少子化の新局面と家族・労働政策の対応に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200029A
報告書区分
総括
研究課題名
少子化の新局面と家族・労働政策の対応に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
高橋 重郷(国立社会保障・人口問題研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 大淵 寛(中央大学)
  • 樋口美雄(慶応義塾大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
20,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、主任研究者らが行った「日本の将来推計人口(平成14年1月)」において明らかになった、出生率低下における新たな局面、すなわち結婚した夫婦の出生率低下傾向について、その動向と要因を探るとともに、今後の結婚や出生動向を社会学や経済学などの学問的な見地から解析し、また少子化への対応について家族労働政策の視点から効果的な施策メニューを提言することを目的としている。具体的には、(1)出生率の持続的な低下と夫婦出生力の低下という少子化の新たな局面について、人口学的、社会経済学的な要因分析を進めるとともに、将来の出生率を予測するための人口学的、計量経済学的モデル開発を行い、経済成長や社会意識の変化に伴う出生率の見通しなどを検討する(出生の人口・社会経済分析)。(2)女子の労働供給をはじめとする労働市場の環境や結婚の動向をマクロとミクロのデータから検証し、その構造的要因を明らかにし、今後の少子化対策への政策提言を行う(女子労働と出生分析)。(3)国民の少子化や高齢化に関する意識を把握し、有効な少子化対策のメニューを構築するためのアンケート調査を行うとともに、地域における少子化対策の具体策を検討し、政策提言する(結婚・出生に関する国民意識調査)。
研究方法
本研究プロジェクトで用いられた研究方法は以下の通りである。(1)出生の人口・社会経済分析 ①マクロデータに基づく計量経済学的モデル研究と②年齢別初婚率や年齢別出生率など人口学的マクロデータの数理モデル研究、ならびに③国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査個票データに基づく多変量解析によって研究が進められた。(2)女子労働と出生分析 この研究では、出生動向基本調査などの個票データや保育などのマクロデータを用いた多変量解析が行われ、育児休業制度および出生率の地域差の分析が行われた。(3)結婚・出生に関する国民意識調査 選定された地方自治体の標本抽出調査によって、標本データを得た。このデータに基づき多重集計と多変量分析を実施した。
結果と考察
各課題毎の研究結果と考察は以下の通りである。(1)出生の人口・社会経済分析 結婚と夫婦出生力の低下について、①人口学的分析をより詳細に行うとともに、②マクロ経済の動向と結婚・出生行動、③出生力の社会学的、経済学的分析を行った。 ①については、出生力低下が結婚・出生過程の途上のコーホートが主体となっているため、将来推計の手法を応用し、結婚過程途上の若い世代についてもコーホート的視点から行動変化を捉える手法を用い分析した。分析の結果、初婚タイミングの変化(晩婚化)は1952年生まれ世代(2003年51歳)から始まり、1964年生まれ世代(39歳)まで急速な晩婚化が生じた。しかし、1965年生まれ(40歳)からは晩婚化は終息に向かっているように見える。生涯未婚率は1959年生まれ(44歳)から上昇が開始され、いわゆる非婚化が始まっている。そしてその後もむしろ加速的に上昇を続けている。この結果によれば、これまでの少子化に関わった世代はその結婚行動パターンから3つのフェーズに分けることができる。(Ⅰ)晩婚化のみ進行した世代(1952~58年生まれ)、(Ⅱ)晩婚化と非婚化が同時に進んだ世代(1959~64年生まれ)、(Ⅲ)(結果として)非婚化のみが生じている世代(1965年生まれ以降)。Ⅰ期の世代は結婚を先送りしたものの、その後に結婚したために非婚化は生じなかった。Ⅱ期では、晩婚化がさらに進んだが、高い年齢層での結婚の取り戻しに一定の限界があったため先延ばしした結婚に遺失が生じ、非婚化を伴うようになった。すなわち、Ⅱ期の晩婚化は、著しい晩婚化の結果生じたものであったとい
える。そして、Ⅲ期の世代に至ると先延ばしで結婚率の下がる若い年齢層だけではなく、「晩婚化」ならば本来上昇するべき高い年齢層でも結婚率が下がり始めている。すなわち、このフェーズの非婚化はそれまでのようなタイミングの調節とは関わりなく、本格的な非婚化が始まったと見ることができる。 上記の結婚変動は、これまで女性の相対的高学歴化が、女性の経済的自立を助長させ、それが結婚から得られる利益を減じているとの仮説、また上方婚志向が維持されていることによって、高学歴女性と低学歴男性が望ましい配偶者にめぐりあえない結婚難に直面しているとの仮説などが提示されてきた。後者に関しては実証的に明らかにしているものがほとんどない。そこで、過去の出生動向基本調査のプーリングデータを用いて、日本における婚姻率低下に、未婚男女の属性の周辺分布および結婚相手の選択条件に絡む構造的変化がどの程度影響しているのかを結婚生命表を用いて明らかにすることを試みた。年齢別・教育水準別の婚姻率低下を結婚牽引の変化と結婚市場構造の変化に分解した。1975年と1995年の教育水準別の結婚生命表を作成し、教育水準別の未婚者割合の上昇を結婚牽引の変化と市場構造変化に分解する。結婚牽引と結婚市場構造について反事実的な結婚表を作成し、現実の結婚表と比較することによって、それぞれの効果の寄与を測定した。その結果、結婚市場におけるミスマッチは高学歴女性の婚姻率低下には影響を及ぼしていたが、低学歴男性の結婚難は引き起こしてはおらず、むしろ市場構造変化は有利になっていることが明らかになった。結婚の需要面のみが議論されるなかで、このような構造的変化の影響が実証されたことの意味は大きい。ただし、全体としては結婚牽引の変化の影響が大きいことは明らかであり、そのメカニズムを捉える分析が今後の課題である。さらに、結婚に関しては離婚や再婚の出生率に及ぼす影響について、生命表形式による分析を行い、近年の離婚や再婚を含む結婚過程の分析を進めた。 ②に関しては、マクロ経済の代表的な指標である経済成長率や失業率を取り上げ、時系列分析の手法を適用して出生や結婚行動に及ぼす影響を分析することである。最初に、わが国の出生・結婚動向を示し、マクロ経済環境と出生・結婚との関係についていくつかの仮説を提示する。次に、年次データを利用して、分析の対象とする変数の時系列的性質を確認した後、人口変動とマクロ経済変数の関係をエラー修正メカニズムで表現する。出生や結婚といった事象は年次ベースで捉えられているが、しかし時系列分析の手法を適用するには年次データにおける小標本バイアスの問題が避けられない。年次データを用いた分析では、失業率の上昇は初婚率に負の影響を、また経済成長率の上昇も初婚率に負の影響を及ぼすことが示された。とりわけ、失業率の変動が結婚行動に及ぼすインパクトを明らかにする点は、本研究のひとつの成果であると言える。また、出生行動に関しては、男子失業率とは負の、また経済成長率とは正の関係があることが示された。この点はさまざまに議論されていたことでもあるが、時系列データの視点からも有意な結果が得られた。 しかしながら、年次データでは観測値数が限られており、時系列分析の手法に十分馴染まない側面もある。そこで、婚姻率と出生率の四半期データを作成し、上記の結果を追試したところほぼ同様な結論を得た。さらに、出生と結婚との相互依存関係を考慮した5つの変数の組み合わせから、出生率は婚姻率、経済成長率、女子失業率と正の関係が、また男子失業率と負の関係があることが見いだされた。強調されるべきことは、インパルス応答の結果などから、経済成長は長期的に見て出生率に正の影響を与えていることが確認されたことである。したがって、経済成長の低迷は出生率を低下させる効果を持つ可能性が強い。 結婚や出生行動は人口学的な側面から決定されると同時に、マクロ経済環境もこうした行動に影響を及ぼす。従来はクロスセクション・データを用いてこのような分析が行われてきたが、時系列データを利用
して有意な結果が得られたという点も述べておきたい。 ③については、結婚(初婚)と出生とそれらのタイミングに関する経済社会的要因について分析を行った。出生コーホートが新しいほど結婚を遅らせる傾向がある。次に、時間非依存型説明変数による説明力と時間依存型説明変数による説明力の両方を同時に推定した。その結果、ホワイトカラーである就業状態が実は結婚を促進する効果のあることが分かった。逆に最も結婚しにくい職種は農林漁業であった。パラサイトシングルについても分析し、同居している場合は、別居している場合と比べて結婚する確率が低く、それらの確率には2倍以上の差が推定された。一方、母親が完全に死亡してしまっている場合は、別居の場合よりもさらに結婚がしにくいという結果が得られた。さらに、本研究では、女性が結婚・出産というライフイベントを経験することによって発生する「機会費用」に着目し、その推定を試みる。研究初年度である今年度のは、就業行動基本調査等を用いた女子労働の実態把握と文献サーベイを行なった。次年度からは、日本の機会費用を独自に推計し、諸外国の結果とも合わせて、機会費用を軽減するにはどういった政策展開が必要であるか、検討そのため、一定の仮定の下で四半期データを作成し、同様な検証を行うこととする。(2)女子労働と出生分析 初年度の研究は、育児休業制度および出生率の地域差の二つに焦点を当て、分析を行った。第1の育児休業制度については、①これをどのような人が利用しているのか、②結婚や出産、継続就業にどのような影響がみられるのか、そして③どのような問題点を抱えているのかについて、分析を行った。その結果、①については、高学歴で長期に勤続を重ねてきた賃金の高い人的資本ストックの多い人が利用する確率が高く、復職後も高い賃金を受け取っている。②に関しては、育児休業制度の備わっている企業では、継続就業確率は高いものの、結婚確率が有意に高いとはいえないという結果を得た。結婚観数の推定結果では、大都市以外に居住する姉妹の人数の多い人が早く結婚する一方、就業関数の推定結果からは通勤時間の短い官公庁や小規模企業に勤める人の継続就業率が高いことが示された。③の育児休業制度の抱える問題点については、育児休業中のカップルについてヒアリングした結果、復職後の保育施設の利用に関する不安を持っている人が多く、育児休業制度と育児資源の両者がともに整備されることにより、出産の不安を取り除けることが示唆された。また聞き取り調査では、子供を持つ時期については妻の意思が優先され、地域の利用可能な育児資源を検討したうえで転居が行われるケースが多くみられる一方、育児休業取得者に対する人事上の扱いが不明確な企業が多く、取得した期間以上に昇給が遅れると予想しているケースもしばしば存在した。第2の地域分析では、他の経済要因をコントロールした上で、地域特性を示す変数を独立変数として導入したところ、過疎化の進んだ地域では合計特殊出生率は高く、人口集中地域では低い傾向がみられる。しかし自治体別保育所数と合計特殊出生率の間には今のところ明らかな相関関係は確認されていない。(3)出生に関する国民意識調査 この調査は、日本における結婚・出生行動の実態、および少子化をめぐる意識や地域レベルの政策ニーズを把握することを目的として行なわれた。研究初年度は、これまで実施されている各種の調査の検討を踏まえ、調査項目の検討を行い、調査実施のための調査票を設計した。また、この調査が市区町村自治体と連携して実施するため、調査対象自治体を選定し、調査を実施した。今年度は、東京都品川区、千葉県印旛郡栄町、埼玉県秩父市の協力を得て調査を実施した。 上記目的に合わせて、調査票は夫婦票、独身者票の二種類を作成し、調査は郵送法によって行なった。品川区、栄町は回収・データ納品まで終了しており、秩父市は実施準備中である。調査の終了した品川区、栄町の回収状況は、品川区で夫婦票配布2000票、有効回収票659票(有効回収率33.0%)、独身票配布3000票、有効回収票520票(同1
7.3%)であった。栄町は、夫婦票配布500票、有効回収票221票(有効回収率44.2%)、独身票配布500票、有効回収票123票(同24.6%)となっている。また、秩父市は、夫婦2000票、独身者3000票で行なう計画で作業が進められている。 調査票に基づく分析は、研究2年度目に予定する追加調査自治体を含め、今後分析を進める。
結論
各課題別の結論は次の通りである。(1)出生の人口・社会経済分析 結婚変動が出生力に及ぼす点については、近年の結婚変動は、これまでのような結婚時期のタイミングの調節とは関わりなく、本格的な非婚化が始まったと見ることができ、我が国社会の基本的な価値観である「結婚し家族を形成する」価値観が弱まっており、社会全体が、「結婚・家族形成」にインセンティブが働く仕組みが必要である。 マクロ経済(経済成長率や失業率等)の変化が結婚や出生に及ぼす影響は、失業率の上昇が初婚率に負の影響を、また経済成長率の上昇も初婚率に負の影響を及ぼすことが示された。また、出生行動に関しては、男子失業率とは負の、また経済成長率とは正の関係があることが示された。経済成長は長期的に見て出生率に正の影響を与えていることが確認された。したがって、我が国経済不況下にあって、経済政策もまた出生力にとって重要な政策要素である。(2)女子労働と出生分析 育児休業制度の取得には企業規模・種別、学歴や通勤時間などによる違いがあり、育児協業制度の企業における取得率を企業規模・種別に高める必要がある。また、復職後の保育施設の利用に関する不安を持っている人が多く、育児休業制度と育児資源の両者がともに整備されることにより、出産の不安を取り除けることが示唆された。(3)出生に関する国民意識調査 この調査は、日本における結婚・出生行動の実態、および少子化をめぐる意識や地域レベルの政策ニーズを把握することを目的として行なわれたが、本年度は情報収集の段階であり、分析ならびに結論は次年度以降に行う。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-