保育園におけるB型肝炎集団発生の感染状況に関する調査研究

文献情報

文献番号
200200083A
報告書区分
総括
研究課題名
保育園におけるB型肝炎集団発生の感染状況に関する調査研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
山本 匡介(佐賀医科大学内科学助教授)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生労働科学特別研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
この度、われわれは偶然、我々の施設に約半年の間をおいて入院したジアノッティ病の幼児2名が、同じ保育園に在籍していることに気づき、さらに他にも急性肝炎で入院した園関係者例や他院に入院したジアノッティ病の幼児の存在から、この保育園でB型肝炎が侵淫している可能性を考え、調査した。なぜなら200名程度の一つの集団でほとんど同時期に複数名の患者の発生は珍しく、この感染様式を明らかにすることは、今後のこの集団における対策を立てる上での重要な資料になるのみならず、一般社会でのB型肝炎の感染対策を考える上で資するところがあると考えたからである。
研究方法
園児・職員を併せて180名程度の保育園で、当院小児科に入院したジアノッティ病の発端者の園児を含め6名の既感染者の存在が確認され、同保育園での水平感染の可能性が考えられた。
そこで在園児および勤務する職員を対象に、HBs抗原およびHBs抗体検査を施行した。HBs抗原またはHBs抗体が陽性のものについてはHBe抗原およびHBe抗体も同一の検体で測定した。採血は2002年5月下旬に一回目を、2003年2月から3月にかけて二回目を行なった。またセロコンバージョンを起こしていると、HBs抗原もHBs抗体も共に陰性になる時期が存在し、見落としてしまう可能性を考えて、一回目の全検体でHBc抗体を測定した。
これらの抗原陽性者の血清でPCR法によりウイルスの塩基配列を決定したが、一部の対象者は急性肝炎を発症し、入院した時期に採取した血清を用いた。得られたウイルスの塩基配列から分子系統樹を作成して比較した。(名古屋市立大学大学院臨床分子内科学、溝上雅史教授により行われた)。
また、2000年4月から2002年5月までの間にこの保育園に勤務していた職員および園児でHBs抗原、HBs抗体、HBe抗原、HBe抗体のいずれかが陽性のものを症例と定め、そのうちHBV-DNAが園関係者と一致したものを確定例、検査が不可能であったもの(例えば抗体があり、血中にウイルスが存在しないもの)を疑い例とした。陽性であった園児および職員の発症当時の園内での保育状況、既往歴や生活状況、合併症および他の医療機関への受診歴について、面接して聴き取り調査を行なった。上述の定義にあてはまる既感染者を、全園児・卒園児の18名と職員6名の2グループに分けた。対照をHBs抗原、HBs抗体、HBe抗原、HBe抗体のすべてが陰性の園児30名と職員17名とした。これらの感染者のリスク要因につき単変量解析を行った(国立感染症研究所 FETP、逸見佳美先生、大山卓昭先生により行われた)。
倫理面への配慮:この保育園では0歳から6歳までの小児が在園しており、また職員は保育士と調理関係の職員が勤務している。保護者には予めB型肝炎に関する説明会を行い、採血に関しては文書で同意を得た。文書にはこの採取した検体がB型肝炎の検査についてのみ用いられることを明記した。
結果と考察
結果=保護者から文書で同意を得ることのできた園児から2002年6月に採血を行なった。対象者は一名を除いた在園児139名であった。この一名は一回目に採血を行う三ヶ月前に手術を受けており、そのときHBs抗原は陰性であった。採血を受けなかった残りの園児6名は発症したり、HBs抗原が陽性になったりして、すでにフォローをうけていた。
また平成12年度および13年度の卒園児63名より採血を行った。理由は2001年春に他院で手術を受けた際にキャリアーであることが判明した園児の存在より、感染は2002年以前からあった可能性が考えられたためである。これら卒園児のうち、連絡が取れたもので、かつ同意が取れたものである。
結果、対象者は在園児139名、職員52名、卒園児63名(結果は連絡が取れた者全て)であった。平成14年5,6月の採血でHBs抗原または抗体が陽性のものは254名中、24名であり、うちHBs抗原が陽性のものは8名、HBs抗体が陽性のものは16名であった。HBc抗体は急性肝炎を発症して入院した3例を除き陰性で、感染がかなり以前から起こっていたことが判明した。
このうち園関係者A(以下Aと略記)については10年以上前からキャリアーであることがわかっており、また、実母がすでに肝癌で死亡していることより、母児間の垂直感染であった可能性が強く示唆された。このAを含めた9例ではs領域部分での塩基配列は完全に同一であった。急性肝炎を発症した園関係者Bについては、急性肝炎で入院した時期の血清を用いて調べたウイルスの塩基配列は異なっていた。
疫学的調査では、感染した園児が、特定の医療機関に通院していた事実はなかった。聴き取り調査により、母子手帳により母親のB型肝炎に関する感染状況を確認し、園児の皮膚の湿疹様病変の状況を調べた。感染が確認された園児13名中6名がアトピー性皮膚炎を有し、一部のものは時に掻破して糜爛が見られていた。またAにも長期間にわたって、時に掻破して出血するほどの時期があったことが判明した。
「出血および浸出液を伴うアトピー性皮膚炎」を有することの、有さないことに対するオッズ比は4.3であった。その他には「その他の皮膚(水痘、とびひ、熱傷や帯状疱疹等の皮膚症状)がある」こと、「湿疹」、「平成13年度に1歳児クラスに在籍していた」ことや「平成14年度に2歳児クラスに在籍していた」ことが有意であった。
この保育園では2002年6月から希望者にHBワクチン接種を勧めていた。同年8月の時点でワクチン2回接種者は99名であり、全園児のおよそ三分の二にあたる。残り約三分の一のものは接種していなかった。接種は一般的方法で行ったが、2003年2月の採血の時点で、二回目まで施行し、後は施行していない例もあった。二回目の採血で、新規にHBs Ag陽性となった園児の有無を調べた。この時点ではHBs抗原陽性となった、すなわち新規感染園児はいなかった。
考察=現在、本邦でのB型肝炎ウイルスのキャリアーの割合は1%程度とされているが、今回の保育園における発症、ならびに感染者の率は在園児で9.4%と、現在のわが国の状況からは大きく乖離しており、それゆえ感染経路について検討することは重要な意義を持つと考えられる。
調べた結果、すでに感染が判明していた6名のほかに、新たに1名のキャリアーと計18名の抗体保有者の存在が明らかになった。従来、B型肝炎の感染経路は(1)輸血などの血液(製剤)を介して、(2)キャリアーの母体からの出生時の垂直感染、(3)性交渉により、感染することがほとんどすべてであると考えられているが、今回(1)は聴き取りによる既往歴から完全に否定され、(2)は母子手帳で確認したが、いずれの園児の母親もHBs抗原は陰性であったことから極めて確率は低い。(3)に関しても否定できる。従来のわが国でもっとも多い原因の一つとされる、医療機関での注射針の使い回しなどによる感染を除外するために聴き取り調査行なった。結果、園児が受診した医療機関は共通したものはなかった。これらより従来のルートによる感染は可能性が低いと考えられた。
ウイルスの塩基配列を決定した結果、園児では一名を除き7例で園関係者Aと全く同一であった(園関係者Bはその母親もキャリアーで母子感染と考えられた)。これは起源が同じウイルスが伝搬していることを示すものである。
塩基配列が同一で、Aのみが年齢が高いこと、B型肝炎ウイルスは一種類のみであることから、この園関係者からの感染であると考えられた。「出血および浸出液を伴うアトピー性皮膚炎を有すること」のオッズ比は優位に高かったが、「湿疹」に限ってもオッズ比は高く、また湿疹はAも園児もともに見られていた。しかしながらすべての感染者に常に湿疹が見られたわけではないので、感染経路をすべてこれに帰することはできないが、園児の年齢からして密接な接触をして遊ぶことにより感染が成立したことは十分に推測される。またHBc抗体陰性が多く、比較的長い期間にわたって感染が起こったと考えられた。
この保育園では年齢ごとに、一年ずつ、園児の年齢で部屋が分けられ保育をするようになっている。感染が認められた園児では、同じ部屋のものが多く認められた。感染経路として(1)Aから園児へ全例、直接感染した場合、(2)Aよりまず一部の園児への感染が起り、さらにその感染した園児から他の園児への感染が起った場合の二つが考えられるが、いずれかは特定できなかった。
文献的には、米国でキャリアーの園児が噛みついてうつった可能性のある、保育園に通っていた4歳の一例や、急性B 型肝炎を発症した女性の、4歳になる息子がキャリアーであり、重症の湿疹が手足に見られていたこと、そしてその息子のベビーシッターがキャリアーであった例が報告されている。しかし、このような集団感染の発生についての文献的報告は見出しえなかった。
二回目の採血では新規の感染者は見当たらなかったが、掻破した湿疹をもつ園児はごく日常的に見られる。また小児であることより、密接に接触して遊ぶことは不可避と言わざるを得ない。今後とも新しい感染者が発生しないか慎重に見守っていく必要がある。
近年、掻破するような湿疹(アトピー性皮膚炎を含め)が増加していること、国際交流が活発になり、多くの人々がHBVの高侵淫地域である東アジアなどからわが国にやってきて居住していることを考えると、新たな感染を防ぐためには他国でされているように、ワクチンをすべての小児を対象に、早い時期に接種することを今一度、検討するべきである。
結論
今回の集団感染は、キャリアーであった園関係者から感染したと考えられること、その感染経路の一つとして、掻破し出血した湿疹を介した感染の拡大の可能性が示唆され、これは従来知られていた以外の、特異な、しかし注目されるべき重要な感染経路であると思われた。(集団)感染を防ぐためには、ワクチンを早い時期に接種することを今一度、検討すべきである。

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