新医薬品の保険収載における医療経済評価の反映方法に関する研究

文献情報

文献番号
200200045A
報告書区分
総括
研究課題名
新医薬品の保険収載における医療経済評価の反映方法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
坂巻 弘之(医療経済研究機構)
研究分担者(所属機関)
  • 池田 俊也(慶應義塾大学医学部)
  • 望月 眞弓(北里大学薬学部)
  • 速水 康紀(医療経済研究機構)
  • 廣森 伸康(医療経済研究機構)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
6,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
研究の目的と背景=医療の技術革新は目覚しく、新たな着想に基づく画期的ともいえる医薬品が相次いで登場してきている。その一方で、高度な医療技術に基づく医薬品は高額な費用が追加されることも多く、追加費用にみあうだけの健康成果を生み出しているかといった医療の効率性の評価が求められるようになっている。こうした学問領域が医療技術の経済評価であり、そのなかでも医薬品による費用と健康成果とを同時に計測するものを「薬剤経済学」とよんでいる。わが国でも、中医協薬価専門部会において薬価算定における薬剤経済学の反映方法の研究に着手することが提言され、これまで、諸外国における当該領域の導入状況、日本における研究・取組み状況、薬価算定における反映方法についての研究が行われてきた。その結果、薬剤経済学は、公定価格設定、保険収載の意思決定に加え、医療現場での標準的な医療の実践、医薬品採用など幅広い機会において利用され得ることが明らかとなった。しかしながらこれまで、わが国においては、薬価算定での議論が中心で、保険収載の意思決定、あるいは医療機関や医療現場での活用についてはあまり注目されてこなかった。そこで、本研究においては、医薬品使用効率化において薬剤経済学の利用のあり方を明らかにしていくことを目的に以下の調査・研究を実施した。なお、本研究は2年研究として実施したものである。
研究方法
研究結果=(1) 諸外国における薬剤経済学の利用状況 薬剤経済学を医薬品政策に導入した嚆矢の国であるオーストラリアならびにニュージーランド(1年目)、薬剤経済学研究ガイドラインが策定され、薬剤経済学の多様な利用が進んでいると考えられる米国(2年目)を対象に、医薬品政策のみならず保険者・医療機関における薬剤経済学の利用方法、利用状況についての調査を行った。【オーストラリア】医薬品政策の決定過程に薬剤経済学を取り入れた世界最初の国である。オーストラリアの外来における薬剤給付は、PBSリスト(給付医薬品リスト)に収載されている医薬品が対象となるが、PBSリストへの収載可否は医薬品給付諮問委員会(PBAC)によって判断される。企業にはPBACへ薬剤経済学データの提出を義務付けており、提出されたデータはPBAC及びその下部組織である経済小委員会(ESC)によって分析される。この分析結果に基づいた勧告は、給付医薬品価格設定委員会(PBPA)において決定される収載価格にも反映される。現在使用されている薬剤経済学ガイドラインは1995年に公表された第2改訂版であるが、そこでは分析手法として費用‐効果分析(CEA)もしくは費用‐効用分析(CUA)を推奨している。調査時点においては第3改訂版を作成中である。【ニュージーランド】ニュージーランドでは医薬品政策の決定過程において、薬剤経済学データの提出を企業に義務付けてはいないが、1993年に設立された医薬品管理局(PHARMAC)に対し企業は薬剤経済学データを任意で提出できる。PHARMACは、外来における給付医薬品リストへの収載可否の判断及び企業との価格交渉を行う役割を担っており、そのプロセスの中で薬剤経済学分析は重要な考慮事項の一つとなる。1999年にPHARMACは薬剤経済学ガイドラインを公表しており、そこでは分析手法として費用‐効用分析(CUA)を推奨している。【米 国】米国では、全国民を対象とした公的医療保険は存在せず、公的保険のひとつであるメディケア(高齢者と一部の障害者を対象とした医療保険制度)においては一般に外来処方薬が償還対象外になっている。他の医薬品も公定価格は存在しない。国民の大
多数は民間医療保険に加入しており、ここではマネジドケアが主流となっている。マネジドケアでは薬剤使用効率化の手段の一つとしてFormularyを作成しており、近年Formularyコントロールにおける資料として薬剤経済学が使用されている。Academy of Managed Care Pharmacy(AMPC)ではFormulary作成のためのガイドラインを公表し(2002年10月第2版)、その中で薬剤経済学データの利用を推奨している。本ガイドラインは、マネジドケア、医療機関において一部使用がすすんでいる。医療機関内では薬剤師が医薬品使用の効率化に関与し、現場で薬剤経済学の考え方を用いて医療コストの計測を行っているなど、米国では薬剤経済学が多様な目的で利用されている。(2) わが国における医療現場での薬剤経済学利用可能性の検討①肺炎に対する抗菌剤使用についての遡及的カルテ・レセプト調査(1年目、2年目)都内一般病院 呼吸器科(以下、A施設)、および神奈川県下特定機能病院 呼吸器内科(以下、B施設)において、2000年4月1日以降に入院し、2001年3月31日までに退院した肺炎治療を目的に入院した症例について、診療録、診療報酬請求書などから臨床的データ、経済的データを調査し、Marrieのパス1) を利用して抗菌薬の注射薬投与から内服への切り換えによる抗菌性注射薬投与日数の短縮および薬剤費削減の可能性について分析した。なお、事前に当該医療機関の倫理委員会に諮り、本研究の倫理性に関する評価を受けた。対象はA施設22例、B施設28例であり、抗菌性注射薬の平均実投与日数はA施設8.1日±4.1日、B施設10.6日±4.0日であった。一方、パスを適用し推定した平均投与日数はA施設0.7日±1.9日、B施設1.6日±3.6日と算出され、それぞれ7.4日、9.0日短縮し、両施設とも実日数と推定値の間に統計的有意差があった(Wilcoxon符号付順位和検定:P<0.001)。抗菌性注射薬の実費用の平均は、A施設30,073±16,504円、B施設42,707±34,924円で、推定費用の平均は、A施設で4,721±5,453円、B施設で11,226±23,855円となり、両施設とも実費用に比べて推定費用は有意に低くなった。②クリティカルパスを用いた薬剤師による抗菌薬治療への介入研究(2年目)Marrie*のパスを用いて薬剤師が市中肺炎患者の抗菌薬治療に介入することが抗菌性注射薬投与日数の減少、薬剤費の削減に対して効果があるかを検討するために、プロスペクティブな介入研究を行った。2002年10月15日~同年12月末日までの入院例を対象に、パスを用いて患者を評価し、①抗菌薬の注射薬投与から内服への切り換え基準、または②退院への基準を満たした場合、カルテに付箋を貼る等の方法により適宜主治医に連絡する方法により介入を行った。対象は介入群10例、対照群10例であった。抗菌性注射薬投与日数は、主治医Aで介入群10.4±2.7日、対照群10.7±4.0日、主治医Bで介入群5.0±0.0日、対照群5.7±2.4日となり、介入により主治医Aでは0.3日、主治医Bでは0.7日の投与日数の減少がもたらされた。薬剤費は主治医Aで介入群37,016±21,591円、対照群54,763±24,343円、主治医Bで介入群22,040±1,075円、対照群31,241±16,449円となり、介入群において、主治医Aは17,747円、主治医Bは9,201円減少した。なお、いずれの減少も統計的有意差はなかった。*Marrie T, et al. JAMA. 2000;283:749-755.(3)国内外の公表された研究論文についての批判的吟味①海外の薬剤経済学論文の批判的吟味(1年目)The Health Economic Evaluations Database(HEED)を用い「pneumonia」で検索した結果、377件の論文がヒットした、このなかから原著論文、抗菌剤の評価を主として実施している論文を選び出し、39件を批判的吟味の対象とした。分析手法では、費用-効果分析7件、費用最小化分析5件、費用成果記述11件などであり、研究タイプとしては、遡及的分析11件、RCTによるもの9件などであった。②国内薬剤経済学論文の収集と検討(2年目)医学中央雑誌データベースを用い、効率的に薬剤経済学研究論文を検索するための検索式を開発した。1987年から2002年までの論文を検索し、薬剤経済学に関連する原著論文を257論文検索することができた。これらの論
文抄録から検索目的に合致しているものを選択し、「陽性適中率」を検討したところ、43%であり、そのうち薬剤に関するものが全体の39%(23論文)であった。
結果と考察
研究により得られた成果の今後の活用・提供=本研究から得られた成果と今後の活用については、以下のとおりである。①医薬品政策における薬剤経済学の利用の基本的考え方は、新薬が価格に見合うだけの価値があるかを判断し、もって保険収載、価格設定の参考とすることで、政策プロセスの説明責任ならびに一層の透明化につなげることが目標とされている。今後わが国において、こうした考え方をどのように導入するかについての議論のベースとなることが期待できる。製薬産業が未熟な国では、薬剤経済学は費用抑制の方向で利用されることが多いが、製薬産業が今後の基幹産業と位置付けられることが期待されるわが国においては、価値のある新薬に対して適切な価格設定を行うことにより、産業育成策の議論にもつながると期待される。②米国では、医療機関における医薬品採用にも薬剤経済学の利用がなされている。医薬品使用の効率化は、医薬品政策レベルでどのような価格設定を行うか、保険償還すべきかどうかといった判断だけでなく、実際の臨床現場で医薬品使用に関わる医療従事者の判断も重要である。これまで、わが国では、医療現場における薬剤経済学の利用についてはあまり議論されてこなかったが、本研究は、薬剤経済学研究が医療現場での薬剤採用・使用についての新たなエビデンスになりうることを示した。③肺炎と化学療法について、薬剤経済学的視点から遡及的カルテ・レセプト調査を行い、患者データに基づくパイロット調査を行った。こうした調査はこれまで行われてこなかったが、今後、わが国における薬剤師が関与する前向き研究プロトコル作成と実施につなげることが期待される。④今回、政策面、医療機関での薬剤経済学の利用など多面的な視点から国内外の薬剤経済学論文の批判的吟味を行った。調査の結果から、研究目的により公表論文のデザインが多様であることが明らかとなり、今後、わが国において薬剤経済学論文の批判的吟味のための標準となりうるものと期待される。今般、大学病院を中心とした特定機能病院での入院医療の定額制導入により、医療機関における効率性がより一層求められることになると考えられるが、市販後における診療データをもとに薬剤経済学的分析を行うことにより、病院での医薬品採用・使用の判断に必要な情報の提示につながるものと期待される。また、国内外の文献検索結果は、薬剤経済学利用に関する新たな指針作りになるばかりでなく、薬剤経済学研究データベースとしての利用にもつなげられ、今後、わが国における薬剤経済学研究の質の向上につながるものと考えられる。
結論
研究の実施経過各テーマの研究実施経過は以下のとおり。【1年目】(1)オーストラリア、ニュージーランドの医療保険制度と薬剤経済学利用公表論文、インターネットでの調査に加え、オーストラリア、ニュージーランドにおける政策担当部門、製薬企業団体、医療機関団体等への訪問調査を実施した。調査は、医療保険制度、新医薬品の保険収載決定プロセスと薬剤経済学データの利用ならびに、医療機関における薬剤採用における利用方法、それらの薬剤経済学のわが国における医薬品政策への導入についての検討を行った。(2)わが国における医療現場での薬剤経済学利用可能性の検討-肺炎に対する抗菌剤使用についての遡及的カルテ・レセプト調査都内一般病院 呼吸器科、および神奈川県下特定機能病院 呼吸器内科において、2000年4月1日以降に入院し、2001年3月31日までに退院した肺炎治療を目的に入院した症例について、診療録、診療報酬請求書などから臨床的データ、経済的データを調査した。なお、事前に当該医療機関の倫理委員会に諮り、本研究の倫理性に関する評価を受けた。(3)国内外の公表された研究論文についての批判的吟味。The Health Economic Evaluations Database(HEED)を用い「pneumonia」で検索した結果、377件の論文がヒットした、このなかから原著論文、抗菌剤の評価を
主として実施している論文を選び出し、39件を批判的吟味の対象とした。(4)諸外国ガイドラインの翻訳諸外国におけるガイドラインの翻訳(オーストラリア、ノルウエー、ポルトガル)を行った。【2年目】(1) 米国における薬剤経済学の利用公表論文、インターネットでの調査に加え、マネジドケア組織(カイザー・パーマネンテ)、医療機関(退役軍人病院)、関係団体(AMCP、米国製薬協、病院薬剤師会)を訪問し、保険者、医療機関レベルでの薬剤経済学利用状況、研究状況についてのインタビュー調査を行い、調査内容をもとにわが国における医薬品政策への薬剤経済学の導入についての検討を行った。(2)わが国における医療現場での薬剤経済学利用可能性の検討①肺炎に対する抗菌剤使用についての遡及的カルテ・レセプト調査初年度に続き、都内一般病院 呼吸器科に加え、神奈川県下特定機能病院 呼吸器内科において、2000年4月1日以降に入院し、2001年3月31日までに退院した肺炎治療を目的に入院した症例について、診療録、診療報酬請求書などから臨床的データ、経済的データを調査した。なお、事前に当該医療機関の倫理委員会に諮り、本研究の倫理性に関する評価を受けた。②クリティカルパスを用いた薬剤師による抗菌薬治療への介入研究Marrieのパスを用いて薬剤師が市中肺炎患者の抗菌薬治療に介入することが抗菌性注射薬投与日数の減少、薬剤費の削減に対して効果があるかを検討するために、プロスペクティブな介入研究を行った。2002年10月15日~同年12月末日までの入院例を対象に、パスを用いて患者を評価し、薬剤師による介入を行った。(3)国内外の公表された研究論文についての批判的吟味 医学中央雑誌データベースを用い、効率的に薬剤経済学研究論文を検索するための検索式を開発した。1987年から2002年までの論文を検索した。

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