高齢者炎症性・難治性肺疾患における病態分子機序の解明および新治療法開発の戦略的展開

文献情報

文献番号
200200181A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者炎症性・難治性肺疾患における病態分子機序の解明および新治療法開発の戦略的展開
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
長瀬 隆英(東京大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 栗原裕基(熊本大学発生医学研究センター)
  • 石井 聡(東京大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
37,620,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老年者における重症肺感染症(特に嚥下性肺炎)、ARDS、特発性間質性肺炎、気管支喘息などは、炎症を主体とする病態であり、治療の困難さや発症頻度から、社会的にも極めて重大な疾患群である。これらの炎症性肺疾患発症に関しては、種々の化学物質が複雑に関与していると考えられる。しかし、その発症機構については十分な検討がなされていない。また、治療の標的が不明確であるため、有効な治療法、治療薬も存在せず、画期的な新治療法の開発が急務とされている。本研究では、近年、その生理学的意義が注目されている 1) 脂質性メディエ-タ-、2) 抗菌ペプチド、および3)CGRPファミリーなどその他のメディエ-タ-に着目し、老年者炎症性肺疾患発症との関連を探索する。
研究方法
本研究では、1) 脂質性メディエ-タ-、2) 抗菌ペプチド、および3)CGRPファミリーに着目し、老年者炎症性肺疾患発症との関連を探索した。
1)脂質性メディエ-タ-:   脂質性メディエ-タ-であるプロスタグランジン、トロンボキサン、ロイコトリエンなどはエイコサノイドと総称され、アラキドン酸を起点とする代謝経路の代謝産物である。アラキドン酸は、リン脂質から細胞質型ホスホリパーゼA2(cytosolic p-hospholipaseA2, cPLA2)によって切り出される。この際に、同時にリゾPAF(lyso-PAF)が生成され、リゾPAFから血小板活性化因子 (platelet-activating factor, PAF)が作られる。アラキドン酸は、アラキドン酸カスケードと呼ばれる代謝経路を経て様々なエイコサノイドを生成する。アラキドン酸カスケードの代謝産物であるエイコサノイドは、ごく微量で多彩な生理活性作用を呈するのが特徴である。呼吸器系においても、エイコサノイドは極めて重要な生理的意義を有することが示唆されている。例えば気管支喘息は、気道平滑筋収縮、血管透過性亢進、血管拡張等による気管支収縮を主体とする病態であり、種々の化学物質が複雑に関与していると考えられるが、近年、特にトロンボキサン、ロイコトリエンなどのエイコサノイドが重要な発症因子とされ、有効な治療標的となりつつある。PAFおよびエイコサノイドは、その生理活性作用より、炎症性肺疾患の発症メカニズムに寄与している可能性が推察されるが、未だに検証されていない。本研究では、発生工学的手法を応用し、脂質性メディエ-タ-の炎症性肺疾患発症機序における重要性について検討した。特に、ARDS、特発性間質性肺炎、気管支喘息などにおける、PAFおよびエイコサノイド関連遺伝子の意義を明らかにした。
2)抗菌ペプチド: 近年、生体における感染防御機構の一環として、抗菌ペプチドdefensinの存在が注目されている。ヒトでは、抗菌ペプチドとしてalpha-defensin (6種類)およびbeta-defensin (4種類)が発見されており、その抗菌作用によって感染防御に関与していることが想定される。特に、最近発見された human beta-defensin-2 (hBD2) およびhBD3は、皮膚や呼吸器系に存在し、細菌・真菌感染やTNFα等の炎症性サイトカイン刺激によって誘導・産生され、感染防御および炎症調節機序に重要な役割を果たしている可能性が考えられる。高齢者肺炎をはじめとする炎症性呼吸器疾患においては、感染症が重要な病態悪化因子となっており、defensinを含めた感染防御機構および炎症成立機序の解明が研究推進上、必須と考えられる。本研究では、抗菌ペプチドdefensinの炎症性呼吸器疾患発症分子機構への関与について検討を加える。さらに、遺伝子工学的アプローチによって、defensinの未知の機能および生体調節への関与について探索した。
3)CGRPファミリー: 近年、炎症を促進あるいは抑制する生理活性因子として、CGRPファミリーなどのペプチドが注目されている。CGRPは、気管支喘息の発症メカニズムに重要な役割を担っている可能性が考えられるが、国内・海外において未だ十分な検討がなされていないのが現状である。生理活性作用を有する循環ペプチドは、気管支喘息などの治療薬開発の標的としても画期的な系であると考えられる。最近、CGRP遺伝子欠損マウスが作成され、CGRPが循環動態に重要であることが報告されている。本研究では、このCGRP遺伝子欠損マウスを用いて、CGRPの気道過敏性発症機序への関与について検討を加えた。
結果と考察
本研究では、1) 脂質性メディエ-タ-、2) 抗菌ペプチド、および3)CGRPファミリーなどに着目し、老年者炎症性肺疾患発症との関連を探索した。その結果、以下の新知見が得られた。
1)肺線維症は、呼吸不全をきたす難病であり、現在有効な薬剤が開発されていない。その発症分子機構は不明であるが、炎症性メディエ-タ-の関与が推察されている。本研究により、アラキドン酸カスケードの起点となるcPLA2が、肺線維症の発症機序に重要であることが明らかとなり、治療標的となる可能性が示唆された。
2)cPLA2阻害作用のあるarachidonyl trifluoromethyl ketone (ATK) の投与により、敗血症モデルの肺水腫・呼吸不全が改善し、cPLA2阻害薬がARDSの治療候補薬となりうることが示唆された。
3)LPSによるhBD2発現を検討したところ、 転写因子(AP-1, NFk-B)が hBD2誘導・発現に必須であること、および steroid がhBD2誘導・発現を減弱すること、さらに COX inhibitor はhBD2誘導・発現に影響を与えないことが明らかにされた。
4)新しいbeta defensin を発見した。mBD6は、筋肉に多く分布し抗菌活性を呈した。ヒトおよびマウスの精巣上体において特異的に発現するdefensin (hBD5,6およびmBD11,12) を発見し、やはり抗菌活性を有することを報告した。
5)CGRP遺伝子欠損マウスを用いた検討により、内因性CGRPの存在が気道過敏性発症に関与することが示された。
老年者における炎症性肺疾患は、社会的に極めて重大な疾患となっている。特に、ARDS、特発性間質性肺炎は、難治性、致死性において他に類をみない程、重篤な疾患であり、治療薬の開発が切実に待たれている。肺炎や気管支喘息は、世界的にも発症頻度、死亡率が増大しつつあり、画期的な治療薬の開発が期待されている。これら炎症性呼吸器疾患の発症分子機構は、極めて複雑であり、より一層の研究が必要である。また、感染症が重要な病態悪化因子となっており、defensinを含めた感染防御の視点も必須と考えられる。
PAFおよびエイコサノイドは、多彩な生理活性作用を有するメディエ-タ-であり、気管支喘息やARDSなど呼吸器系炎症性疾患の発症メカニズムに寄与している可能性が極めて高い。特に、アラキドン酸カスケードの起点となる酵素であるcPLA2は、治療薬開発のターゲットとして有望であることが期待される。
以上より本研究の成果は、難治性の老年者呼吸器系炎症性疾患に対する新しい治療薬開発の実現化に寄与することが予想される。
本研究の成果により、cPLA2 やdefensinなどをはじめとして、炎症抑制治療の標的を明確にした場合、有効な治療法・治療薬の開発および実用化は近いと思われる。発生工学的手法を用いたアプロ-チは、難治性炎症性疾患の病態解明および未知の遺伝子機能解析において新しい視点を提供する独創的なものであり、本研究の成果は炎症性肺疾患治療の展開に重要な寄与をなすものと考えられる。また発生工学的技術を用いた研究は、薬剤開発のプロセスを短縮し、実用化に大きく寄与することが予想される。老年者における重症肺炎、ARDS、特発性間質性肺炎、難治性気管支喘息に対する治療薬の開発は、社会医学的にも医療福祉・医療経済的にも莫大な貢献をなすことが期待される。
結論
脂質性メディエ-タ-や抗菌ペプチドは、呼吸器系炎症の発症・制御に寄与している可能性が高く、治療薬開発の標的として有望であることが期待される。本研究成果は、難治性の老年者呼吸器炎症性疾患に対する新治療薬開発の実現化に寄与することが予想される。本研究は、1)難治性炎症性疾患の病態解明、2)ゲノム創薬、を志向した独創的なものであり、高齢者炎症性肺疾患治療の戦略的開発展開を目指している。社会的重要性の高い高齢者炎症性肺疾患に対する治療薬開発は、社会医学・医療福祉・医療経済的にも莫大な貢献をなすものであり、厚生行政に寄与することが期待される。

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