老人精神疾患患者の経過に及ぼす家族の感情表出の影響

文献情報

文献番号
200200205A
報告書区分
総括
研究課題名
老人精神疾患患者の経過に及ぼす家族の感情表出の影響
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
三野 善央(大阪府立大学社会福祉学部)
研究分担者(所属機関)
  • 井上新平(高知医科大学)
  • 黒田研二(大阪府立大学)
  • 下寺信次(高知医科大学)
  • 津田敏秀(岡山大学大学院医歯学総合研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
6,300,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老人精神疾患患者に及ぼす家族の感情表出(expressed emotiion EE)の影響を明らかにすることを研究目的とした。以下分担研究ごとに分けて記すと、①老人気分障害者での家族のEEの影響を評価すること、②統合失調症者と生活する老人介護者の特徴を明らかにすること、③痴呆性老人の感情評価尺度の妥当性と信頼性を評価すること、④老人精神疾患と家族に関する疫学研究方法論を検討することである。
研究方法
①気分障害と診断された47名の患者と55名のその主要な家族が研究対象となった。患者の入院後2週間以内に、その家族に対してカンバウェル家族面接(Camberwell Family Interview、 CFI)を行い、EE評価を行った。患者の退院後から9カ月間追跡するコホート研究を行った。患者の入院後、約2週間以内に研究内容について、精神科医が直接、文書および口頭にて説明し、文書にて同意を得た。高齢者と非高齢者にわけて、比較検討を行った。CC(critical comments)とEOI(emotional overinvolvement)のいくつかのカットオフポイントで患者を高EE群と低EE群に分け、9カ月再発リスクを比較検討した。可能性ある交絡要因の影響をコントロールするために多重ロジスティック回帰分析を行った。高齢者では非高齢者と比較して、CCが多い傾向があった。
②127名の統合失調症患者を対象にEEと年齢の関連を検討した。患者の入院後、約2週間以内に研究内容について、精神科医が直接、文書および口頭にて説明し、文書にて同意を得た。EEの判定には、CFIを用いた。CFIを自宅または病院にて実施した。時間には約1-2時間を要した。面接内容は、テープに録音し、面接終了後、テープおこしを行い、これらの資料をもとにEEの判定を行った。CFIの判定は、面接中において、批判的言辞が6以上存在する、敵意がある、感情的巻き込まれの項目が3点以上のいずれかの条件を満たせば、High EEと判定される。また、条件を満たさない時は、Low EEと判定された。50家族目以降の研究に参加した対象者には、GHQ-60(General Health Questionnaire 60項目版)も同時に実施した。GHQ-60は、全般的な健康度を調査する質問紙票で、60項目の質問から成る。GHQ-60の評価は、全得点の他に、身体症状、不安と不眠、社会的活動障害、うつ状態の4つの下位項目でも評価する事ができる。また、60項目のうち、特異的な30項目を選んでGHQ-30が作成されている。この調査でも、GHQ-60の結果に基づき、GHQ-30についても集計した。
③痴呆性疾患に関してのERIC尺度では10分間の観察をもとに感情反応を、肯定的感情(「喜び」「優しさと愛情」「自発的手助け」)、否定的感情(「怒り」「不安・恐れ」「身体的不快感・痛み」)および参考としてその他4つの感情(「促された手助け」「悲しみ」「創造性」「満足感」)の10項目に区分し、それぞれ4段階で評価する。初めの3つの肯定的感情合計得点と次の3つの否定的感情合計得点を算出する。痴呆性老人グループの協力を得て、入居者8名について1場面10分以上のビデオ撮影を行い、合計94場面を対象に感情評価を行った。
④高齢精神疾患と家族との関連を検討するための疫学的問題点を検討した。精神疾患において多要因が疾病発生に関与する事によって生じる交互作用の問題を、整理して明らかにした。これらの問題を解決するための疫学方法論の理論的検討を行った。
結果と考察
①気分障害と診断された47名の患者と55名のその主要な家族が研究対象とし、患者の退院後から9カ月間追跡するコホート研究を行った。高齢者と非高齢者にわけて、比較検討を行った。その結果、高齢者では非高齢者と比較して、CCが多い傾向があった。また、高齢者では高EEとするCC数を多くした方がよりよく再発を予測していた。再発リスクの比較、多重ロジスティック分析の結果では、高齢者ではEEの影響は小さくなっていた。高齢者では受けるCCが多く、高EEとするカットオフポイントも多くすべきかもしれない。高齢者においては家族のEEと再発との関連が若年者と比較すると小さい可能性がある。高齢気分障害患者では、家族のEEの影響が非高齢者と比較して小さい可能性がある。したがって家族教室のための資源が限られている場合には、家族教室の対象者として非高齢者を優先的に選ぶことが妥当かもしれない。しかしながら今回の研究では対象者が少なかったため、より大きな集団で知見を確認する必要がある。これから始まろうとしている気分障害者家族への心理教育の対象集団の選定のために重要な基準を提供できることになる。②統合失調症と診断された患者とその家族を対象にEEと年齢との関連を検討した。高齢化に伴って、収入が年金中心となり、経済的な問題で患者を支えていく事が不安となったり、現在支えている家族が病気や死去によって、将来支える事ができなくなる事への不安などが挙げられる。しかし、今回の調査では、年齢とEEとの間には有意な関係は見いだす事ができなかった。一方では、EEとGHQの間では有意な関係を見いだす事ができた。EEが高い状態では、家族の精神的負担が高くなっている。そのため、患者の症状経過のみならず、家族へのメンタルヘルスも考慮していく必要がある。統合失調症者の家族においては、高齢家族と若年家族との間にEEの違いは認められなかった。高齢家族においては長年のケアの負担のためにEEが高くなっている可能性があったが、影響は認められなかった。しかしながら、高齢家族においてはEEと家族自身のメンタルヘルスに有意な関連が認められた。したがって、家族のメンタルヘルスや生活の質を高める援助が結果的に高EEの問題を解決する可能性がある。③痴呆性疾患と感情表出に関する検討を行った。痴呆性疾患と関わる感情表出には、家族の感情表出だけでなく、当事者自身の感情表出も重要である。痴呆性老人の感情評価尺度の信頼性、および妥当性は良好であり、アセスメントの手段として有効と思われる。痴呆性老人の感情表出は予後とあるいはケアの質と明らかに関連していると推測される。痴呆性疾患においてはこれまで、家族の感情表出が取り上げられてきたが、痴呆性老人自身の感情表出の評価も重要であることを明らかにした。この知見はケアの提供現場において活用できるものである。評価方法も簡便であることから、ケアスタッフが患者の表情を観察し、日常のケアの質の向上に役立てることが可能である。今回は痴呆性老人の感情評価尺度の妥当性、信頼性が高かったことから、これは臨床場面で有効に活用しうる。④精神保健の疫学研究おける問題点や注意点を、1980年代に書かれた報告書に基づいて明らかにした。また、多要因が疾病発生に関与する事によって生じる交互作用の問題を、整理して明らかにした。精神保健の疫学研究においては、交互作用の問題を整理して論じる必要があると考えられる。本研究は、Karasekのモデルを検証した1986年に報告されたJ V Johnson博士の報告書を元に、精神保健の疫学研究を理論的に吟味した。
結論
老人精神疾患患者と家族のEEに関する研究を行った結果、家族あるいは本人のEEは老人精神疾患患者においても重要な役割を果たすだろうことが明らかとなった。しかし、疾病によって影響の大きさは異なり、家族心理教育を行う場合には
疾病特異性を考慮しなければならない。今後さらに研究を進め、知見を確定していく必要がある。

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