実質社会保障支出に関する研究-国際比較の視点から-(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200046A
報告書区分
総括
研究課題名
実質社会保障支出に関する研究-国際比較の視点から-(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
清家 篤(慶應義塾大学商学部)
研究分担者(所属機関)
  • 宮島 洋(東京大学)
  • 勝又幸子(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 宮里尚三(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 山田篤裕(慶應義塾大学)
  • 上枝朱美(国立社会保障・人口問題研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
-円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
OECDでは、「実質社会支出」(Net Social Expenditures)の研究を進めており、その重要性は平成12年に報告書をまとめた「社会保障構造の在り方について考える有識者会議」においても指摘された。社会保障費の国際比較では、給付のみならず税制や民間への権限の委譲等など、総合的な「移転」をみる必要がある。本研究では社会保障給付と税制やその他周辺の私的給付の関連と実態について検討する。
研究方法
各分担研究者がそれぞれの関心に基づく研究をおこなった。方法はそれぞれの研究により異なるが、文献に基づくサーベイ、ヒヤリング等の調査(国内および海外)、インターネットなどからの情報収集を方法とした。
結果と考察
1.〔日本における社会支出実質化推計に関する考察〕税制におけるわが国の社会保障全体の給付規模を表す指標の一つとして「社会保障給付費」があげられる。この社会保障給付費は、ILOが行っている社会保障費用調査の基準に基づき集計を行っているものであるが、OECDにおいても社会支出データベースを作成しており、社会保障の規模に関する国際比較に際し、これらの統計が使われることが多い。現行のOECD SOCXデータベースは、粗(グロス)の社会支出に関する情報を提供しているが、Net Social Expenditureの研究プロジェクトは、現行のSOCXデータベースにおける以下の3点に関する調整を行った指標を作成することを目的とする。① 税制の影響の考慮(税制優遇、給付への直接税、給付を原資とする消費にかかる間接税)② 義務化された私的社会支出の考慮③ 任意の私的社会支出の考慮2.〔韓国における社会支出の動向と雇用に及ぼす波及効果に対する分〕1997年の通貨危機以降、社会支出に関する政府及び国民の関心が高まったことにより、社会支出の規模は毎年増加している。それゆえ、社会保険などの社会支出費に対する企業の負担はますます増加している傾向がある。三つに分けて、研究を行った。まず、1997年以降の公的社会支出の変化を分析し、二番目に租税の影響を加減した純社会支出とOECD加盟国の中で最も高いと言われる民間社会支出の種類と規模を論議する。三番目に韓国において非正規労働者の規模を把握した後、社会支出の増加が非正規労働者の雇用に及ぼす影響を分析する。1997年以降の「公的社会支出の動向」については、1997年前後の社会保障政策の変化を比較分析した。「純社会支出と民間社会支出の動向」については租税の影響を加減した純社会支出を計算し、法定退職金、寄付金、宗教団体の活動などをインタビュー調査に基づいて論議を行った。「非正規労働者の実証分析」については企業の雇用と福利厚生費などに対する公表データを利用して時系列分析を実施した。 分析の結果、1997年の通貨危機を前後として雇用保険、国民年金、医療保険、生活保護制度などの適用範囲と保険料などが拡大されることによって、社会支出の規模は拡大された。また、他のOECD加盟国と違って、韓国、また、日本は粗社会支出と純社会支出の規模に大きな差はないことがわかった。その主な理由としては、OECD加盟国の中で日本と韓国の粗社会支出に付加される税制はもっとも低く、租税優遇措置は高いことがあげられる。韓国は他のOECD加盟国に比べて民間の社会支出が最も高く通貨危機以降の1998にはその割合が53%まで上ったものの、それ以降、公的社会保険及び公的社会保障制度拡大政策により、1999年民間の社会支出が占める割合は41%まで下がった。マクロデータの分析結果、社会保険などの公的支出の拡大政策は企業の雇用に影響を及ぼし、正規労働者の雇用を減らし、その代わりに非正規労働者の雇用を増やすことがわかった。このような回帰分析は、韓国の企業が政府の福祉拡大政策による法定社会保険料の負担から発生する財政的な負担を減らすために、今まで雇用した常用労働者(正規労働者)を減らし、その代わりに労働費用が相対的にかからない臨時労働者と日雇労働者(非正規労働者) をより多く雇用していることを間接的に説明している。しかし、今回の分析は制限されたマクロデータを利用した試論的なものであり、企業別特性など、他の要因は反映
されていないという点で限界を持っている。そこで、今後は企業のデータを利用したより細かい分析を実施する必要がある。 1997年の通貨危機以降、社会保障拡大政策により社会支出の規模は毎年増加している。特に公的社会
支出の増加によって、今まで大きな割合を占めていた民間社会支出の規模が減ったことが大きな特徴であるといえる。また、企業の雇用は法廷福利費など、社会支出の増加に強く影響を受けることがわかった。このように公的社会支出の規模がこれからも継続しつづけるならば、正規労働者の規模は現在よりもさらに減少する可能性がある。一方、社会保険加入率の低い非正規労働者の雇用が増加することは、全体的に社会保険の加入率を低くして、公的社会支出の拡大による福祉国家達成という政府の理念に逆行する恐れがある。3.〔アメリカにおける住宅給付について、地方自治体における住宅給付について〕地方自治体における公営住宅の状況等、および国際比較のためにアメリカの低所得者向け住宅給付について研究を行った。日本での借上住宅の増加と同様に、アメリカにおいても公共住宅の直接建設から、税制面での優遇措置による民間事業者による低所得者向け住宅の建設が増加していることが明らかとなった。さらにアメリカでは、家賃補助の一つの方法として、住宅サービスを就労と結びつけたWelfare to Work (WtW) Housing Voucher Programが行われている。これは、tenant-basedであるため受給者が自らの雇用、保育や移動などのニーズにあった住宅を選択可能である。実施には住宅局と他のサービス提供者との連携が必要であり、それがプログラム開始後に促進されている状況が明らかとなった。4.〔カナダとアメリカのマイクロ・シミュレーション・モデルの応用について〕本研究では、租税や社会保障給付の制度変更が所得分布等に及ぼす効果を定量的に分析するために近年頻繁に用いられるようになったマイクロ・シミュレーション・モデルについての概略を述べるとともに、マイクロ・シミュレーション・モデルを応用した研究についてまとめた。実質社会保障支出の推計には税控除や社会保障拠出控除等の把握が必要となるが、マイクロ・シミュレーションはそれらの定量的把握に有用な情報を提供できる。本研究では実際に日本のマイクロ・データを利用してマイクロ・シミュレーション・モデルを構築することはしないが、マイクロ・シミュレーション・モデルを応用した研究を概観することで、日本における実質社会保障支出の推計の精度を高めるための基礎資料を提供することが本研究の目的である。 カナダにおけるマイクロ・シミュレーション・モデルの研究とアメリカにおけるマイクロ・シミュレーション・モデルの研究を概観した。まずカナダにおけるマイクロ・シミュレーション・モデルについて述べることにする。実質社会保障支出の実際の推計には静的マイクロ・シミュレーション・モデルを応用することが望ましいので、最初に静的モデルであるGupta、Kapur and McGirr(2000)の研究について、次にカナダの動的モデルであるDYNACANについて述べることにする。DYNACANは動的モデルであるが、長期保険である社会保障制度、特に年金制度に関しての分析を緻密に行える利点を持っている。アメリカにおける研究は動的マイクロ・シミュレーション・モデルを応用して社会保障制度と世代内格差に関する分析が多く行われている。Gokhale and Kotlikoff(2002)とLiebman(2002)の研究を概観する。こ研究からマイクロ・シミュレーション・モデルが社会保障改革の分析に有益な情報を提供することが分かる。
結論
前年の公開講座で指摘された問題点のいくつかについて、本年度の各研究の中明らかになった。日本のデータについては、初めての実質支出推計の限界が、税制データ情報の開示の不足に規定されている事実として認識された。社会保障の周辺部分としてのデータの整備については、各地方自治体でおこなわれている実態の調査をさらに全国的な規模に広げておこなうことの必要性が認識された。今後は日本においても他のサービス提供者との連携も含めて、総合的な住宅給付の提供を考えることが必要ではないかと考えられる。その他外国のデータについては、各国の制度事情や統計上の表現に留意しながら、より個別の国の国内の経済社会事情およびそれに対応した各国政府の社会政策に
着目した研究が参考になることがわかった。韓国については、経済状況の急激な変化が大きく政策の転換をもたらしたことと、雇用における産業界の動きが政策に大きく影響されることなど、日本の今後の動向に示唆となる実態がわかった。

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