医療の質と外科手術の技術集積性に関する研究

文献情報

文献番号
200200116A
報告書区分
総括
研究課題名
医療の質と外科手術の技術集積性に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
長谷川 敏彦(国立保健医療科学院)
研究分担者(所属機関)
  • 長谷川友紀(東邦大学医学部専任講師)
  • 平尾智広(香川医科大学衛生・公衆衛生学助手)
  • 鈴木一夫(秋田県立脳血管研究センター疫学研究部長)
  • 岡本直幸(神奈川県立がんセンター臨床研究所研究第三科長)
  • 北村能寛(国立保健医療科学院協力研究員)
  • 池田奈由(国立保健医療科学院協力研究員)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生労働科学特別研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
3,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
今、医療の質と安全性に関する関心は、国際的な広がりを見せ、WHOにおいても、昨年度の執行理事会で世界共通の課題と位置づけられた。日本国内でも、1999年の某大学病院における患者取り違え事故以降、安全性と質に関する関心は急速な高まりを見せている。国際的にはアメリカやオーストラリアを中心に、医療の質に関する研究は、強力に推し進められており、実態の把握から改善の方法まで、研究開発が進められている。一方、日本では残念ながらこの分野の研究が遅れており、特に質の研究に関しては皆無に等しい。国民の医療の質の改善に対する期待を勘案すると、まず、医療の質の実態に対する本格的な調査が必要と考えられる。そこで、本研究の目的は、第一に医療の質を定義し、第二に質のばらつきを分析、例えば手術件数と死亡率などの相関分析を行った。
研究方法
1.医療の質の先行研究に関するレビューと定義の検討:これまで行われたウェンバーグらのメイン州での医療の質のばらつきに関する研究や米国を中心に行われてきた手術件数と技術集積に関する研究について文献的考察をおこなった。2.手術件数の時系列的変化の分析:医療施設調査の個票を用い、7つの手術に関して1984年から3年ごとに1999年まで取り扱い件数ごとに施設数と手術件数を集計し比較した。取り扱った手術は、開胸心臓手術、開頭手術、悪性腫瘍全般、肺がん、胃がん、乳がん、大腿骨骨折・人工関節である。3.胃がん学会データ分析:(データの収集)1963年から1990年まで30数年間に亘って、胃癌の詳細な疾病ステージの情報と治療法、そして予後の追跡がなされてきた。このデータベースは、登録の責任者であった三輪氏の努力、そして300数施設の胃癌治療を代表する施設によって支えられてきたものである。34年に亘る登録件数のうちから、性年齢、手術術式、顕微鏡的ステージ、手術日のデータを備えているものを抽出し、さらにその中で、顕微鏡的手術例のみ、生存者が80%以上追跡されている施設のみの患者を抽出した。(統計的分析)これらを1963年から1973年までを第1期、1974年から1982年までを第2期、1983年から1990年までを第3期とし、各施設毎にその期間全体の取扱平均症例数と、それぞれの期間における取扱症例数を計算し、個人のデータに変数として追加した。また、90日以内死亡を短期の手術死亡とし、その生存者が5年生きたものを5年生存者として、個人のデータに変数として追加した。まず生存の分析にはカプランマイヤー法を使い、1から24、25から48、49から72、73件以上ずつの施設に分けて、短期生存と長期生存を比較した。ついで3期毎にコックスハザード法を用い、性、年齢、手術術式、ステージを説明変数として加え調整を行い、手術件数とそのハザードとの相関を検証した。4.秋田脳卒中分析:(データの収集)秋田県地域脳卒中登録のデータベースを分析にもちいた。その中で、性年齢、発症日、病経、発症時の意識の状態、発症時の麻痺の状態に関する情報が存在するものを収集した。各病院の年間の平均手術件数を算出し、個票に変数として追加した。また、30日以内の死亡について、その情報を個票に追加した。(統計的分析方法)死亡のリスクについて、ロジスティック回帰を用い、性年齢、くも膜下出血梗塞の病経、意識の程度の4分類(明瞭、傾眠、半昏睡、昏睡)、麻痺の有無を用いて、症例件数が死亡率に与える純粋な影響を検定した
。5.福井データ:(データの収集)大阪府の地域がん登録のデータを使用手続きを経て、共同研究者大野の使用許可の下に分析を行った。大阪府は最も大きな人口をカバーし、最も長い歴史を持つデータベースである。但し大阪市の登録人口においては限定的なものである。地域がん登録のデータについて施設番号がん部位ステージ90日死亡並びに5年生存について抽出した。福井県地域がん登録データは、人口カバー率はそれほど高くないものの、登録精度が高いこと、追跡が良好であることで知られている。そこで大阪府と同様の手法で、データ抽出を行った。(統計的分析方法)84年から96年の手術登録のうちから90日生死および5年生死が追跡されているものを分析対象とする。さらには、性年齢、手術術式、顕微鏡的ステージ、手術日のデータを備えているものを抽出した.疾病毎に84年から96年の平均手術件数、性年齢、顕微鏡的ステージを説明変数、90日生死および5年生死を被説明変数としたロジスティック回帰を行い、症例件数が死亡率に与える影響を検定した。6.肺がんの分析:(データの収集)肺がん学会は、学会の主題報告として、1987年に行われた全ての手術について、病理、ステージそして生死の予後、特に92年における5年生存の可否が学会加盟組織から報告され、それをデータベース化した。本分析につかわれたデータベースは、学会の許可を得て分析したものである。(統計的分析方法)手術登録のうちから90日生死および5年生死が追跡されているものを分析対象とする。さらには、性年齢、顕微鏡的ステージ、を備えているものを抽出した.年間50症例以上の施設をハイ・ボリュームそれ未満の施設をローボリュムとしたダミー変数(high=1)、性年齢、顕微鏡的ステージを説明変数、90日生死および5年生死を被説明変数としたロジスティック回帰を行い、症例件数が死亡率に与える影響を検定した。尚、分析対象は絶対治癒または相対治癒の客体に限られる。
結果と考察
1.医療の質の先行研究に関するレビューと定義の検討:
医療の質はメソポタミア時代から人類の関心事であり、かつて英国のナイチンゲールや米国のコッドマン教授が先駆的にその評価と改善を試みた歴史はあるが、近代的な質の程度的評価は1970年代のダートマス大学のウェンバーク教授を待たなければならない。さらに、手術件数と技術集積は1980年代以降進められ、特に90以降極めて盛んとなる。したがって本研究は、近年の国際的潮流の中に位置し、日本では先駆的な研究といえよう。2.手術件数の時系列的変化の分析:手術の集中度をみると、開頭手術については月4例以上が54%と、開心手術に比べると集中度が低い。かつ15年の間に手術件数の集約傾向は見られない。一方開心手術は、施設数は症例数の多い施設に集約されつつあるが、患者数の集約性はみとめられない。悪性腫瘍について全体は不明確であるが、肺がんは施設、手術件数においても集約性が確認される。月4例以上手術を行っている手術は30%に至らず、開頭や開心に比べ、集約度は低い。胃がん、乳がんにおいても施設、症例ともに集約度が高まっている。また大腿頚部、人口股関節についても集約度が高まっているといえよう。3.胃がん学会データ分析:(時系列分析)30数年間に亘る胃癌登録の実績は、延べ87588件数である。術式別で、短期の死亡率、5年生存率は68年頃からの死亡率の改善が認められる。また、5年生存率も75年頃から改善されている。(量、結果、効果の判定)カプランマイヤー法によって予備的分析をした結果では、ボリュームと結果の間に相関が認められた。さらにコックス回帰で分析した結果は、各期に共通してボリューム・エフェクトが統計的に認められた。4.秋田脳卒中分析:(ロジスティック回帰分析)サンプル期間を84年から89年、90年から01年の二つに分割し、症例件数が死亡率に与える影響をロジスティック回帰で分析した。性年齢、意識、麻痺で調整した手術件数の30日死亡率当たりの影響は、サンプル前半の全脳卒中の症例件数オッズ比は0.993、サンプル後半のそれは0.979、そして全サンプルで0.985となり、何れも5%水準で有意であった.このことより、統計的有意に手術死亡率と負の相関があることが証明された。次に手術件数を任意の値でハイ・ボリューム施設とそうでない施設の2つに分類した場合の分析も試みた。5.大阪・福井データ:(ロジスティック回帰分析)[大阪]疾病毎に84年から96年の平均手術件数、性年齢、顕微鏡的ステージを説明変数、90日生死および5年生死を被説明変数とし、症例件数が死亡率に与える影響をロジスティック回帰で分析した。性年齢、意識、麻痺で調整した手術件数の90日死亡率当たりの影響は、胃、結腸、肝、膀胱、肺で統計的有意に認められた。5年死亡率の分析では、胃がんをはじめ9部位のがんで技術集積性が統計的に確認された。加えて、手術件数を任意の値でハイ・ボリューム施設とそうでない施設の2つに分類した場合の分析も試みた。[福井]疾病毎に84年から96年の平均手術件数、性年齢、顕微鏡的ステージを説明変数、90日生死および5年生死を被説明変数とし、症例件数が死亡率に与える影響をロジスティック回帰で分析した。性年齢、意識、麻痺で調整した手術件数の90日死亡率当たりの影響は、胃がんのみ統計的有意に認められた(オッズ比0.996)。手術件数の5年死亡率当たりの影響は胃がん、結腸、膀胱、泌尿器(前立腺、膀胱、腎)、咽頭喉頭、乳、胆肝膵そして子宮頸部で手術件数が5%水準で有意であった。このことより、5年生存率は手術技術集積性に影響を受けることが示唆された。加えて、手術件数を任意の値でハイ・ボリューム施設とそうでない施設の2つに分類した場合の分析も試みた。6.肺がんの分析:(ロジスティック回帰分析)件数ダミー、性年齢、顕微鏡的ステージを説明変数、90日生死および5年生死を被説明変数とし、症例件数が死亡率に与える影響をロジスティック回帰で分析した。性年齢、意識、麻痺で調整した手術件数の90日死亡率当たりの影響は件数ダミーによって判断される。90日生死の場合、件数ダミーオッズ比が0.644(10%有意)、5年生死のそれは0.796(5%有意)であった。この研究結果は、ハイ・ボ
リューム施設で手術を受けた患者は相対的に術後生存率が高くなることを統計的に支持するものである。
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結論

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研究報告書(紙媒体)