軽度認知障害の前方視的・後方視的研究

文献情報

文献番号
200200182A
報告書区分
総括
研究課題名
軽度認知障害の前方視的・後方視的研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
村山 繁雄(東京都老人総合研究所神経病理部門)
研究分担者(所属機関)
  • 有馬邦正(国立精神神経センター武蔵病院)
  • 金丸和富(東京都老人医療センター)
  • 石井賢二(東京都老人総合研究所)
  • 加藤貴行(東京都老人医療センター)
  • 中野正剛(国立精神神経センター武蔵病院)
  • 栗崎博司(国立療養所東京病院)
  • 本吉慶史(国立療養所下志津病院)
  • 小尾智一(国立療養所静岡医療センター)
  • 坂田増弘(東京大学医学部附属病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
22,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
軽度認知障害(mild cognitive impairment, MCI)とは、正常群と痴呆群の間に属し、痴呆群へ一定の比率で進行する点で、正常群とは区別すべき集団という概念である。PetersenらによるMCIの診断基準は、1. 自覚的記憶障害の訴えがあり、生活を伴にする他者により確認される。2. ADLに障害はない。3. 記憶以外の認知機能に問題はない(1SD以内の低下である)。3. 年齢標準に比べ明らかに記憶障害がある(標準化された記憶テストで、年齢平均より1.5SDの低下を示す)。4. 痴呆はない。5. CDR score 0.5。である。彼らは、MCI中1年間に10~12%がADに移行したとしている。しかし以上述べた概念は、機能的側面のみより定義されており、痴呆の前提となる器質的情報は含まれていない。我々の施設は正常・境界・異常老化の剖検例を多数蓄積しており、MCI該当症例の剖検所見の検討、あるいは痴呆剖検例の病歴を検討することでMCI期の臨床情報を抽出することが可能である(後方視的研究)。MCIの臨床診断に後方視的研究による情報を応用し、適切な治療を行う(前方視的研究)ことが、本研究の目的である。
研究方法
後方視的研究として、当施設1120連続剖検例に、Gallyas-Braak、modified methenamine銀染色、抗リン酸化タウ(AT8)、Ab(11-28)、ubiquitin、a-synuclein抗体免疫染色、電子顕微鏡による検索を追加し、診断の国際標準化を行った。さらに剖検時承諾書、都老人医療センター・老人総合研究所両者の倫理委員会の承認のもと、ApoE genotypingを施した。病歴中もの忘れの記載があり、日常生活に何らかの影響を与えているが、明らかな痴呆と判定されていない症例を、MCI相応症例として抽出、その病理学的特徴を明らかにした。また前方視的研究として、MCI診断のクリティカルパス作製をまず行い、それを適用した。記憶テストとして、新たに和訳・標準化されたリバーミィード行動メモリーテスト(RBMT)を採用した。参加施設にはもの忘れ外来を創設あるいは強化し、インターネットにホームページを設け(www.mci.gr.jp)情報公開した。一次スクリーニングとして、患者及び付き添い者より記憶障害の存在確認の上、Mini Mental State Examination(MMSE)を施行(ガイドライン)、痴呆とのcut offは23/24とした。続いてCTを、慢性硬膜下血腫除外のため緊急で行うこととした(ガイドライン)。二次スクリーニングとして、MRI、脳波、脳血流シンチグラフィー(SPECT)、RBMTを行うこととした。MRIは、volumetric scanが最も有用と考え、海馬の長軸に垂直な冠状断を再構成することとした。撮像法としては、皮髄コントラストの高いT1強調系の高速3D撮像法を採用した。SPECT(ガイドライン)については、IMP(SPSS)とECD(eZis)のいずれかの統計標準化プロトコールを採用することとした。これら二次スクリーニングでMCIの診断を満たす症例に、文書同意の上、MCIの前方視的研究にエントリーしていただくことにした。髄液バイオマーカーとしては、タウ(total tau)、リン酸化タウ(ptau, 183 threonineのリン酸化)、アミロイドベータ蛋白(Ab)を測定することとし(ガイドライン)、Innogenetics(Belgium)のキットを用いた。またApoE phenotypingを行うことにした(ガイドライン)。神経心理学的検査としては、WAIS-R(オプション)、WMS-R(オブション)を可能な限り行うこととした。問題症例には、
16F deoxy glucose (FDG) PET、Dopamin合成脳(CFT)、D2受容体密度(raclopride)のPETを併用した(オプション)。以上の方法でAD初期と考えられる症例には、検査結果を全て説明の上、コリンエステラーゼ阻害剤による治療を行い、ADへの進行が防げるかを注意深く見守ることにした。
結果と考察
後方視的検討として、1120例中170例がMCI相応症例として抽出された。内訳として、男女比1.44、平均年齢82.0歳、平均脳重1260gで、正常例395例の男女比1.56と脳重1,260gではかわらず、平均年齢77.2歳とは有意差を認めた。一方痴呆例430例とは、男女比0.84において有意差があり、平均年齢83.8歳では有意差なく、平均脳重1170gでは有意差がなかった。いずれもMCIは正常と痴呆の中間に入った。また、正常、MCI、痴呆のApoE4頻度はそれぞれ12.6%、19.3%、22.1%であり、やはり、MCIは正常と痴呆の中間に入った。病理診断としては、脳血管障害71例、変性型62例の順であった。脳血管障害としては、症候性脳梗塞26例、無症候性35例、脳出血7例、クモ膜下出血1例であった。変性型としては、AD及び初期病理像24例、嗜銀顆粒性痴呆及びその早期病変 11例、パーキンソン病及びその初期病変6例、び漫性Lewy小体病及びその早期病変5例、神経原線維変化優位型痴呆及びその早期病変11例、筋萎縮側索硬化症2例で、変性疾患及びその初期と考えられる例は約4割であった。前方視的検討として、臨床症状として最近の記憶障害の進行が速いことがADの診断に有用であることが確認されたが、進行がゆるやかである群の存在も確認された。またパーキンソン病の一部がMCIの診断基準を満たすことが注意点として確認された。RBMTについてはMCIレベルでは複数の施設でMMSE値との相関がなかった。また、当施設の検討で、髄液バイオマーカーに関しては、total tauの高値よりptauの高値の方が、正常群とAD群の弁別に感受性、特異性ともに高かった。しかしAD群に比べ、MCI群は平均値は同等で高いが標準偏差が極めて大きく、集団が不均一であることを示した。一方パーキンソン病、びまん性Lewy小体病、進行性核上性麻痺、脳血管障害(髄膜炎との鑑別が必要)ではいずれも正常であった。SPECTに関して、武蔵病院の後方視的検討で、初診時にMMSE 24/30以上で臨床的にADの確定診断がされなかった61例(70.6±8.4歳、MMSE 26.0±2.0、男性32名、女性29名)中、最短二年間の経過観察でDSMI-IV等でprobable ADと診断された症例を、健常群69例(年齢69.8±7.7歳、MMSE 28.5±1.9、WAIS-R、WMSR正常)と、99mTc-ECDを用いたSPECTで比較した。同時期に施行したMRIを用い、SPECT画像をMRI画像で除することにより、部分容積効果を補正、SPM99を用い、健常群とprobable AD移行MCI群との群間比較を経時的に行った。さらに健常者をコントロールとしてeZisによる解析を行った。それにより、帯状回後部~楔前部の相対的血流低下が最も信頼できる視標として検出された。また同施設の前方視的研究として、2002年4月からのもの忘れ外来受診MCI55例(平均年齢70.2±810.3歳、MMSE平均26.3±2.4)中、後部帯状回と楔前部の血流低下が36例に認められ、今後一年ごと追跡予定である。また、我々のPET施設においては、3D MRIとFDG-PETを施行した健常者5名のFDG画像をMRIを元に標準化し、FDGの標準テンプレートを作成し、SPMを適用した。さらに年齢幅のある正常人のデータをプールし、共分散分析法により加齢効果を除去して患者と比較することを行った。以上の方法を用い、MCI時から2年以上にわたってフォローし、ほぼ診断の確定している症例についてその初期所見を検討したところ、後部帯状回・楔前部の代謝低下はADに限らず、前頭側頭葉型痴呆の初期でも認められる結果を得た。
結論
後方視的研究から明らかなように、MCIはADを中核とするが、それ以外にも多くの疾患を含む。MCI該当剖検例に血管障害例が多いのは、再発しなければ進行しないため、MCIにとどまる症例が多くなることは理解できる。一方、パーキンソン病については痴呆を呈してくるのは晩期と考えられるので、MCIの範疇に一定数入ってくることと考えられる。また高齢者タウパチーと呼
ばれる、嗜銀顆粒性痴呆と神経原線維変化優位型痴呆は、痴呆の程度が軽く進行が遅い印象があり、MCIとして一断面で切ると頻度的に多くなると考えられる。これら非AD群をいかにADと分離し、介入・治療を考えていくかが重要な課題である。MCIから痴呆への進行を議論するには、背景疾患を明らかにする努力が重要であることを強調して、結びとしたい。

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