文献情報
文献番号
200200144A
報告書区分
総括
研究課題名
紛争後の復興開発と平和構築に対する保健医療活動の役割に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
青山 温子(名古屋大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
- 喜多 悦子(日本赤十字九州国際看護大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 社会保障国際協力推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
4,900,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
研究全体の目的は、地域紛争後の開発途上国で実施されている保健医療分野の援助活動を平和構築の観点から分析・評価して、復興開発と平和構築支援として効果的な保健医療活動モデルを提案することである。平成14年度(第1年度)は、アフガニスタン及びパキスタンのアフガニスタン難民を対象として、地域住民の価値観再生と長期的平和構築に貢献できるような保健医療活動を提案するための、基礎データを蓄積することを目的とした。
研究方法
(1) 文献・資料調査
保健医療の全体的状況、社会背景と歴史的経緯等を分析するために、日本国内及びアフガニスタン・パキスタンで、①アフガニスタンの政治・経済・歴史・地理等、②健康指標・保健医療システム等、③国際機関・政府機関・NGO等による保健医療分野援助プログラム等、に関する文献・資料・情報を収集し分析した。
(2) 現地調査
①パキスタン: 2003年2-3月パキスタンにて、難民キャンプ(計5ヶ所)、国際機関(計5事務所)、NGO(計6団体) 等を訪問して、国際機関やNGOの支援による保健医療活動の状況、及び難民の背景や意識に関して調査した。国際機関・NGO等の関係者からは、難民支援・保健医療活動の状況についての説明を受け、資料を入手した。難民キャンプでは、ヘルスワーカーとして働いている難民等を対象に、面接調査及びグループ・ディスカッションを実施した。また、キャンプ内の保健医療施設や住宅等の状況を観察調査した。NGOの医療施設では、患者及びスタッフの面接調査をした。なお、面接及びグループ・ディスカッションに先立って、参加者には、現地語で本研究の趣旨を説明、研究協力を了承した参加者はインフォームド・コンセントに署名した。
②アフガニスタン: 青山は2002年4月、喜多は2002年3月と2003年1月に、日本政府派遣調査団の一員としてアフガニスタンに出張した。保健医療・教育施設等や生活の状況を観察、他援助機関の活動状況についても調査した。
(3) 研究協力
アフガニスタン国内で活動実績のある日本のNGO関係者から、保健医療事情に関する情報・資料の提供を受けた。また、紛争後地域の保健医療に関する国際的専門家の協力を得て紛争後地域保健医療活動の課題等についての情報を得た。現地人の専門家からも、現地情報に関する研究協力を得た。
保健医療の全体的状況、社会背景と歴史的経緯等を分析するために、日本国内及びアフガニスタン・パキスタンで、①アフガニスタンの政治・経済・歴史・地理等、②健康指標・保健医療システム等、③国際機関・政府機関・NGO等による保健医療分野援助プログラム等、に関する文献・資料・情報を収集し分析した。
(2) 現地調査
①パキスタン: 2003年2-3月パキスタンにて、難民キャンプ(計5ヶ所)、国際機関(計5事務所)、NGO(計6団体) 等を訪問して、国際機関やNGOの支援による保健医療活動の状況、及び難民の背景や意識に関して調査した。国際機関・NGO等の関係者からは、難民支援・保健医療活動の状況についての説明を受け、資料を入手した。難民キャンプでは、ヘルスワーカーとして働いている難民等を対象に、面接調査及びグループ・ディスカッションを実施した。また、キャンプ内の保健医療施設や住宅等の状況を観察調査した。NGOの医療施設では、患者及びスタッフの面接調査をした。なお、面接及びグループ・ディスカッションに先立って、参加者には、現地語で本研究の趣旨を説明、研究協力を了承した参加者はインフォームド・コンセントに署名した。
②アフガニスタン: 青山は2002年4月、喜多は2002年3月と2003年1月に、日本政府派遣調査団の一員としてアフガニスタンに出張した。保健医療・教育施設等や生活の状況を観察、他援助機関の活動状況についても調査した。
(3) 研究協力
アフガニスタン国内で活動実績のある日本のNGO関係者から、保健医療事情に関する情報・資料の提供を受けた。また、紛争後地域の保健医療に関する国際的専門家の協力を得て紛争後地域保健医療活動の課題等についての情報を得た。現地人の専門家からも、現地情報に関する研究協力を得た。
結果と考察
(1) 保健医療分野の問題
アフガニスタンにおける保健医療分野の問題は、背景にある紛争をはじめとした社会的要因等により以下のように大別される。①開発途上国に共通の問題 (急性呼吸器感染症・下痢症・マラリア・結核など各種感染症、栄養障害、妊産婦の健康問題等保健医療体制の不備による諸問題)。②長期間の紛争による国内の問題 (女性戸主・孤児の生活困窮と健康障害、戦争外傷とそれによる死・身体的障害、個人及び地域社会の精神的荒廃)。③難民の問題 (大量避難に伴う死・栄養障害・感染症流行、長期滞留難民と受入国の健康問題)。④タリバン時代に起因する問題 (女性の教育や社会活動の制限によって生じる女性に対する保健医療体制不足)。⑤タリバン後に生じた問題 (未統合の保健医療体制、調整不足の支援活動、空爆によって生じた問題)。このように、短期的直接的で技術的に対応可能な健康問題から、長期的間接的かつ文化的側面を持つため短期的技術的関与では成果が限られる問題まで、広範にわたっている。アフガニスタンの人々、とくに女性の健康を考える場合、過去数ヶ月もしくは数年程度の状態の調査による対応では、表面的で一時的なものに終わる危険性がある。また、長期間の紛争による地域社会の連帯感喪失、家族の分散と崩壊により、暴力的破壊的文化の出現していることが、精神的・社会的健康と平和構築の妨げになっている。
(2) 社会的背景の分析
多数の難民・国内避難民、保健医療、女性の社会的地位等、現在に続くアフガニスタンの諸問題は、米ソ冷戦時代に起因している。しかし、アフガニスタンは、歴史的にも多様な民族が分割された地域社会を形成していて、未だ統合された国家形態をなしていないと考えられ、これらの問題は、地域的・一時的ともいえる。各種機能の地域差は、地域の武力を持った指導者の意向にゆだねられている。現政権下での復興復旧活動も首都圏等ごく一部に限られており、全国規模とはいい難い。保健医療情報は断片的で、全国規模の状況を十分把握できてはいない。国際機関、NGO、政府機関による復興支援活動は、各組織の関心により計画されていて、未だ国家復興計画として統合されたものとはいい難い。
アフガニスタンには、知的で向上心が強く、厳しい時代にも専門性を維持するために努力を続けてきた人々がいる。しかし、保健医療・教育等諸分野の指導層の多くは、生活拠点をパキスタン等外国に置いており、各種社会機能がアフガニスタン国内に定着するにはなお時間を要する。現在でも避難を繰り返している人々は多く、対象を固定集団とみなした保健医療活動だけでは有効でない危険性がある。また、人々の移動に伴う感染症拡散についての配慮も必要である。
このような事態は、結局、治安状態が悪いことに起因している。治安確保は、援助する側の安全に関わる問題でもある。紛争や政治利権と直接関係しない保健医療のような分野であっても、治安により活動の継続性が左右されることを理解しておく必要がある。
(3) 現地調査
アフガニスタン本国訪問時、保健医療活動をはじめとした各種の復興開発支援によって、人々の心に希望が取り戻されつつある状況を確認できた。紛争下で継続されてきた保健医療活動が地域社会の再建に直接貢献したかは明確でなかった。
パキスタンでは、難民の面接、グループ・ディスカッション等を通して、保健医療活動が、(1)難民の精神的支援・価値観の再生、(2)対立する集団に属する難民相互の和解、(3)帰還後の復興開発に貢献できる人材の育成、に寄与しているかを検討した。すなわち、難民となったことにより本国では受けられなかった教育・訓練を受けたり、新しい考え方を身につけたりして、帰還後の復興開発に貢献できる人材が育ち、とくに女性は、文化的制約を離れて能力を開発できるのではないかと想定した。また、異民族の人々と経験を共有することにより、相互理解を深め民族対立を防止できるのではないかと考えた。
しかし、実際には、難民を対象とした活動は、概して緊急人道援助の域を越えず、帰還後役立つような教育や職業訓練は必ずしも組織的・計画的に実施されてはいなかった。受入国のパキスタンとアフガニスタンは文化的共通性があるため、女性たちは依然として日常生活上さまざまな制約を受けていた。難民状態が長期化しても、緊急人道援助の延長にある基礎的医療活動が中心で、難民の自立や帰還後の生活再建に役立つ地域保健・予防的活動に関する教育・訓練は十分ではなかった。
長期滞留難民のキャンプでは多民族が共存していて民族対立はなく、短期の難民は民族別キャンプのため異民族と交流する機会がなかった。一般民衆レベルでは、武力闘争に至るような民族間対立はもともと存在せず、政治的利権により対立が作られてきたと考えられた。他方、日常行動では同じ民族同士でまとまる傾向があり、共通の目的をもってチームとして仕事をする環境が与えられるべきである。
また、パキスタン人とアフガニスタン難民の健康指標は大差ないのに、難民キャンプの医療施設の方が、パキスタンの一般的公立医療施設よりも施設・人材とも充実していた。難民支援ばかりでなく、受入国の保健医療体制改善等も同時に進める必要があると考えられた。
本国の治安と経済状況が改善していないことを理由に、難民たちは現状では帰還を望んでいなかった。帰還を促進するには、難民受入国と同等程度に本国の治安状況が回復する必要があり、難民への人道支援から難民帰還地の復興開発と帰還経路の治安確保に、支援の重点を移すべきである。
長期的には、難民としての経験が、帰還後の生活と地域社会の再建に貢献するのではないかと考えられた。難民キャンプで養成されたヘルスワーカーたちは、帰還後も、地域社会再建と住民の健康改善のための働き手となることが期待できる。外部からの援助関係者と接したことが、英語を学んだり専門教育を受けたりするきっかけとなった人々もいた。また、難民たちは、女子教育にも前向きであった。
アフガニスタンにおける保健医療分野の問題は、背景にある紛争をはじめとした社会的要因等により以下のように大別される。①開発途上国に共通の問題 (急性呼吸器感染症・下痢症・マラリア・結核など各種感染症、栄養障害、妊産婦の健康問題等保健医療体制の不備による諸問題)。②長期間の紛争による国内の問題 (女性戸主・孤児の生活困窮と健康障害、戦争外傷とそれによる死・身体的障害、個人及び地域社会の精神的荒廃)。③難民の問題 (大量避難に伴う死・栄養障害・感染症流行、長期滞留難民と受入国の健康問題)。④タリバン時代に起因する問題 (女性の教育や社会活動の制限によって生じる女性に対する保健医療体制不足)。⑤タリバン後に生じた問題 (未統合の保健医療体制、調整不足の支援活動、空爆によって生じた問題)。このように、短期的直接的で技術的に対応可能な健康問題から、長期的間接的かつ文化的側面を持つため短期的技術的関与では成果が限られる問題まで、広範にわたっている。アフガニスタンの人々、とくに女性の健康を考える場合、過去数ヶ月もしくは数年程度の状態の調査による対応では、表面的で一時的なものに終わる危険性がある。また、長期間の紛争による地域社会の連帯感喪失、家族の分散と崩壊により、暴力的破壊的文化の出現していることが、精神的・社会的健康と平和構築の妨げになっている。
(2) 社会的背景の分析
多数の難民・国内避難民、保健医療、女性の社会的地位等、現在に続くアフガニスタンの諸問題は、米ソ冷戦時代に起因している。しかし、アフガニスタンは、歴史的にも多様な民族が分割された地域社会を形成していて、未だ統合された国家形態をなしていないと考えられ、これらの問題は、地域的・一時的ともいえる。各種機能の地域差は、地域の武力を持った指導者の意向にゆだねられている。現政権下での復興復旧活動も首都圏等ごく一部に限られており、全国規模とはいい難い。保健医療情報は断片的で、全国規模の状況を十分把握できてはいない。国際機関、NGO、政府機関による復興支援活動は、各組織の関心により計画されていて、未だ国家復興計画として統合されたものとはいい難い。
アフガニスタンには、知的で向上心が強く、厳しい時代にも専門性を維持するために努力を続けてきた人々がいる。しかし、保健医療・教育等諸分野の指導層の多くは、生活拠点をパキスタン等外国に置いており、各種社会機能がアフガニスタン国内に定着するにはなお時間を要する。現在でも避難を繰り返している人々は多く、対象を固定集団とみなした保健医療活動だけでは有効でない危険性がある。また、人々の移動に伴う感染症拡散についての配慮も必要である。
このような事態は、結局、治安状態が悪いことに起因している。治安確保は、援助する側の安全に関わる問題でもある。紛争や政治利権と直接関係しない保健医療のような分野であっても、治安により活動の継続性が左右されることを理解しておく必要がある。
(3) 現地調査
アフガニスタン本国訪問時、保健医療活動をはじめとした各種の復興開発支援によって、人々の心に希望が取り戻されつつある状況を確認できた。紛争下で継続されてきた保健医療活動が地域社会の再建に直接貢献したかは明確でなかった。
パキスタンでは、難民の面接、グループ・ディスカッション等を通して、保健医療活動が、(1)難民の精神的支援・価値観の再生、(2)対立する集団に属する難民相互の和解、(3)帰還後の復興開発に貢献できる人材の育成、に寄与しているかを検討した。すなわち、難民となったことにより本国では受けられなかった教育・訓練を受けたり、新しい考え方を身につけたりして、帰還後の復興開発に貢献できる人材が育ち、とくに女性は、文化的制約を離れて能力を開発できるのではないかと想定した。また、異民族の人々と経験を共有することにより、相互理解を深め民族対立を防止できるのではないかと考えた。
しかし、実際には、難民を対象とした活動は、概して緊急人道援助の域を越えず、帰還後役立つような教育や職業訓練は必ずしも組織的・計画的に実施されてはいなかった。受入国のパキスタンとアフガニスタンは文化的共通性があるため、女性たちは依然として日常生活上さまざまな制約を受けていた。難民状態が長期化しても、緊急人道援助の延長にある基礎的医療活動が中心で、難民の自立や帰還後の生活再建に役立つ地域保健・予防的活動に関する教育・訓練は十分ではなかった。
長期滞留難民のキャンプでは多民族が共存していて民族対立はなく、短期の難民は民族別キャンプのため異民族と交流する機会がなかった。一般民衆レベルでは、武力闘争に至るような民族間対立はもともと存在せず、政治的利権により対立が作られてきたと考えられた。他方、日常行動では同じ民族同士でまとまる傾向があり、共通の目的をもってチームとして仕事をする環境が与えられるべきである。
また、パキスタン人とアフガニスタン難民の健康指標は大差ないのに、難民キャンプの医療施設の方が、パキスタンの一般的公立医療施設よりも施設・人材とも充実していた。難民支援ばかりでなく、受入国の保健医療体制改善等も同時に進める必要があると考えられた。
本国の治安と経済状況が改善していないことを理由に、難民たちは現状では帰還を望んでいなかった。帰還を促進するには、難民受入国と同等程度に本国の治安状況が回復する必要があり、難民への人道支援から難民帰還地の復興開発と帰還経路の治安確保に、支援の重点を移すべきである。
長期的には、難民としての経験が、帰還後の生活と地域社会の再建に貢献するのではないかと考えられた。難民キャンプで養成されたヘルスワーカーたちは、帰還後も、地域社会再建と住民の健康改善のための働き手となることが期待できる。外部からの援助関係者と接したことが、英語を学んだり専門教育を受けたりするきっかけとなった人々もいた。また、難民たちは、女子教育にも前向きであった。
結論
アフガニスタンの保健医療分野には、開発途上国に共通な問題や紛争の直接的結果としての問題のように、比較的対応方法が明確な問題ばかりでなく、社会的背景が複雑に関与した問題も多い。保健医療分野活動の計画・実施にあたっては、社会状況・文化背景等の十分な調査が必要であるし、治安状況等にも留意する必要がある。
パキスタンのアフガニスタン難民に対しては、人道支援のみならず、帰還後の生活再建に役立つ支援が必要である。地域社会再生に貢献できるような人材を意識的に養成していくべきである。すなわち、難民を対象とした支援にも早い時期から復興開発・平和構築の視点を加えるのが望ましい。
パキスタンのアフガニスタン難民に対しては、人道支援のみならず、帰還後の生活再建に役立つ支援が必要である。地域社会再生に貢献できるような人材を意識的に養成していくべきである。すなわち、難民を対象とした支援にも早い時期から復興開発・平和構築の視点を加えるのが望ましい。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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