ヒトゲノム・遺伝子解析研究における倫理的・法的・社会的問題に関する調査研究

文献情報

文献番号
200200101A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒトゲノム・遺伝子解析研究における倫理的・法的・社会的問題に関する調査研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
塚田 俊彦(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 福嶋義光(信州大学医学部)
  • 巽純子(近畿大学理工学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生労働科学特別研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国におけるヒトゲノム・遺伝子解析研究において、研究試料等の提供者及びその家族の遺伝情報を扱うことにより起こりうる倫理的・法的・社会的問題を認識してこれを防ぎ、研究を円滑に推進するため、平成13年に、文部科学、厚生労働、経済産業の3省による「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(3省共同指針)」が告示された。また、社会や研究者がヒトゲノム・遺伝子解析研究に理解を深め、指針の遵守に役立つよう、3省共同指針に関するホームページが公開され、国内の研究機関における倫理審査委員会の設置状況や、研究者から寄せられる疑義に対して、3省に設置された指針運用窓口の回答を掲載している。本研究では、平成14年度に新たに登録された倫理審査委員会の状況と、共同指針の運用に際して研究者が抱く疑問点を把握するとともに、指針の解釈等についての統一見解並びに関連する情報を整理し、これらをホームページに公表することにより、共同指針の円滑な運用を目指す。また、本指針を諸外国の研究者に提示し、国際共同研究の円滑な遂行や、研究成果の国際学会誌等における発表を促進するため、本指針の英語翻訳版を作成する。
また、共同指針に遺伝カウンセリングに関する項目が盛り込まれたため、大学病院や国立医療機関を中心として、遺伝子診療部門が設置されつつある。本研究ではその現況と問題点を明らかにする。
ヒトゲノム・遺伝子解析研究の円滑な推進のためには、ゲノムや遺伝子及び科学研究に関する正しい知識を一般社会に広く敷衍する必要がある。本研究においては、医学や先端科学技術に関する情報を一般社会に効率良く提供する方法を探る。
研究方法
3省共同指針の運用状況に関する調査研究では、共同指針に関して、ヒトゲノム・遺伝子解析研究を行う国内の研究機関から寄せられる疑義問い合わせと、これに対する政府の回答を整理した。これらの情報を三井情報開発株式会社に委託して、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針ホームページ」(http://www2.ncc.go.jp/elsi/)に毎月更新するかたちで掲載した。
3省共同指針の英語翻訳は、平成13年度厚生労働科学研究費補助金による特別研究事業「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針の運用に関する研究」(主任研究者:山口建)において作成された英文粗訳を、米国の遺伝子解析研究者(Dr. S. Wang, アイオワ保健機構ヒト遺伝子治療研究所スタッフ研究者)及び生命倫理学者(Dr. D. Keyworth, Drake大学名誉教授、Dr. J. McCrickerd, Drake大学助教授)の助言を受けて改訂した。また、国内の遺伝子解析・倫理学の専門家(武藤香織信州大学医学部講師、白井泰子国立精神・神経センター精神保健研究所室長、徳永勝士東京大学大学院医学研究科教授、土屋貴志大阪市立大学大学院文学研究科助教授、佐藤恵子和歌山県立医科大学教養部講師)と翻訳検討会を開催し、さらに電子メールによる情報交換により改訂作業を進めた。法律名や省庁名の英訳に関しては、厚生労働省大臣官房厚生科学課を通じて、政府関係者の意見を求めた。
遺伝子診療の現況に関する調査研究では、遺伝子解析をすでに研究・診療の場面で行っていると考えられる特定機能病院を中心に、大学病院80施設と国立医療機関5施設を対象としたアンケート調査を平成14年度厚生労働科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業)「遺伝子医療の基盤整備に関する研究」班(主任研究者:古山順一)と合同で行い、その結果をもとに遺伝子診療を実践する際の諸問題を検討した。
また、先端科学技術とこれに関わる倫理問題の広報を、インターネットを介して行い、その有効性を検討した。方法としては、遺伝子解析に関わる先端技術とその倫理問題のWebページの作成、及びWebページの一つであるダウン症データライブラリの利用状況の解析を行った。
(倫理面への配慮)
本研究においては、直接人体や動物を対象とする実験的研究を行わない。また、特定の個人や集団に関する情報を扱う調査を行わない。共同指針に関する疑義問い合わせの内容及び質問者の公表に際しては、質問者の身元を確定できないよう配慮した。
結果と考察
3省共同指針の運用状況に関する調査の結果、平成14年度中に新規登録された倫理審査委員会は39件、3共同指針に関する疑義問い合わせは16件であった。その内容等は、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針ホームページ」(http://www2.ncc.go.jp/elsi/)に公表した。3省共同指針に基づく倫理審査委員会の新規登録数、及び指針に関する疑義問い合わせ数は、いずれも平成13年度と比較して約3割程度に減少した。指針に関する疑義問い合わせ数の減少は、研究者の抱く疑問の多くが共通しており、以前に寄せられた疑義に対する回答をホームページで参照することにより、研究者側で問題を解決していることを反映している可能性がある。一方、新たな倫理審査委員会の登録数の減少は、遺伝子解析研究を行う研究機関においては、指針に準拠した倫理審査委員会の設置がほぼ完了しつつあることを示している可能性が考えられる。
3省共同指針の英語翻訳版を作成した。これを公表することにより、今後の国際共同研究や国際学会誌上での発表の際などに、我が国の生命倫理問題に関する基準を示す文書の一つとして活用されると思われる。一方、英語翻訳版作成の検討会等において、日本語で書かれた指針自体に曖昧な表現が見当たる等、将来改訂すべき箇所が指摘された。研究者等からの疑義問い合わせがあった箇所ともあわせて、指針改訂の際の検討課題にすべきものと考えられる。
遺伝子診療部門に関するアンケート調査では、アンケートを依頼した85施設中75施設から回答を得た(回答率88%)。その内、すでに遺伝子診療部門を設置した施設は33(44%)、計画中の施設は28(37%)、あわせて61施設(81%)であった。一方、遺伝子診療部門を設置する予定のない施設は14施設(19%)にとどまった.以上の結果より、我が国においても急速に遺伝子診療部門が立ち上がりつつあることが明らかになった。遺伝子診療は、遺伝や遺伝子の情報を適切に医療の場で用いるための診療行為である。これを進めていく上で重要なことは、問題解決を望む個々人の「自発性と自己決定」であり、診療方針決定に際しては、他の人から強制されることがあってはならない。また遺伝子診療は他の医療行為と同じく当事者の幸福のために行われるのであり、国家や次世代のために行われるのではなく、個々人の遺伝子情報の厳格な守秘を可能とする診療体制を構築しなければならない。遺伝子診療は主治医対患者という従来の医療の枠組みだけで行うことは困難であり、種々の専門家が協力するチーム医療としての取り組みが必要である。従来、我国においては遺伝子診療のシステム作りが極めて遅れていることが指摘されていたが、今回の調査で明らかになったように、現在急速に大学病院を中心として遺伝子医療部門の組織作りなど、遺伝子診療の基盤整備が進められていることが明らかになった。今後さらに、すでに設立されている遺伝子診療部門の実態と課題について、調査内容を詳細に検討し、遺伝子診療の基盤整備に求められる課題を明らかにするとともに、各大学病院・医療機関の遺伝子医療部門間の情報交換を行うための組織作りが必要である。
インターネットを介した情報伝達の有効性の解析に関して、Webページ(http://www.sainet.info/work/20030214/u0000.html)を作成した。また、既存のダウン症データライブラリの利用推移について解析を行った。その結果、一般の非専門家が利用する場合は、初期には基礎知識を利用するが、その後「医療」を経て「生活」へと利用先が変化する傾向があった。一方、専門家は「リンク情報」の利用が増え、他の情報源を見つけ出すための足場としてライブラリを活用する様子が把握できた。一般にインターネットは情報提供者からの垂れ流し状態に終わることが多いと考えられるが、今回の調査では、インターネットによる情報提供は、情報の受け手を把握し、その動向を調べることにより、社会のニーズや問題を把握することができる可能性が示された。遺伝子解析研究に関しても、インターネットは社会の理解を得るための情報開示や広報に有効な方法と考えられるが、単に情報の提供だけでなく、提供側が受け手のフィードバックを受けることにより、情報内容や提供法を一層有用で効果的なものに改善できる可能性がある。
結論
本研究では、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究の倫理指針」に関わる疑義とこれに対する回答や、指針に準拠した倫理審査委員会の設置状況に関して、ホームページによる情報公開を行うとともに、指針の英語翻訳版を作成した。また、全国的に遺伝子診療部門が立ち上がっていることが明らかになった。さらに、遺伝子解析研究が社会に理解されるための情報伝達手段として、インターネットが有効であることを示した。

公開日・更新日

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