アルツハイマー病発症の分子機構におけるコレステロールの役割の検討

文献情報

文献番号
200200190A
報告書区分
総括
研究課題名
アルツハイマー病発症の分子機構におけるコレステロールの役割の検討
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
道川 誠(国立療養所中部病院長寿医療センター痴呆疾患研究部)
研究分担者(所属機関)
  • 伊藤仁一(名古屋市立大学医学部第一生化学講座)
  • 藤野貴広(東北大学遺伝子実験施設)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国をはじめとした先進諸国においては急速に人口の高齢化が進み、様々な社会的課題が生じている。医学面では老年人口の増加に伴い痴呆など高齢者特有の疾患に対する予防法ならびに治療法の確立が求められている。高齢者の痴呆の原因としてアルツハイマー病は大きな割合を占める。アポリポタンパクE(apoE) の対立遺伝子ε4がアルツハイマー病の危険因子であることから、アルツハイマー病の発症機構をコレステロール代謝との関連で検討することが重要である。本研究班ではアルツハイマー病の発症機構におけるコレステロールおよびapoEの役割を明らかにする為に、コレステロール量変化に連動したタウのリン酸化、シナプス形成能、細胞生存への影響の機序の解明(主任研究者)、脳内コレステロール代謝恒常性維持におけるアストロサイトの役割の検討(分担研究者)、apoE受容体機能のシナプス形成能、タウのリン酸化制御に対する影響の検討(分担研究者)を行う。本研究の知見は、 アルツハイマー病の治療法および予防法の開発に有用な情報を提供するものと期待される。
研究方法
神経細胞培養:
(道川)アストロサイト培養は、生後1日目のapoE3-, E4ノックインマウス脳から準備し、DMEM/F12に10% FBSを含む培地で培養した。これらの細胞を2週間後に蒔き換え、さらに1-2週間後に12well dishにまき直したものを用いた。アイソトープラベル:細胞は[14C]acetateで48時間ラベルした。クロロフォルム:メタノール法により培地中の脂質を抽出し、コレステロールおよびリン脂質を定量した。また密度勾配法により12のフラクションを得、それぞれに含まれるコレステロールおよびリン脂質を定量し、apoE量をウエスタンブロットにより検出定量した。
(伊藤)ラットアストロサイトの培養:胎生期17日目のラット胎児脳より大脳を摘出し、血管、髄膜除去、脳細片後、1% trypsin溶液で処理して、10%FCS含有 F-10 培地で1週間培養し、primary cultureとした。この細胞を再度 1% trypsin溶液で処理し、ピペッティング後 6-well multitrayあるいは petri dish (直径 15cm)にはん種し、1週間 secondary cultureし、実験に供した。脂質分析:diacylglyceride (DG), cholesterol (Cho), sphingomyelin (SM), phosphatidylcholine (PC) 合成には3H-acetate を用い、TLCによって分析した。また培地中に分泌されるHDLの分析はsucroseで培地の密度を 1.2 - 1.007 g/ml に調整し、48時間 49,000 rpm で遠心し、各フラクションの密度と脂質分布を分析し密度 1.2 - 1.08 をHDL 画分とした。細胞内リポタンパクの分析:ラットアストロサイトに 40 uCi/ml の 3H-acetate を2時間取り込ませてコレステロールを代謝的に3H 標識した.細胞を洗浄して、5 ug/ml のapoAI を90分作用させ、低張液で細胞を処理し、300,000 x g, 30 min の超遠心で細胞質を得た.細胞質を1.175 g/ml の sucrose 溶液に重層して、49,000 rpm , 48 h 遠心した.これを12画分に分け、それぞれの画分より脂質を抽出し、TLC により分析した.
(藤野)マウスLRP5遺伝子をジーンターゲッティング法により破壊し、LRP5欠損マウスを作製した。また、apoE/LRP5遺伝子を欠損したダブルノックアウトマウスを作製した。これらのマウスに生化学及び組織学的解析を行うことにより、その表現系を解析した。また、HDL結合能を指標に発現スクリーニング法により新規HDL結合タンパク質をコードするcDNAを単離した。
(倫理面への配慮)
実験動物を用いる実験は、東北大学農学部動物実験倫理委員会および国立療養所中部病院動物実験倫理委員会の承認を受けて行われた。
結果と考察
(道川)ApoE4のアルツハイマー病発症機構に関わる分子機構解明を目的に、apoEがコレステロール代謝制御を担う分子である点に着目し、(i) apoEのアイソフォーム特異的なコレステロール代謝調節作用、(ii) コレステロール代謝変動とアミロイドカスケードとの関連についてそれぞれ研究している。当研究室におけるこれまでの研究成果は、(ii)の観点からまとめると次のようになる。(1)アルツハイマー病脳で増加していると考えられるアミロイドβ-蛋白(Aβ)の重合体が神経細胞におけるコレステロール代謝を影響を与え(Michikawa et al., J. Neurosci., 2001)、神経細胞内コレステロール量を減少させる (Gong et al., J. Neurosic. Res., 2002)が、単体のAβは細胞保護作用があること(Zou et al., J. Neurosci., 2002)、(2)細胞内コレステロールの減少がタウ蛋白のリン酸化を誘導し、軸索の脱重合、シナプス形成能の低下を招くこと(Fan et al., J. Neurochem., 2001; Fan et al., J. Neurochem., 2002)、(3)コレステロール代謝障害を持つニーマンピック病C型マウス脳でMAPKの活性の亢進を伴ったタウのリン酸化亢進を来すこと(Sawamura et al., J. Biol. Chem., 2001)、その原因としてraftにおけるコレステロール減少が考えられること(Sawamura et al., J. Neurochem., in press)、等である。これらは、アミロイドカスケード説をコレステロール代謝変動によって説明できることを示している。すなわち、加齢に伴って脳内で増加すると考えられるAβがやがて重合体を形成し、それが神経細胞内コレステロール量を低下させ、コレステロール量の低下が、タウのリン酸化・シナプス形成抑制・神経細胞死を招くという考え方である。本年度は、コレステロールが中核的役割を演じていると考えられるアミロイドカスケードにapoEは如何に関与するか((i)の観点)について検討し、アストロサイトから神経細胞へのコレステロール供給能にapoEのアイソフォーム依存的な違いがあること(Gong et al., J. Biol. Chem., 2002)を見出した。すなわち、ヒトリコンビナントapoE3およびapoE4のノックインマウスから調製したアストロサイト培養系におけるHDL新生を解析したところ、分泌されるapoE量には差がなかったが、HDL新生量(粒子数)はapoE3がapoE4の約2倍であった。この作用の違いはapoE3のみが持つシステインによって2量体を形成し、それが脂質粒子安定化に寄与している可能性が考えられた。ApoEによって形成されるHDLはapoE受容体によって神経細胞に取り込まれ再利用されることから、apoE3はapoE4に比しコレステロール供給能に優れ、従ってコレステロール代謝恒常性維持により優れた能力を持つことを示している。アルツハイマー病発症との関連で言えば、Aβ重合体による細胞内コレステロール量の低下に対して、apoEはHDLの新生によるHDLコレステロールの供給によってその恒常性維持に働くが、この能力にアイソフォーム依存性(apoE3>apoE4)があるために、apoE4ではより早期にコレステロール代謝の破綻と疾患発症を招く可能性を考えることができる。
(伊藤)アストロサイトを apoA-I で刺激すると5分後にSMやPCなどコリンホスホリピットに比べDGは特異的にその合成が促進された.U73122 によってDG産生を抑制すると、DG産生に加えて、Cho, SM などの脂質合成も抑制され、さらに細胞内コレステロール輸送、apoA-I によるコレステロール搬出も抑制された.また、U73433 はこれらの諸反応を抑制しなかった.これらの知見から、apoA-I 作用後の細胞内DG産生は apoA-I で誘導される細胞内コレステロール輸送およびコレステロール搬出に重要な役割をもつものと考えられる.apoA-I 刺激後5分で産生されるDGは細胞膜ではなく、細胞質リポタンパク画分において観察された.apoA-I 刺激後の細胞内 protein kinase Cα の分布を調べてみると、刺激後5分以降で細胞膜protein kinase Cαは減少し、細胞質のそれは増加した.また、細胞質に分布する phospholipase Cγ は apoA-I 刺激後5分で細胞質リポタンパク画分に移行した.このことから、apoA-I 作用後5分で、phospholipase Cγが何らかのシグナルにより細胞質リポタンパク画分に移行し、そこでDG産生が上昇するものと思われる.細胞質リポタンパク画分におけるDG産生の上昇と共に、protein kinase Cαもこの画分に移行した.U73122 はprotein kinase Cαの細胞質リポタンパク画分への移行を阻害した.また、細胞質リポタンパク画分へ移行したprotein kinase Cαはセリンリン酸化されていた.抗 caveolin-1 抗体で細胞質protein kinase Cαが免疫沈降し、また抗protein kinase Cα抗体でも caveolin-1 が沈降することから、細胞質リポタンパクにおいて、caveolin-1 と抗protein kinase Cαとが結合していることが示唆された.Protein kinase C 阻害剤は apoA-I で誘導される細胞内コレステロール輸送およびコレステロールの細胞外搬出のいずれもが抑制された.
(藤野) LRP5欠損マウスは外見、行動、繁殖は正常で、組織学的にもほとんどの組織に異常は観察されなかった。唯一、頭頂骨と脛骨の骨密度の低下が観察され、また、グルコース刺激時においてラ氏島β細胞からのインスリン分泌不全を示した。これに伴ってラ氏島ではグルコース刺激による細胞内カルシウム及びATP産生の低下、グルコキナーゼ、IGF受容体及びIRS-2の発現低下が観察された。さらに、血中カイロミクロン(CM)のクリアランスの低下を示し、血中コレステロール濃度の上昇が観察された。apoE/LRP5遺伝子を欠損したダブルノックアウトマウスではさらに顕著で、著しい血中コレステロール濃度の上昇と動脈硬化巣形成の促進が観察された。新規HDL結合タンパク質はGPIアンカー型の膜タンパク質で、心臓に最も高く、次いで肝臓、肺に発現が認められた。また、本タンパク質はHDLに依存した細胞内への選択的コレステロール取り込みに関与する事が明らかとなった。LRP5はリポタンパク受容体としてだけではなくWntの受容体としても機能している。LRP5欠損マウスが耐糖能異常を示し、それと共にラ氏島におけるグルコキナーゼ、IGF受容体及びIRS-2の発現低下が観察されたことは、これらグルコースセンシングに関わる分子の発現調節の上流にWnt受容体として位置する事を示唆した。また、血中カイロミクロンのクリアランスの低下やapoE/LRP5欠損マウスにおける著しい血中コレステロール濃度の上昇と動脈硬化巣形成の促進は本受容体がカイロミクロンレムナント受容体としても機能していることを示した。GPIアンカー型HDL結合タンパク質はこれまで明らかにされているHDL受容体のSR-BIとは異なり、選択的にコレステロールの取り込みは行うが選択的排出は行わないことから、全く新しいタイプのHDL受容体であることが示唆された。結論として、LRP5はグルコース刺激時におけるインスリン分泌と正常な血中コレステロール代謝に重要な役割を果たしており、新規GPIアンカー型HDL結合タンパク質は選択的な細胞内コレステロールの取り込みに重要である。
結論

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