摂食・嚥下障害患者の「食べる」機能に関する評価と対応

文献情報

文献番号
200200199A
報告書区分
総括
研究課題名
摂食・嚥下障害患者の「食べる」機能に関する評価と対応
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
才藤 栄一(藤田保健衛生大学医学部 リハビリテーション医学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 馬場 尊(藤田保健衛生大学リハビリテーション医学講座)
  • 武田斉子(藤田保健衛生大学リハビリテーション医学講座)
  • 鈴木美保(藤田保健衛生大学リハビリテーション医学講座)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、咀嚼・嚥下連関(chew-swallow complex)の生理学的・運動学的解明とその臨床応用の検討を目的とした。
3年度計画で摂食・嚥下障害患者における「咀嚼を有する嚥下」への標準的対処法を体系化するために企画した。対象は、健常者および摂食・嚥下障害患者とし、方法は、嚥下造影、嚥下内視鏡による検討を中心とした。具体的には次の項目について研究を行う予定とした。
(A)嚥下反射に及ぼす咀嚼の影響の定量的理解
(B)咀嚼負荷嚥下評価法の開発
(C)安全な咀嚼訓練方法の開発
(D)中咽頭での安全な食塊形成が可能な食品特性の同定
研究方法
初年度に当たる本年度(平成14年度)には、主に(A)(B)についての検討を行った。
A.咀嚼の嚥下反射に及ぼす影響の定量的解明:
1)摂食・嚥下障害患者と健常者の咀嚼嚥下を比較し、患者群で嚥下前咽頭進行の深達度が高く、誤嚥を伴いやすいことを明らかにした。
2)患者群の咀嚼嚥下で舌骨運動距離が増大する現象を見いだした。
3)健常者における嚥下内視鏡を用いた咽頭滴下実験で嚥下反射閾値の検討を行い、咀嚼の有無、滴下速度の違いは、反射閾値に影響を与えないことを見いだした。これは、予想外の結果であり、嚥下反射惹起機構の再考を促すものと思われた。
B.咀嚼負荷嚥下の評価法の開発:
1)患者群において、混合物咀嚼嚥下の難易度は水のコップ飲みと同等かそれ以上に高かった。
2)嚥下内視鏡による評価法の信頼性と妥当性を確認した。
3)重症度分類の細分類を試みた。これらの結果は日本リハビリテーション医学会、日本摂食・嚥下リハビリテーション学会、11th Dysphagia Research Society Annual Meetingなどで報告した。
結果と考察
現状における咀嚼嚥下に関する理解上の疑問は、i)咀嚼と嚥下の関係性(抑制か促通か)、ii)咀嚼嚥下が命令嚥下とどのように異なるか(stage II 輸送の理解、その能動性と受動性)、iii)嚥下様式は、命令嚥下、咀嚼嚥下以外にあるのか否か(コップ・ストロー連続飲みとの相違)、iv)咀嚼嚥下の個人差はどうして存在するか、v)摂食・嚥下障害患者ではどのような病態を呈するのか、さらに、vi)嚥下反射の惹起とはどのように生じるのか(命令嚥下の反射惹起についての再考も含む)、などである。今回は、この内、i)、ii)、v)、vi)の理解について一定の進歩を得ることが出来た。
1)健常者で認めた咀嚼嚥下における嚥下前咽頭進行を摂食・嚥下障害患者でも確認でき、その定量的データを採取できた。摂食・嚥下障害患者における嚥下前咽頭進行は、総じて深達度が高く、また、重症度が重いほど高く、誤嚥防止という観点からみると危険性に直結していると考えられた。実際、混合物咀嚼嚥下は、水分命令嚥下より誤嚥しやすかった。一方、水分嚥下についてみた場合、命令嚥下でも高率に嚥下前咽頭進行(一般的には、この現象を嚥下反射の遅延と捉えている)が認められ、咀嚼嚥下との差異は明らかでなかった。
以上より、摂食・嚥下障害患者では、嚥下前咽頭進行は健常者より高率で、それが誤嚥につながる可能性を有し、また、嚥下前咽頭進行の機序として、能動的過程(文献2)の他、嚥下反射の遅延や舌閉鎖(lingual seal)の破綻が関与するものと思われた。従って、今後、摂食・嚥下障害患者における嚥下前咽頭進行のより一層の病態生理学的解明を行いたい。
2)症例の重症度を機会誤嚥に規定した検討では、水の咀嚼嚥下が命令嚥下より誤嚥を伴いやすいことが明らかとなった。また、舌骨運動障害と誤嚥率は従来の報告と同様、一定の相関関係があった。さらに、健常者では明らかでなかったが、摂食・嚥下障害患者では咀嚼嚥下で舌骨移動距離が大きくなった。咀嚼嚥下で舌骨移動距離が大きくなったことの解釈は2通りあった。1つは、咀嚼が嚥下運動を促通する(文献4、5)というものであり、もう1つは、咀嚼課題が困難性の高い課題であるため、代償的に努力的嚥下が生じているというものである。いずれにせよ舌骨運動からみた場合、嚥下運動が開始されれば、「咀嚼が嚥下運動に抑制的に働く(文献5)」という証拠はなかった。従って、咀嚼嚥下による誤嚥の増加は、抑制的神経機構による問題ではなく課題の難易度の問題が主な要因と考えられた。この結果は、今後、摂食・嚥下障害患者の咀嚼嚥下における誤嚥発生要因をさらに検討する糸口となった。 
3)咽頭滴下実験による嚥下反射閾値の検討は、当初の予想と反し「咀嚼が嚥下反射惹起を抑制しない」というものであった。この実験では、喉頭蓋への刺激ではなく下咽頭刺激による誘発であったという方法論上の問題点、滴下水刺激が通常より強力であったため差異が生じなかった可能性、など、さらに議論すべき余地を残したが、咀嚼嚥下で明確な嚥下前咽頭進行が存在しうる理由は、概ね嚥下反射の抑制にあるのではなさそうであると判断できた。そうだとすると、振り返って、命令嚥下における嚥下反射の惹起は何によって生じているのか再考が必要となる。現時点で我々は、命令嚥下におけるFour stage theoryすなわち、口腔送りこみに引き続いて速やかに生じる咽頭嚥下反射が、舌根部・喉頭蓋谷部。喉頭蓋部への食塊による感覚刺激によって惹起されるという仮説(文献6)に懐疑的となった。なぜなら、咀嚼が嚥下を抑制しないという状況下で、stage II輸送により舌根部・喉頭蓋谷部。喉頭蓋部への食塊進行は嚥下反射を惹起しないからである。むしろ、多くの急速運動(valistic movement)がそうであるように(文献7)、命令嚥下において口腔送りこみに引き続いて生じる咽頭嚥下反射は、一連のフィードフォワード(オープンループ)運動と理解すべきではないかと考えている。
4)VE使用に関する基礎的検討を行った。VEは被爆がなく健常者での検討を容易とするため、咀嚼嚥下の動態解明に役立つ方法論と期待されている。咀嚼嚥下では、嚥下前咽頭進行が重要な特徴であるが、この時期はホワイトアウト以前に当たりVEで十分観察可能である。また、咀嚼嚥下の検討では、様々な食物形態を使用するため造影剤を使用しない(食物をそのまま使用できる)メリットは大きい。今回行った健常者と摂食・嚥下患者におけるVFとVEの同期的解析は、咀嚼嚥下におけるVEの妥当性と信頼性を確保するものとなった。今後、さらにVEによる咀嚼嚥下の解析を進める予定である。
5)摂食・嚥下機能の臨床的重症度分類を再考し細分類した。これは、摂食・嚥下障害患者のより精密な層別化に役立つはずである。口腔問題における準備期障害と口腔期障害の区別は今後の課題である。また、今後さらに細分類の定量的妥当性と信頼性を検討する予定である。
結論
これまで咀嚼は、専ら歯科領域でのみ研究され、嚥下に対しては通念的に有用な因子と捉えられてきた。しかし、この咀嚼嚥下の概念から見た場合、咀嚼は嚥下反射惹起に関して抑制的に働いている可能性も考慮すべきであり、特に咽頭期障害を有する摂食・嚥下障害患者にとっては咀嚼が直接的に誤嚥を誘発する可能性もある。一方、患者の咀嚼への希望は強く、さらに、咀嚼嚥下における咽頭内での食塊形成が個人差のある現象であることも確認しており、その差の解析から咀嚼の適正なあり方を模索できるかも知れない。
つまり、従来の嚥下評価・対応が基本的には咽頭にのみ注目し「飲むこと:drinking」に対し行われてきたのに対し、本研究は、真の意味で「食べること:eating」へと視点を変換したものといえよう。学術的には、専ら別個に検討されてきた咀嚼の生理と嚥下の生理を統合するという意味において極めてユニークであり、また、咀嚼負荷嚥下評価法、訓練法、治療食などの概念は、これまで存在しない。
本年度の研究では、以下の事項が明らかになった。
A)咀嚼の嚥下反射に及ぼす影響の定量的解明:1)摂食・嚥下障害患者と健常者の咀嚼嚥下を比較し、患者群で嚥下前咽頭進行の深達度が高く、誤嚥を伴いやすいことを明らかにした。2)患者群の咀嚼嚥下で舌骨運動距離が増大する現象を見い出した。3)健常者における嚥下内視鏡を用いた咽頭滴下実験で嚥下反射閾値の検討を行い、咀嚼の有無、滴下速度の違いは、反射閾値に影響を与えないことを見い出した。これは、予想外の結果であり、嚥下反射惹起機構の再考を促すものと思われた。
(B)咀嚼負荷嚥下の評価法の開発:1)患者群において、混合物咀嚼嚥下の難易度は水のコップ飲みと同等かそれ以上に高かった。2)嚥下内視鏡による評価法の信頼性と妥当性を確認した。3)重症度分類の細分類を試みた。
今年度得られた基礎データをもとに「咀嚼を有する嚥下」への標準的対処法を体系化する。すなわち、(C)安全な咀嚼訓練方法の開発、(D)中咽頭での安全な食塊形成が可能な食品特性の同定、へと検討を進める予定である。

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