症状態で脊髄ニューロンの受容野の変化が生じることが明らかにされた。これは筋痛に特徴的な関連痛の機構を解明する上で重要であると思われる。こちらも今後慢性的筋痛モデル動物、加齢動物で解析することにより、新しい知見が得られるものと思われる。ヒトでの実験的筋痛では筋痛に関連した各種パラメーターが測定され、測定上の問題点が明らかになるとともに、バイブレーション治療の効果もわかった。臨床的には鍼治療は経穴よりもトリガーポイントに対して実施した方がより有効であることが明らかになった。今後は各種パラメーターの測定法等にさらに検討を加え、臨床的な筋痛の治療効果の判定にこれらの各種パラメーターを使い、より客観的な判定をする努力が必要であると考えられる。
結論
本研究により、筋痛に関する基礎的な研究と、臨床治療とを結ぶ橋が生まれつつある。今後さらに両者の連携を深めることにより、より有効な治療法を探ることが可能になると考えられる。

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