薬毒物分析の精度管理と分析技術者育成に関する研究

文献情報

文献番号
200200107A
報告書区分
総括
研究課題名
薬毒物分析の精度管理と分析技術者育成に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
屋敷 幹雄(広島大学大学院医歯薬学総合研究科法医学研究室)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生労働科学特別研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
2002年7月、中国製ダイエット用健康食品を摂取して多くの肝障害患者が発生していることが明らかとなり、9月には中国(南京)において日本で使用されたことのない殺鼠剤を揚げパンなどに混入した事件が起こり、多数の死者や中毒患者が出た。また、1998年7月、和歌山で発生した毒物混入カレー事件の後も毒劇物混入事件や薬毒物による自殺企図が多く、救命救急センターへ搬入される患者が増している。これらの化学物質を摂取して中毒が生じた際に、適切な治療をおこなうためには迅速で正確な中毒起因物質の究明が必要である。すでに、高度救命救急センターや主要な救命救急センターには毒劇物分析装置が配備されているが、分析技術は未熟であり、治療や研究に分析機器を活用するには、分析技術者の育成が急がれる。また、分析技術者の育成と平行して、医療機関によって諸検査値に差がないように分析の精度管理が必要とされる。しかし、これらの精度管理は中毒事故(事件)による生体中の薬物および毒物分析においては殆どなされていない。適切な治療指針に必要な検査値を得るために、また、どの地域にあっても平等な治療が受けられるために、検査環境の充実と教育が必要である。本研究は、毒劇物による中毒事故(事件)に対応できる分析担当者の分析技術の向上を図るとともに、各施設の分析精度を管理することを目的とする。
研究方法
1)化学物質の特定と薬毒物分析の実態調査および精度管理
毒劇物分析機器が配備された救命救急センター(高度救命救急センター8施設を含む)73施設およびそれ以外の救命救急センター92施設(合計165施設)の分析技術者を対象として、化学物質を特定する訓練のために、人為的に薬物を添加した生体試料を配布し、薬毒物分析の実態調査および分析精度調査を行う。参加募集は、各施設長宛に案内を送付し、参加意志が確認できた施設へ検査試料を配布する。
全国労働衛生団体連合会(以下、全衛連)等の精度管理調査では、検査対象となる化合物が定められている。しかし、救急医療現場における薬毒物分析では、検査対象薬物が不明な場合が多いため、本調査では、①全衛連の調査と同様に検査薬物を指定する場合と、②検査薬物を指定しない場合の2方法で行う。対象薬毒物は、日本中毒学会分析委員会が提唱した15種類の化合物(中毒研究, 12, 437-441, 1999)のうち、急性中毒事例の多い、パラコート、アセトアミノフェン、有機リン系農薬(フェニトロチオン)、催眠薬(ペントバルビタール)、無機化合物(ヒ素)の5種類を対象とする。試料を配布して1ヶ月後に分析結果と意識(アンケート)調査結果を回収し、集計・解析を行う。集計した解析結果やアンケート結果は、報告書として参加者全員に配布する。
また、本調査では、毒劇物分析機器の配備対象とならなかった施設も多数あることから、分析機器を所有していなくても定性分析ができることを啓蒙する目的で、有機りん系農薬検出キットとアセトアミノフェン検出キットを全165施設へ配布した。
2)インターネットによる中毒に係わる分析情報提供の充実
分析技術者は各施設で各自の考えによって検査結果を出しているが、検査試料の前処理法、検査機器、分析カラム、溶媒、分析条件などについて不安を抱いている者が多い。日々遭遇する中毒例についていつでも対応できる相談相手が必要である。薬毒物分析結果を受領後、メーリングリスト(ml-trial)を通じて、参加者全員で実態調査の問題点などについてディスカッションを行い、理解を深める。また、自らが経験した事例を紹介し、原因物質の特定、推奨する分析法などの情報を交換する。蓄積したデータを中毒情報ネットワークのホームページに掲載する。過去の発言データを蓄積し、データベース化を試み、後から参加した人にも長年更新してきた中毒に関する情報を見ることができるように整備する。
結果と考察
本研究の調査対象165施設のうち、参加を希望した施設は82(49.7%)であった。参加しないと連絡があった施設は43(26.1%)であり、連絡なしの40(24.2%)を含めると全体の半数(83施設)であった。参加しない理由の大半は、分析機器がなく薬毒物分析の経験がないというものであった。また、本調査が平成10年度毒劇物解析装置配備事業対象施設を対象としたものであると勘違いし、「何故、当施設が対象になるのか」とのクレームを寄せる施設もあった。
前回の調査では、平成10年度毒劇物解析装置配備事業の対象となった高度救命救急センターと救命救急センターは73施設であったため、単純な比較はできないが、薬毒物同定に関しては、調査回数を重ねることで技術レベルの向上が見られた。また、定量を実施している施設も増加し、配備機器の有効活用が認められた。しかし、ヒ素に関しては、検出技術の向上が認められず、使用法を含めた技術講習会の追加・検討の余地がある。
今回、分析機器を所有していない施設からも参加の希望があったが、概ね①機器を必要としない分析法(迅速検出キット)の有用性、②分析機器の有用性、③薬物標準品の必要性、④精度管理の必要性が導かれた。詳細は、以下の通りである。
①キットの有用性
今回、検査試料配布と同時に3種のキット(アセトアミノフェン検出キット、有機りん系農薬検出キット、Triage)を配布した。パラコートではハイドロサルファイト反応が、ヒ素ではラインシュ法やモリブデンブルーによる発色法などの簡便な検査法が知られているが、血清中パラコートの同定率は66%、水溶液中ヒ素の同定率は59%であった。キットを配布した3種の薬物の同定率は、血清中アセトアミノフェンが90%、尿中フェニトロチオンが87%、尿中ペントバルビタールが78%と高く、配布したキットの有用性が示唆された。
②分析機器の有用性
呈色反応や免疫的検査法を利用したキットは、交差反応が主であり、化合物の特定までできるものは数少ない。したがって、化合物の同定(特定)および定量を行うには、機器による分析が必要となる。今回の調査で同定・定量している施設は、血清中パラコート54、血清中アセトアミノフェン76、尿中フェニトロチオン47、尿中ペントバルビタール20、水溶液中ヒ素48であった。以上のように、機器を所有している施設での同定・定量実施率は高く、機器配備の有用性が示唆される。
③薬物標準品の必要性
今回、アセトアミノフェン、フェニトロチオン、ヒ素については、標準品を配布した。これらについては、同定・定量実施率がペントバルビタールに比して高く、標準品配布の有用性も明らかとなった。一般の検査室では、何時起こるともしれない中毒に対応するために、各検査室単位で配備しておくには資金的、場所的に困難であり、また、標準品の管理体制の面でも支障がある。これらを解消するためにも集約的に標準品を配布する施設の整備が望まれる。
④精度管理の必要性
定量値が報告された施設のみについて、定量値のばらつきについて考察する。定量値の評価方法については、種々の方法が提示されているが、ここでは添加量の±20%値を許容範囲と見なす。許容範囲に入っている比率は、パラコート33%、アセトアミノフェン60%、フェニトロチオン24%、ペントバルビタール29%、ヒ素34%であった。
また、参加者全員でディスカッションできるようにインターネット環境を整え、メーリングリストにて意見交換を行った。現在までに、「定性および定量分析の必要性は?」、「どこまで分析を行うのか?」、などの意見が出され、議論が活発に行われている。これまで「分析など」と考えていた参加者も分析の必要性を認識し、治療方針決定の一助にできるよう分析環境が整えられるとともに意識の変化も見られた。
結論
本研究成果により、救命救急センター等に配備された機器の有効活用が認められた。機器の配備された施設の6割程度で血清中パラコートと尿中フェニトロチオンの定量を実施していた。また、7割以上で血清中アセトアミノフェンの定量を実施していた。しかし、定量値のばらつきが大きく、検査施設で得られた分析結果を治療方針に生かすには、本研究を継続的に実施し、国内のいずれの施設においても許容範囲内の定量値が得られ、治療方針の一助とできるように、さらなる分析技術レベルの向上、分析者の教育が必要である。
本研究の成果によって、全国の主要となる高度救命救急センターなどにおける薬物分析レベルを向上・維持するだけでなく、国民の健康維持や医療費の削減につながり、厚生労働行政に資するところは大きい。病院業務内での協力体制の確立が必要であるとともに、救命救急に携わる施設長や医師の意識改革が必要であり、治療方針を決定するには、客観的な分析結果が必要であるとの意識を持たせることが重要である。当然のことながら、分析者自身の意識を変えることも必要である。

公開日・更新日

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