公的扶助システムのあり方に関する理論的・実証的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200057A
報告書区分
総括
研究課題名
公的扶助システムのあり方に関する理論的・実証的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
後藤 玲子(国立社会保障・人口問題研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 橘木俊詔(京都大学教授)
  • 八田達夫(東京大学教授)
  • 埋橋孝文(日本女子大学教授)
  • 菊池馨実(早稲田大学教授)
  • 勝又幸子(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 阿部彩(国立社会保障・人口問題研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
8,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、公的扶助システムの機能と実態、社会保障システム全体における位置づけと役割に関して、理論的、実証的に分析することを目的とする。研究の第一の柱は、日本の生活保護受給者や低所得者の実態を実証的に分析し、今日的な意味における「貧困」の実態と公的扶助プログラムの効果を明らかにすることにある。第二の柱は、他の社会保障制度(年金・医療・失業保険・介護保険・福祉サービス)や公共政策(教育・雇用・住宅)との補完性・連関性を明らかにすることにある。研究の第三の柱は、諸外国で着手されている公的扶助制度改革、ならびに、関連する経済学・哲学的議論を広く参照する一方で、我が国の実態に即した観点から、公的扶助システムのあり方について考察することにある。
研究方法
本研究は次のような分析視角を持つ点に特徴がある。第一に、公的扶助を孤立した制度として捉えるのではなく、他の社会保障制度や公共政策と相互連関性をもつシステムとして捉えること。第二に、公的扶助の受給を帰結として捉えるのではなく、プロセスにおいて捉えること。換言すれば、公的扶助受給者自身のライフ・ステージの中での公的扶助の意味(役割)に着目すること。昨年度は、①公的扶助と他の社会保障制度や公共政策との連関を捉える基本的な視座の設定、②アメリカやヨーロッパの公的扶助改革の動向と「社会的排除」など新しい概念の研究、③障害者の就労インセンティブと公的扶助に関する他国の制度の調査、④貧困・福祉の概念に関するタウンゼントの相対的剥奪理論とアマルティア・センの潜在能力理論の比較検討などを行った。その成果を踏まえ、本年度は、公正性と善という2つの観点から問題を再整理したうえで、次の5つの活動に取り組んだ。1)経済哲学のモデル・ビルディングの手法を基調に、財政学・労働経済学の知見をもとに公的扶助を支える経済・財政システムを再構成すること、2)権利と公共の利益に関する法哲学・政治哲学・憲法・厚生経済学の議論を参照しつつ、公的扶助を支える法規範システムを再構成すること、3)<善き生>に関する哲学理論と福祉に関する全国意識調査(2000人)をもとに、公共的かつ熟慮的な支持を獲得しうるような<困窮>と福祉の観念を探ること、4)受給者とそれ以外の人々との間にあって両者を反省的に捉える位置にある福祉ケースワーカーの意見を聴き、1)、2)、3)に反映させること。5)就労によって自立と自活が困難である「障害(碍)者」において所得の一部をなす公的扶助システムにおける給付とその他福祉サービスの実態を面談調査で調べること。
結果と考察
公正性の観点は次のような問題を提起する。通常、リスクの複合化・累積化による<困窮の>発生は一部の人々に偏りがちであり、<困窮>に至る経路には個人的な要因(個人的性質や習慣、態度など)が入り込むため、組織的あるいは地域的な保険・互助・共済の論理は成立し難い。<困窮>状況に陥った者は、既存の集団のメンバーシップ(経済的な貢献や保険料の拠出)を失うばかりか、社会的にも道徳的にも(例えば民間アパートへの入居を拒否される、福祉の処遇において道徳感情的な差別を受けるなど)既存の集団から排除される傾向にある。このような場面で要請されるのが、<公共的な(pubic)>相互扶助システム、すなわちすなわち、特定の集団や組織・共同体の利益やメンバーシップを越えて、異質で多様な個人の参加を許容する一方で、私的利益の観点(期待効用最大化あるいは個人の異時点間配分の観点)
からは必要性をもたない個々人の参加(拠出)によってはじめて存立しうるシステムである。だが、はたしてそのようなシステムは人々の合意のもとで成立可能なのだろうか。個々人の私的利益の相違あるいは道徳感情や規範意識の多様性を超えた合意を形成することができるのだろうか。現実には、各国の公的扶助制度は国籍、定住その他の要件をもって給付資格を制限する傾向にある。あるいは、受給それ自体が明示的なシグナルとなって政治的、社会的な差別を助長する側面が否めない。それはなぜだろうか。他方、善の観点は次のような問題を提起する。公的扶助システムは、<困窮>している個人の福祉(自立的な諸機能)の促進という個人的な目標(善)にコミットする点に特徴がある。ところで、価値の多元性を尊重する現代民主主義社会の特徴は、個々人の困窮あるいは福祉の内容がきわめて多様である一方で、評価の基軸それ自体が多元化していることにある。はたして、何をもって<困窮>とし、どのような福祉を目標とすべきかに関する合意を形成しうるのだろうか。これら2つの観点に基づく上記5つの活動成果の詳細は別冊の報告書に収録した諸論文に譲るとして、ここではその要諦を簡単に記そう。まず、①福祉に関する意識調査から、医者・歯医者にかかれること、死亡・障害・病気・老後に備える保険料を必需と考える人の割合が所得の多寡に関わらず高い(家財を上回る)こと、ただし、年齢層や学歴の相違、それに伴う生活慣習や人生の目標設定の多様性が必需の観念にも影響を及ぼすことが明らかにされた(調査の方法・結果の概要については分担研究者報告書参照のこと)。②福祉観念の多様性に配慮しつつ、3つの自由(市民的自由・政治的自由・福祉的自由)を尊重するためには、<ニーズ基底的>システム(それはさらに、公共サービス提供システム、リスク(損害に対する部分的・一律的な)補填システム、基本的福祉の保障システムに分けられる)と<貢献配慮的>システムをバランスづける多層的かつ体系的な相互提供システムが要請される。ここで<相互提供システム>とは、個々人の顕示的選好の均衡としてある資源分配をもたらし、便益と負担との間の個人別衡平性を保証する市場システムとは異なるシステムであり、市場システムを補完する役目を果たす。③<公共の利益>を、私的利益とは異なる公共的観点に基づく熟慮的判断として位置づけることによって、3つの自由(市民的自由・政治的自由・福祉的自由)の実効領域を適正にバランスづけるような経済システムとその形成を促す政治システム(公共的討議の場や意思決定手続きを含む)が構想される。
結論
福祉に関する意識調査からは、現在の日本社会においては「社会的必需品」についての一般的なコンセンサスが得られているといることが確認された。ただし、ケースワーカーのヒアリングからは、世帯類型や地域差を考慮することの重要性が指摘された。例えば、現在の生活保護水準に関して、農村部では、それは一般の人々の生活基準を上回るのに対し、都市部・中核都市においては社会的な繋がりをもつために充分とはいえない現状がある。また、彼ら自身の抱く道徳観が、生活保護制度の受け止め方に影響を及ぼすことが確認された。例えば、就労と生活保護の関係についても、一方で、就労可能な被保護者が少ない現状がありながら、母子世帯においても、幼い子供を残して就労することについての賛否は個々人の価値観によって異なってくる。本年度得られた成果はいずれも、問題のエッセンスを捉えてはいるものの、基本的骨子を描くに留まっている。最終年度は、改良された調査方法に基づくより大規模な実態調査を行うことにより、また背景的理論の研究を深めることにより、本年の成果をさらに深化・発展させることに努めたい。来年度は、理論的に構成された<相互提供システム>モデルを、給付要件と方法(資源の拠出と財の給付との間の対応関係のあり方)、参加資格と範囲(システムへの参加およびシステムの改訂プロセスへの参加要件のあり方)という2つの観点から精緻化し、シミュレーションを可能とする数理モデルとして定式化することに努めた
い。また、このようなモデルを現存する日本の諸保険制度や公的扶助制度と具体的に関連づけることによって、社会保障制度の体系的改編に関して一定の方向性を出したい。さらに、本年度実施した調査の方法や質問票を改善し、より的確かつ大規模な調査を行い、それをもとに現代日本において人々が公共的に合意する福祉観念を抽出したい。また厚生労働省生活保護課が進めている生活保護受給者・低所得者に関する実態調査の結果と合わせて、現代日本社会における<困窮>とは何かを明らかにしていきたい。

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