地域における保健・医療・福祉の動的統合モデルに関する研究:長野県の特性の構造分析と普遍化(総括・分担研究報告書)

文献情報

文献番号
200200040A
報告書区分
総括
研究課題名
地域における保健・医療・福祉の動的統合モデルに関する研究:長野県の特性の構造分析と普遍化(総括・分担研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
矢島 嶺(長野大学社会福祉学部社会福祉学科教授)
研究分担者(所属機関)
  • 合津文雄(長野大学社会福祉学部社会福祉学科助教授)
  • 依田發夫(長野大学社会福祉学部社会福祉学科教授)
  • 石原剛志(長野大学社会福祉学部社会福祉学科講師)
  • 村田隆一(横浜市立大学国際文化学部人間科学科教授)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
5,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、「長野モデル」の背景要因の構造連関を分析し、その普遍性の解明を通して動的統合モデルを策定することを目的としている。初年度となる本年度は、長野県の特性の構造分析と普遍化についての研究を主たる課題として実施した。分担研究の概要は以下の通りである。1保健・医療・福祉の連携による統合的サービスを定量的・定性的に分析・解明し、「長野モデル」の背景を把握して、動的モデルを策定する。2地域住民活動の構造連関を分析したうえで、その普遍性の有無を明らかにし、動的統合モデルを策定する。3長野県が健康長寿・低医療費を実現している要因の一つを、住民自身の健康に関する学習活動の量的・質的な豊かさにあると捉え、その共通性を抽出する。4地域特性の分析および比較研究を行い、基本的概念となる地域概念について検討する。
研究方法
1サービス提供システムの分析として、「基幹病院中心型モデル」は佐久圏域の市町村を、「診療所(国保直営)拠点型モデル」では下伊那郡泰阜村を実地訪問して、二つのモデルのサービス提供システムの実態を把握すると同時に、それぞれの自治体の過去5年間の老人医療費の推移等を調査しグラフ化して両者を対比させて分析を行った。2地域住民活動の分析として、今年度は地域保健活動が活発であることについての関連研究を実証的に行った。具体的には、①保健・医療・福祉課題を地域住民がどのように意識し、課題の解決に向けた住民の組織活動の発展過程を辿どったのかを、県内3地区の事例をもとに検討した。②佐久総合病院地域保健セミナー修了者たちによる地域保健・福祉活動が指向する目標とその実践過程について検討した。3健康学習の典型例として、①佐久総合病院を中心として組織化された学習活動、②下伊那郡における保健師による地域保健活動として組織化された健康学習、③松本市における公民館活動の健康・福祉学習活動の事例、について検討を加えた。4地域概念に関する先行研究をもとに主として文献研究を中心に行った。
結果と考察
(1)研究結果:1サービス提供システムの研究として①「基幹病院中心型モデル」の佐久総合病院は、メディコ・ポリス構想に基づいて地域住民と病院とが地域医療・福祉を巻き込む形で実践がすすんでいる。病院の地域ケア科が各町村の中核的存在となり、実践的・効果的サービス提供システムを形成してきた。②「診療所(国保直営)拠点型モデル」である泰阜村は、国保診療所の地域医療活動がもっともすすんだ村である。診療所およびそこに合築された社会福祉協議会を拠点とした保健・医療・福祉の一元的なサービス提供システムを形成し、これを基盤として在宅福祉の村を構想してきた。2地域住民活動の分析と長野県モデルの構造分析として、①下伊那郡松川町の農民の農薬被害に端を発した健康問題が住民運動に発展した事実に関する検討、②小諸市・北佐久郡地方での住民が年老いても安心して住める地域づくり運動に関する調査、③上田市豊殿地区における診療所と特養の開設を求める住民活動に関する調査、④佐久総合病院地域保健セミナー修了者による地域保健・福祉活動に関する調査、を行って住民自身が討論・実践等を通して高齢社会における諸課題への対応を実現させつつあることを明確にした。3松川町における課題探求研究の結果として、健康に対する意志アンケート調査を実施し、行政への交渉を行うという受け身
の学習から学習の主体へ、学習から実践へというプロセスをみることができた。4現代的地域概念に関する研究として、これまであいまいなまま使われてきた「地域」という言葉を改革期において利用者・住民、行政、民間事業者等の連携システムを適切に編集していくために、その基本となる地域概念の再検討を文献研究により行った。(2)考察:1低医療費について、長野県の特性として自治体病院および診療所、厚生連病院などの公立・公的病院が熱心に地域医療・福祉活動を展開しており、住民を主体とした医療活動において他県にないアクティビリティーを有する。2医療提供サービスシステムの果たした役割について、佐久総合病院における「基幹病院中心型モデル」の中核を担うシステムとしては、地域医療部に地域ケア科が設置されている。また泰阜村等の「診療所(国保直営)拠点型モデル」というべきサービス提供システムがある。このような地域単位の医療・福祉活動が、低老人医療費と健康長寿を支えていることがわかった。3地域医療・福祉を生み出した住民活動として、①松川町の住民活動は、環境と健康を専門家や農協婦人部と共同で克服する運動にまで発展した。②小諸厚生病院は、病院と職員労働組合共同で、周辺の農村住民に働きかけ、地域医療懇談会を組織し、各自治体すべてにデイサービスセンターを建設するまでになった。③上田市豊殿地区の住民活動は、区民の要望が医療・福祉施設誘致運動推進委員会を組織させるまでになった。診療所と特養を運動開始後3年で開設、運用を始めたことは特筆すべきである。以上の3か所の地域住民の運動は、住民が主体的に取り組むことによって発展的展開に結びついたといえる。目標設定や運動の組織化、課題の探求などは、住民の潜在的あるいは意識的なニーズや要望を具体的に実践課題にできる指導者が存在すれば住民の願いは実現できることを明示している。4公民館における社会教育として、健康の実現は生き方を見通す自己実現の問題であり、さらには地域づくりの課題でもある。したがって、健康学習とは、単なる健康のための知識の啓蒙だけにとどまらず、実践・地域活動と結びついた学習や討論を通しての交流や共同学習・課題探求学習こそが、その教育方法として確信を持って行われている。5通論となっている地域概念の見直しと現代に通用する地域概念としては、戦後の高度成長期を経て日本の地域社会は大きく変動し、極端な過疎過密状態がつくり出されてきており、また行政と生活共同体の関係も変化してきている。住民生活に不可欠な社会的共同消費手段の利用ないし管理の共同性に注目し住民の主体的な地域づくりを提起し、実践的な地域概念とみなすことができる。  
結論
医療費の地域差は市場化された日本医療の現場で、競合的に経営される医療提供側の要因で決定されが、長野県の公立・公的医療機関は、その流れから少し離れたところで活動している。長野県の医療の実情は公立・公的医療機関と私的医療機関の社会的な地位や各種医療活動の視点からからみれば、医療に対する理念において前者が後者の医療活動と比較してよりアクティビティのある活動をしているとみて間違いないといえる。医療現場からみると、公立・公的医療機関は長野県の医療市場においては社会的影響が大きい。すなわち医療提供サイドの視点だけからの利益追求のみでなく、地域医療、地域福祉実践を住民とともに歩む姿勢が他県と比較にならないほどに高水準である。自治体病院・診療所、厚生連病院の活動は、他県の同系列の医療機関と比較してこの姿勢が強いことが本研究を通して明らかにになってきた。本研究で取り上げた医療機関、自治体、地域住民の取り組みは無意識のうちに老人医療費を押し下げていることは確実であると考えられる。健康長寿の要因は、次年度以降の研究で引き続き解明していく。

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