居住福祉型特別養護老人ホームにおけるケアと空間のあり方に関する研究

文献情報

文献番号
200200207A
報告書区分
総括
研究課題名
居住福祉型特別養護老人ホームにおけるケアと空間のあり方に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
井上 由起子(京都大学工学研究科環境地球工学専攻)
研究分担者(所属機関)
  • 三浦 研(京都大学大学院工学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
2002年より、個室+ユニット空間を原則とした小規模生活単位型特別養護老人ホーム(以下:新型特養)の整備がスタートし、2003年からはその運営がスタートする。今後数年間は、従来型特養(4床室主体)と新型特養の双方が建設可能であるが、いずれ、殆どの特養は新型特養として整備されていくものと予想される。ハードとして個室+ユニット空間が推進されるのと呼応し、サービスも一括処遇から個別ケアへと変化しつつある。個別ケアを限られた職員数で行う際に有効なハードがユニット空間であり、ユニットケアは個別ケアとユニット空間を前提に成立するものと捉えてよいだろう。このように特養を「すまい」として整備するという基本方針はうち立てられた。今後は、1.ユニットのあるべき建築形態に関する考察、2.ソフトとハードの相互性についての考察、3.既存特養における居住環境の抜本的な改善などについての検討が急がれる。本研究は、このような状況を背景に、今後の特養におけるケアと空間のあり方を明らかにすることを目的としている。
研究方法
まず、新型特養の平面特性に関する分析(研究1)を行い、到達点と課題を整理し、今後の整備指針策定時における留意点をまとめる。次いで、ハード・ソフト双方において一定レベルに達している一施設を対象に、運営主体がどのようにユニットケアに取り組むべきかを考察する(研究2)。さらに、4600施設近くある旧来型特養の居住環境の向上にむけて、事例視察を踏まえたうえで、基礎的な検討と考察を行う(研究3)。以下に具体的な方法を示す。
研究1:小規模生活単位型特別養護老人ホームの平面計画特性
制度化初年度(2002)年度に申請された新型特養(79施設)を対象に、そこで想定されるケア体制を踏まえながら、平面計画の特性を分析した。79施設すべてについて部屋別に面積計算を行い、面積規模、個人スペースの類型化、公共スペースの類型化、個人スペースと公共スペースの関係性、想定されるケアと食堂・浴室・寮母室・汚物処理室の配置特性について検討を加えた。
研究2:個室+ユニットからなる先進事例におけるハードとソフトの関係性に関する事例考察
2001年に開設された全室個室ユニット方の特養を対象とし、そこで展開される高齢者の生活とケアの内容について、タイムスタディー調査を実施し高齢者の身体特性をもとに分析を行った。環境要素の影響が現れやすい高齢者の身体特性として、移動・移乗動作、痴呆度を取り上げ、身体特性の低下した高齢者が自主的な生活を維持するためのソフトおよび空間構成のあり方について検討を行った。
研究3:既存特別養護老人ホームにおける居住環境の向上に関する考察
特養の取り巻く状況を概観しつつ、現存する特養の方向性をまとめたうえで、ハード上の改善を行う際の諸制度ならびに関連法規の整理を行った。ついで、一定レベルのハードを保有した施設での居住改善のプロセスを数回にわたるタイムスタディー調査をもとに実施し、居住改善時におけるハードとソフトの関係性を明らかにした。その後、事例視察を踏まえ、居住改善を行う際の留意点の抽出を行った。
結果と考察
研究1:小規模生活単位型特別養護老人ホームの平面計画特性
1人あたり延床面積は50㎡を超え、個人スペースと公共スペースの割合は38:62であった。ユニット単独で職員配置をせざるをえないプランが多数みられた一方で、ユニット単位を小さくし、2ユニット運営を想定したプランも散見された。複数ユニットで寮母室、汚物処理室、浴室などを持つものにはこの傾向が顕著であった。ケア方針を想定したうえで平面計画がなされているとも言えるが、一括処遇から個別ケアへの転換がなくてもサービスが可能なハードでもあるという危惧も抱えており、職員配置などソフトについての基準づくりの必要性が伺える。ユニット内空間については、居室の9割に洗面が、3割にトイレが設置されていた。談話空間と居室との位置関係は7タイプに分類でき、タイプによって、ユニット内の居室以外の面積、談話空間の落ち着き、談話空間からの眺望が異なっていた。ユニット間のつながりは、ユニットの独立性により7タイプに分類された。ユニットの独立性が低い施設の中には談話空間の独立性が低いタイプがあり、居住の場として問題がある。
研究2:個室+ユニットからなる先進事例におけるハードとソフトの関係性に関する事例考察
施設内における入居者の滞在場所から、個室化により懸念される「閉じこもり」は見られなかった。多様な共用空間が配置されている街路型ユニットでは、散在される共有空間での滞在が多く観察された。しかし、滞在場所間の移動を自主的に行っているのは、痴呆軽度で移乗可能な方に限られ、移動能力を有しても移乗が出来ない場合や痴呆が重くなると、移動の自主性が失われ介護職員側から滞在場所を決められる場合が多いため、滞在中も無為や睡眠などが増加していた。これに対し、共有空間が一つしかない独立型ユニットでは、入居者の滞在場所は居室とリビングに2極化していたが、痴呆が重度の方でも自主的に移動が行われている事例がみられた。高齢者の移動の自主性を維持する要因として、居室とリビングの動線が短い、共有空間が限定され介護者が一つの共有空間に滞在している時間が長く移動介助や移動のサポートを依頼しやすいことが見出された。 
研究3:既存特別養護老人ホームにおける居住環境の向上に関する考察
居住環境の向上に向けてのアプローチにはハードによるものとソフトによるものがあり、実際にはそれらが複合化されて居住改善が進められている。4600の特養のうち、数年のうちに全面立て替え(築25年以上)を迎えるものが25%(1150施設)、施設補助基準面積が大幅にアップされた以降に建設されたものが26%(1200施設)、その中間時に建設されたものが50%(2200施設)となっており、どの時期に建設されたかによってハード上の方針は異なる。ホテルコスト徴収可能なハードを整備するのであれば、多くのケースで定員増を伴わない拡張もしくは定員減が必要となり、国庫補助だけでなく、介護報酬上の利益を整備資金として充当することも検討しなければならない。ホテルコスト徴収を念頭に置かず居住改善を図る場合は、居室の個室化(個室的多床室含む)と食堂分散が必要となる。いずれも、介護単位と生活単位を一致させ、ユニットに職員を固定させるとともに、各種権限をユニットに移譲させることが継続的な居住改善を図るうえで重要である。求められるハードは絶えず変化するものであり、簡易でローコスト、可変性を追求することも大切である。
結論
1.制度化初年度(2002)年度に申請された新型特養の図面分析からは、ソフトについての理解がないままに、ハードを整備する危険性があることが明らかとなった。旧来的な一括処遇から脱却できていないもの、ユニットケアに関心はあるがその内容を理解していないものが多くみられた。運営サイドと設計サイド双方が専門性にとらわれることなく、チームとして計画にあたってゆくことと、そのための情報提供の必要性が明らかとなった。
2.高齢者の自主性を維持するためには移動・移乗動作および痴呆度を考慮した空間構成およびケア環境の重要性が示唆された。移乗動作の喪失は、移動の自主性を大きく損なわせ、空間への滞在を受動的にさせることから、移乗の自立を維持できる福祉補助具やケア環境が重要であることが明らかになった。痴呆重度者の移動の自主性を維持するためには、多様な共有空間よりも居室と共有空間の動線が短いことが重要であり、より自主性を誘発するためには介護職員が共用空間を不在にする時間を減らすとともに、スタッフと入居者間の物理的距離を短くし、サポートしやすい環境を作り出すことが重要である。
3.約4600の既存特養の居住環境の向上にあたっては、個別ケア・ユニットケアの導入後に、居室の個室化、食堂分散を図ることの重要性が示唆された。実際には、各施設のとりまく環境を把握したうえで、定員増を伴わない拡張もしくは定員減を取り入れ新型特養と同等のハードを目指すこと、あるいはユニットケアに必要不可欠な食堂分散・小規模化に留めることのいずれかを選択することとなる。いずれの場合も、ユニットに様々な権限を移譲し、可変性をもったハードとし、整備資金を含めて自助努力で居住改善を図ることが、継続的な居住環境の向上においては必要不可欠である。
なお、ユニットケアは、グループホームでの日常的な柔軟な生活とケアを大規模施設において実現することを目的としたケアであり、この目的が達成され新型特養のユニットの一つひとつが「ホーム」として機能すれば、すべてのユニットを一カ所に集める必要はなくなる。新型特養を閉鎖的な施設ではなく、コミュニティとともにある高齢者住宅へと発展させていくうえで、10年後を見据えたケアと建築形態の方向性を探ることが求められている。2003年度は、そういったうえで視座を与えるいくつかの高齢者居住の事例について取り扱う。

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