脳卒中患者の失認・失行と生活障害に関する研究

文献情報

文献番号
200200201A
報告書区分
総括
研究課題名
脳卒中患者の失認・失行と生活障害に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
高橋 龍太郎((財)東京都老人総合研究所 看護・ヘルスケア部門)
研究分担者(所属機関)
  • 今福一郎(横浜労災病院神経内科)
  • 村嶋幸代(東京大学大学院医学系研究科)
  • 永田智子(東京大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、脳卒中患者の失認・失行と生活障害の関係を検討するため、ADLや認知機能の程度を標準的な尺度を活用して調べ生活機能との関連について基礎的調査を行うこと、そして、急性期における失認・失行の発生状況の特徴とその変化を明らかにすること、さらに、改善が顕著であった症例を臨床的に検討し、医療ケアの介入の可能性を探ることである。
研究方法
生活機能との関連についての基礎的調査に関しては、東京都老人医療センターリハビリテーション科に入院した脳血管障害初発例のうち、失行・失認の存在が認められた228名を対象として認知機能、基本的ADL、手段的ADLを測定し、失行のみの群、失認のみの群、失行と失認の合併した群の3群間で比較検討を行った。急性期における失認・失行の発生状況調査に関しては、横浜労災病院、東京都老人医療センターに入院した急性期脳卒中患者のうち、初回発症、右大脳半球損傷、半側空間無視関連症候、の3基準を満たし、同意が得られた全例を対象とし、入院後5日以内、退院時、退院後1ヶ月、退院後3ヶ月の4時点において検査、行動観察、面接調査を実施した。脳卒中重症度としてThe National Institutes of Health Stroke Scale (NIHSS)を用い、線分二等分検査、ADL、生活動作や健康障害への認知について検討を加えた。症例検討に関しては、失行・失認の改善が顕著であった症例を臨床的に検討した。
結果と考察
生活機能との関連についての基礎的調査。228名の高次脳機能障害の種類内訳は、失認のみの患者が106名(58.2%)、失行のみの患者が43名(23.6%)、失認と失行が合併した患者が33名(18.1%)であった。BADLについて分析を行ったところ、失行群におけるBADL低下の程度は軽く、失認のみの群、および両方を合併した群のそれぞれと有意な差が認められ、両者を合併している群は失認のみの群と有意差がなく、ほぼ同等のレベルであった。上肢機能を主に用いる5項目の動作(食事摂取、更衣、整容、起居・移乗、トイレ動作)を選定し、3群間での比較を行ったところ、BADLの総スコアと同様の結果であった。MMSEについて3群間で分析を行ったところ、失認のみの群が最も得点が高く、失行のみの群との間に有意な差が認められ、両方を合併した群は失行のみの群と同等であった。急性期における失認・失行の発生状況調査。1.調査病棟に入院した脳卒中患者全72名のうち、失認関連症候有りと診断された患者の割合は11名(15.2%)、初回右大脳半球損傷脳卒中患者14名に対しては11名(78.5%)であった。全対象9名は、梗塞7名、出血2名、男6名、女3名、年齢66.2±3.4(49~80)歳。Neglect8名、半側身体失認1名、着衣失行1名。NIHSSは11.3±2.9(1~26)点で、軽度2、中度4、重度1、超重度2名と分類された。BIは21.6±5.5(5~55)点だった。2.重症度による経時的変化の特徴‐Neglectに伴う生活障害、注視、健康障害の認知‐について。軽度者2名は、失認関連症候が入院後早期に消失し、生活障害がなかった。中度者4名は、BaselineからT3まで、Neglectに伴う生活動作の障害、共同偏視軽度、追視、声掛けへの反応に問題があった。1名は、Baselineから麻痺側を含む身体の認識障害があり、T3に障害への気づき(awareness)の出現がみられた。2名は、BaselineからT3まで、生活動作障害に自ら気づいていた。更に、T2に背後空間の認識障害とそれに伴う視線動揺があった。1名は、T2でその障害に気づいて、行動修正していた。重度者はBaselineからT3までNeglectを伴う生活動作の障害、共同偏視、追視、視線、声掛けの反応の問題、注視を
伴う動作の中断があった。健康障害に対する認識低下があった。超重度者2名は、BaselineからT3までNeglectに伴う生活動作、障害共同偏視、追視、視線、声掛けへの反応に問題があり、注視を伴う動作の中断があった。1名は、Baseline、 T1に麻痺側の認識低下、T2からそれに対する気づきが出現するが、生活障害の認識障害があった。3.Neglectに伴う日常生活障害について。軽度は、Neglectが入院後すぐに消失し、生活障害を残さなかった。中度から超重度はNeglectと Neglect関連症候に伴う生活障害が持続し、障害は、整容、移動、食事動作に出現し、その特徴は、動作の「し残し」「し忘れ」「慌てる」「雑」「ぶつける」だった。更に、対象は背後の刺激、空間認識に障害があった。左右だけではなく、背後にも注意が必要で、疲労や恐怖を感じていた。4.注視の特徴について。軽度は障害がなかった。中度から超重度は、その程度は変化しながらもBaselineからT3まで、共同偏視、追視、視線という目の動き、声掛けへの反応に問題が出現していた。5.麻痺側を含む自己の健康障害への認識力低下について。自分の悪いところや、麻痺の存在が分からないという麻痺側への認識障害があった。また、麻痺により生じる生活障害、健康障害の認識が不完全であった。T3まで継続する対象がいた。以上麻痺側を含め健康障害の認識障害が明らかになった。
症例検討。左内頚動脈に高度狭窄を有し,頭部MRI上の所見は乏しいにも関わらず,一過性の右片麻痺と進行性の記銘力障害・失語症状を呈した73歳男性( 症例1 )と,右内頚動脈に高度狭窄を有し,左半側空間無視と左上下肢の失行を呈した63歳男性( 症例2 )において,内頚動脈血栓内膜剥離術術前と術後約2ヶ月にWAIS-R,WAB,記銘力検査を施行し,脳血流シンチ,脳波と併せて検討した。症例1ではWAIS-Rは術前IQ63(VIQ71,PIQ60)に対し術後IQ91(VIQ92,PIQ92)と改善した。また、物品呼称,読み,書字,計算の障害が術後ほぼ消失した。記銘力障害は術後も残っていた.症例2ではWAIS-Rは術前IQ83(VIQ108,PIQ53)に対し術後IQ91(VIQ114,PIQ61)と改善した。また左半側空間無視も線分二等分や線分末梢のテストの改善を示したが模写での無視や左上下肢の失行は残った。
結論
失行と失認を合併した場合、BADLは失行のみの群と同様に低く、MMSEは失認のみの群と同様に低かったことから、失行と失認が合併した場合には認知機能・ADLともに低下しているようである。その場合、これら機能障害に関して、それぞれ単独の障害の影響が加算的に増強されなかったので、失行・失認による生活障害の発生機序には共通の部分があるのかもしれない。失行・失認関連症候を有する患者の急性期から慢性期における生活障害の特徴を検討したところ、入院時NIHSSが中度以上では、入院時から退院後3ヶ月まで生活障害が認められ、その特徴は、両上肢動作では「雑」「し残し」「し忘れ」「慌てる」が、移動動作で「ぶつける」がみられ、自己の健康障害への認識が低下していた。また、注視に特徴があることを明らかにした。内頚動脈が高度狭窄の症例に対しては、内頚動脈血栓内膜剥離術により高次機能が改善する可能性があり、高次機能障害は内頚動脈血栓内膜剥離術による直接的な軽快、長期的なリハビリテーションによる軽快が期待される。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-