医療従事者における針刺し・切創の実態とその対策に関する調査(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200117A
報告書区分
総括
研究課題名
医療従事者における針刺し・切創の実態とその対策に関する調査(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
木村 哲(東京大学医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 木戸内清(名古屋市立衛生研究所)
  • 廣瀬千也子(日本看護協会看護教育・研究センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生労働科学特別研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医療従事者における針刺し・切創の発生はB型肝炎、C型肝炎、HIV感染症など血液・体液媒介性感染症の原因となる。医療従事者の健康を守るために、これらの事例の発生を極力減らすための対策・施策の充実が望まれている。そこで、本研究は我が国の針刺し・切創の状況を解析し、その実態に応じた効果の高い針刺し・切創防止対策等を見出すとともに、既存の対策の運用状況を精査し、その問題点を明らかにすることを通じ、より有効な運用法を見出すことを目的とした。
研究方法
調査作業は以下の3つのテーマに分けて推進した。
a)主任研究者木村らにより、EPINet法で集積された1996~2000年の全国のエイズ拠点病院での針刺し・切創の20,007件におよぶデータを分析し、我が国の針刺し・切創の実態把握を行い、有効な予防策を考察する。(木戸内、木村が担当)b)医療施設におけるリキャップの禁止、針捨て専用容器の使用、手袋の使用、肝炎等のワクチン接種等による職業上の感染防止策等、針刺し・切創防止対策の実施状況について、300床以上の病院および200床以上の病院から無作為に抽出した全国の医療施設1,800施設に対して調査票により調査し、現状での課題を明らかにする。尚、調査票の印刷、発送・回収および入力作業については業者に委託して行う。(廣瀬が担当)c)針刺し・切創防止安全器材の使用を連邦法化した米国における制度化までの状況について情報収集し、日本の参考にする。(木戸内、廣瀬、木村が担当)(倫理面への配慮)集計などに際しては施設、個人が識別できないよう予めコード化ないし無記名とし、発表に際しても施設、個人が同定されることのないよう十分配慮する。
結果と考察
研究テーマa、b、cにつき、それぞれ次のような結果が得られた。a)主任研究者木村らが行ったEPINet日本版によるエイズ拠点病院における全国調査では、1996年から2000年までの5年間分として、延べ921病院から20,007件の解析可能事例の報告が得られた。職種別では看護師によるものが65%で圧倒的に多く、次いで医師25%、検査技師2.4%、看護学生0.4%の順であった。しかし、看護師、医師のそれぞれの総数を考慮すると、針刺し・切創を起こしている比率は医師の方が高い。原因器材では通常の中空針が28%で最も多く、次いで翼状針21%、縫合針11%の順であり、通常の中空針と翼状針の2器材で全体の半数を占めた。通常の中空針ではリキャップ時の事故が最も多く、リキャップせず廃棄するのが妥当と思われた。翼状針では使用後廃棄までが最も多く、次いでリキャップ時であった。従って翼状針ではリキャップ禁止にすると、その後廃棄までの事故が逆に増加する虞れがあるので、安全装置付器材の必要性が明確となった。リキャップ時の針刺しは、注意していても起きてしまうことが明らかとなった。報告率が10~15%と推定されたことから実際には年間30~40件/100床の針刺し・切創が発生していると考えられ、日本全体では年間45万~60万件の事例が発生していたことになる。この数字は看護師および医師2人に1人が毎年針刺しを経験していることを意味している。b)全国の病院における針刺し・切創対策の実態調査では300床以上の病院1,613施設、200~299床の病院から無作為抽出による187施設、計1,800施設に調査を依頼し、961施設から回答が得られた(回収率53.4%)。調査の結果、過去3年間に殆どの施設で針刺し・切創の事例が発生しており、この3年間に実際に針刺し・切創による職業感染を発症した事例は7.4%の施設で経験されていることが明らかになった。事故防止の対策として、リキャップは89%の施設でマニュアルにより禁止されているが、aで述べた通り、実際にはリキャップによる事例が最も多く、マニュアルが遵守されていない。このことはマニュアルに沿った職員研修が不十分であることを示しており、医師に対する研修は35%未満でしか行われておらず、看護師に対する研修も新入職時に限られている状況がそれを裏付けている。また廃棄容器の設置場所に問題が多く、安全器材を1種でも導入している施設がわずか55%であった。針刺し・切創の調査は62%の施設でしか行われておらず、そのデータを職員にフィードバックし、予防に役立てているのは更にその半数以下である。このような現状を改善する必要がある。針刺し・切創予防対策の担当者が感染対策に精通した人物(ICD、ICNなど)である場合は対策が良く守られており、教育や情報のフィードバックも行われているが、そうでない場合には不十分であることが示された。また職員の肝炎の抗体検査を行っていない施設も少なくなく、HBVワクチンを実施していない施設が17%であった。汚染血液を特定し得た針刺し・切創について公務・労務災害の申請をしているとした施設はわずか
21%であり、申請に対する認識に差が見られた。c)アメリカの状況調査では、行政の関わりが日本とは大きく異なっていることが明らかとなった。アメリカでは肝炎の問題に加え、1980年代半ばにHIV感染症/エイズが急増し、その結果、医療従事者が針刺し・切創によりHIVに感染する事例が生じ、安全対策に対する関心と要望が高まった。多くの州で各医療機関に安全装置付器材を使用するよう義務付けることが議会で取り上げられ、1998年にカリフォルニア州が州法でこれを決定した。その後、20近くの州で同様の州法が成立したが、2000年11月、当時のクリントン大統領がサインし、連邦法としてThe Needlestick Safety and Prevention Actが制定され、全米の全ての医療機関に安全器材の使用を義務付けることとなった。これによりアメリカでは針刺し・切創が更に減少するものと期待されている。日本としても見習うべき対応である。針刺し・切創に関する今回の解析の結果、全国で毎年45万~60万件の針刺し・切創が発生していることが示され、実際にこの3年間で7.4%の施設で肝炎などが発生していることが明らかとなった。アメリカではこれまでに約200名の医療従事者が針刺し・切創、粘膜曝露によりHIVに感染している。毎年日本で発生している約50万件の針刺し・切創に対する十分な対策を講じなければ、このような悲劇が日本でも繰り返されることになる。対策マニュアルが多くの病院で整っているにもかかわらず、年間45万~60万件の針刺し・切創が生じている背景には、日常の教育・啓発が不十分であることが挙げられるが、注意していても発生することは避けられない実態も明らかとなった。このことから安全装置付き器材の導入が推奨される。人員面では専任の担当者が重要で、ICD、ICNの常勤化、専任化が望まれる。このような人員面および器材面の充実には一見費用がかかり、経営を圧迫するかの如き誤解があるが、実際に感染が生じた場合の医療費、補償などの諸費用を考えると、予防の方がかえって経済的であるとされている。
結論
1)日本全体で1年間に45万~60万件の針刺し・切創が発生しており、医療従事者は常に職業感染の危険に曝されている。2)対策の実態を見ると、マニュアルは作られているが、その遵守のための教育・啓発が不十分である。3)教育・啓発と共に安全装置付き器材の導入が必要である。4)各施設に対策を推進できるICDやICNなどを置く必要がある。5)アメリカでは全医療機関に安全器材の導入を連邦法で義務づけたが、日本でも安全器材の使用について行政指導することが望ましい。

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