戦後日本の健康水準の改善経験を途上国保健医療システム強化に活用する方策に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200142A
報告書区分
総括
研究課題名
戦後日本の健康水準の改善経験を途上国保健医療システム強化に活用する方策に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
中村 安秀(大阪大学大学院人間科学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 石川信克(結核予防会結核研究所)
  • 佐藤寛(アジア経済研究所経済協力研究部)
  • 大石和代(長崎大学医学部保健学科)
  • 坂本真理子(愛知医科大学看護学部)
  • 藤﨑智子(Health and Development Service)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 社会保障国際協力推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
7,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
途上国からは第二次世界大戦後の急激な乳幼児死亡率の減少など保健医療指標の改善を経験したわが国の保健医療システムに学びたいという非常に強い期待が寄せられている。しかし、途上国では、文化、宗教、経済状況、交通手段、教育レベル、居住環境などの保健医療を取り巻く環境がわが国と大きく異なり、医師などの保健医療従事者の不足、医療施設や器具の貧弱さなど保健医療面での種々の問題を抱えており、日本の経験がそのまま現地で応用できるわけではない。日本の保健医療システムが発展してきた軌跡を科学的に分析することによりはじめて、国外でも援用できる普遍性をもつことが可能になる。
本研究では、わが国における戦後の健康水準の改善経験を途上国保健医療システム強化に活用するために、生活改善運動などの農村開発、結核をはじめとする感染症対策、母子手帳などの母子保健対策を中心に、戦後における保健婦、助産婦の活動についても科学的な検討を加えた上で、途上国の立場からそれらの日本での経験の応用可能性を検討する。
都市化と高齢化という戦後のわが国がたどってきた少子高齢化社会における保健医療問題はアジアではすでに現実の課題となっており、日本のたどってきた保健医療指標の改善の道筋を科学的に分析し途上国や国際機関に発信する意義は大きい。また、21世紀の地域保健医療の推進において、保健婦や助産婦の新たな役割が模索されているが、戦後からの成果を科学的に分析することにより、わが国の今後の保健医療改革の斬新なアイデアや指針が生じることが期待される。
研究方法
個別テーマごとに、従来の研究レビューと質的調査を実施した。具体的には、結核(政府の施策、保健所の役割、住民参加のダイナミックな関連を分析)、母子手帳(母子手帳の途上国への応用可能性に関する歴史学的記述研究)、助産婦(戦後の助産婦活動に関するIn-Depth Interview調査)、保健婦(戦後保健婦活動に関するIn-Depth Interview調査)、農村開発(戦後日本の生活改善運動などに関して、保健婦および生活改良普及員に対する聞き取り調査)の分野での調査研究を実施した。
また、平成14年度厚生労働科学研究社会保障国際協力推進研究事業国際シンポジウム「日本の保健医療経験の途上国への応用可能性について」(社会福祉法人恩賜財団母子愛育会主催:2003年3月)の開催に全面的に協力し、タイ・インドネシア・韓国からの専門家に対して本研究テーマに関するインタビュー調査を行った。
(倫理面への配慮)
今回の研究調査は、戦後の健康水準の改善経験を途上国保健医療システム強化に活用する方策に関する検討であり、直接研究の対象となるのは日本の保健医療関係者や途上国政府、国際機関などである。また、インタビュー調査などを行う際には、日本の保健医療関係者については合意を得てから実施する予定であり、相手国や国際機関に対しては依頼文書による了解を取ってから行うので、倫理上問題になることはないと思われる。
結果と考察
文献的レビューを行った結果、経済的にアメリカ合衆国よりもはるかに貧しかった時に、日本の乳幼児死亡率が米国を下回ることができた理由として、経済格差の少なさ、国民皆保険制度、母子健康手帳、健康診査とスクリーニング、子育ての社会的価値の高さの5項目を挙げた。しかし、残念ながら、これらの理由をEvidence-based Medicine (EMB)の立場から十分に説明できるだけの研究成果は見当たらなかった。このように、Retrospectiveな調査により、量的な相関関係を見出す試みは成功していないが、本研究のめざした質的な調査研究ではすでに興味深い知見が得られている。
戦後の保健婦活動において、「フロントラインワーカーとして、結果としてではあるにせよ、全責任をまかされることで、個々の保健婦の自由な発想で地域住民の生活ニーズに沿った活動を行うことができた側面」が強調され、「検診時の生活改良普及員の手助け、キッチンカー(栄養改善車)への生活改良普及員と栄養士の相乗り」など保健婦と生活改良普及員の連携事例が明らかとなった。このように、末端の農村レベルでは保健婦、生活改良普及員、教師などが自主的な判断に基づいて地元住民のニーズに即した工夫を行い、それが、現場レベルでの「マルチセクター・アプローチ」に繋がっていったのではないかと思われる。
これは、職務規定により仕事の内容を規定していくという従来の近代的組織の方法論ではなく、近年、欧米の社会福祉で注目されているフロントライン・ワーカーの自由裁量権(Discretion)のあり方に係わる問題でもある。今後は、戦後日本における保健婦、助産婦、生活改良普及員などのフロントライン・ワーカーの活動により注目していきたい。
結論
本研究の最終目標は、わが国における戦後の健康水準の改善経験に関する要因をEvidence-based Approachにより明らかにし、途上国の保健医療システム強化に活用するために、途上国の専門家の意見を取り入れた形の提言にまとめることである。本研究では、すでに数量的に分析された現存の研究成果のレビューを行うとともに、戦後の保健医療指標の改善に貢献した人びとに焦点を当て、インタビュー調査やフォーカス・グループなどの質的分析を行う。昭和20年代および30年代に、日本の地域保健医療を支えた世代の人々はすでに高齢(多くは70-80歳代)になっており、現時点で質的分析を行う緊急性は非常に高い。
本年度は、予定通り保健師、助産師、生活改良普及員などに対して多くのインタビュー調査を行うことができた。現在、その調査結果は分析中であり、近いうちに多くの知見が得られるものと期待される。
また、本研究班の特徴である「マルチセクター・アプローチ」についても、母子保健、農村開発、結核といった戦後の保健医療改善に大きな役割を果たした分野を横断して研究する取り組みは恐らくはじめてであり、今後の学際的な研究成果が期待される。最終年度には、それらの成果を英文で公表する予定であり、途上国や国際機関の関係者にも日本の戦後の軌跡を発信できる意義は大きい。

公開日・更新日

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