高齢者手術の安全性の向上及び術後合併症の予防に関する研究

文献情報

文献番号
200200195A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者手術の安全性の向上及び術後合併症の予防に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
深田 伸二(国立療養所中部病院外科)
研究分担者(所属機関)
  • 錦見 尚道(名古屋大学医学部)
  • 北川 雄光(慶応義塾大学医学部)
  • 磯部 健一(長寿医療研究センター)
  • 瀬川 郁夫(岩手医科大学)
  • 真弓俊彦(名古屋大学医学部)
  • 新井 利幸(名古屋大学医学部)
  • 安井章裕(愛知県済生会病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
14,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者手術の安全性の向上のためには、高齢者の外科手術ストレスの詳細を研究し、術後合併症の予防を図ることが必要となってくる。 高齢者術後合併症としては、術後呼吸器合併症、術後循環器合併症や術後深部静脈血栓症、術後肝不全、術後せん妄などが挙げられる。これらの頻度と特徴を明らかにし、それらが術前にどの程度評価でき予測できるか、発症前段階でどのようにその危険を察知し対応することができるかを総合的に研究することにより、高齢者術後合併症に対する術前評価と予防に関しての指針を作成し、高齢者手術の安全性を向上させることを目的とする。加えて、遺伝子・蛋白解析による高齢者術後合併症発生の危険予測の可能性も探っていきたい。
研究方法
本研究は外科のみならず、麻酔・集中治療部、循環器内科さらに老化機構基礎医学も含めた研究班により、それぞれの立場から、高齢者周術期管理の確立に役立つべく研究を進める。それぞれの分担研究方法は以下のごとくである。
1. 非侵襲性micro-probe法を用いた高齢者術後呼吸器感染症の発症早期診断法とreal time PCRによる術後菌血症早期診断法の開発(北川雄光)。 2. 高齢者周術期呼吸管理患者のBifidobaceteriumやLactobacillous投与による腸内細菌叢modificationがもたらす呼吸器合併症や予後への変化の検討とEBMに基づくガイドライン作成(真弓俊彦)。 3. 肺血流シンチグラムによる高齢者整形外科手術後の深部静脈血栓症と無症候性および顕性肺塞栓症の発症頻度の調査と低用量アスピリンの予防効果の研究(瀬川郁夫)。 4. 血清D-dimer値測定による無症候性深部静脈血栓症などのスクリーニング検査と下肢深部静脈血栓症および肺塞栓症予防法の策定(錦見尚道)。 5. 肝臓胆汁排泄蛋白MRP2の発現を評価することによる高齢者肝切除後肝不全の予防に関する研究(新井利幸)。 6. 80歳以上の全身麻酔腹部手術例461例のretrospective解析による高齢者手術患者における術後せん妄の発生に関する研究(安井章裕)。7.手術ストレスに対する防御能に関わる遺伝子の検索とその年齢変化の解明及び、遺伝子、蛋白解析による高齢者術後合併症危険予測の可能性の研究(磯部健一)。 なお今年度は、分担研究に並行して、高齢者における術後合併症の発症頻度、高齢者特有の特徴の有無を明らかにすべく80歳以上の全身麻酔下腹部手術患者461症例のretrospectiveな検討も行った。
結果と考察
1. ELF中、顆粒球elastase, IL-1beta, TNF alphaが術直後で上昇し、術後肺炎併発例ではこれらの変化が顕著であった。ELF中各種サイトカインの測定による高齢者術後肺傷害、肺炎の発症予測指標としての可能性が示された。real time PCRによる菌血症迅速スクリーニングシステムの併用で、高齢者術後肺合併症の早期診断、早期治療による予後改善が期待された。 2. BLの投与により術後糞便中のPsuedomonasやCandiaの増加が有意に抑制された。高齢者周術期には腸内細菌叢が変化し、これらが肺炎の起因菌になることが多く、腸内細菌叢の正常化による高齢者術後呼吸器合併症の予防、発症低下が期待された。 3. 高齢者整形外科手術後に無症候性の下肢深部静脈血栓症(20%)と肺塞栓症(10%)が発症していることが明らかとなった。症例の集積により、本邦における高齢者深部静脈血栓症と肺塞栓症の発生頻度及び、低用量アスピリンの有用性を解明できると考えられた。 4.名大付属病院で術後深部静脈血栓症・肺塞栓症予防ガイドラインVer 1.0が作成され調査が開始された。今後の集積結果に基づき高齢者に特徴的なプロフィールを描き、高齢者無症候性深部静脈血栓症、左心房内血栓症の術前血清D-dimer測定による検討も加えることにより、高齢者術後循環器合併症を減少させることができる可能性が示唆された。 5.高齢者肝切除後肝不全の予防に関する研究では、MRP2の発現は胆汁鬱滞によって障害された。MRP2の発現良好例には肝不全の発症はなく、発現不良例6例中 4例に肝不全が発症し、高齢者ほど肝MRP2蛋白の発現が低下する傾向が見られた。MRP2発現評価法が確立すれば、術前肝機能評価に使用できる可能性が示唆された。 6.高齢者手術患者術後せん妄の発生に関する研究では、高齢者手術患者の痴呆などの精神障害、癌告知、ASAスコアの高値、創感染、腸閉塞、フェンタネスト、セボフルレンはいずれも術後せん妄発症促進傾向を持つ可能性が示唆された。しかしこれらの結果にはretrospective調査における限界もあり、今後prospectiveな検討を行うことでせん妄発生予測因子の解析がさらに進むと考えられた。 7.マウスで拘束ストレスが血液凝固系を亢進させ、血栓を起こしやすくすることが見出された。老齢マウスでより血液凝固系の亢進がみられることから、高齢者術後の血栓症への対処の必要性が再確認された。 また、80歳以上の全身麻酔患者461症例の検討の結果、術後合併症が216例(48%)に発症し、術後せん妄が103例(23%)と多かった。全身合併症で次に多いのは呼吸合併症の34例(8%)で、その1/3の11例が入院死亡した。その次は肺塞栓や脳梗塞などの血栓・塞栓性病変7例(2%)を含めた循環器血管系合併症で、26例(6%)に存在した。
また合併症を起こすと入院期間が延長し、さらに退院できても術後のperformance statusが低下したものが10例(2%)認められるということが判明した。
結論
高齢者手術の安全性の向上及び術後合併症の予防のため、高齢者術後呼吸器合併症の早期診断と予防に関して外科的見地と麻酔科的見地から、肺動脈塞栓症やその原因となる深部静脈血栓症の早期診断及び発症前診断と予防に関して循環器内科的見地と血管外科的見地から、さらに肝不全と術後せん妄に関しても検討した。また、80歳以上の全身麻酔患者461症例のretrospectiveな検討の結果から、今回の研究で取り上げた術後合併症の予防を図ことが重要であることが再確認された。今年度で準備研究の段階を終了し、本研究を開始した。症例の集積により次年度には、高齢者術後合併症の予測評価及び予防法の検討を行う。また、遺伝子・蛋白解析による高齢者術後合併症発生の術前危険予測の可能性を探る研究も進行中である。

公開日・更新日

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