福祉国家の規範とシステムに関する総合的研究

文献情報

文献番号
200200027A
報告書区分
総括
研究課題名
福祉国家の規範とシステムに関する総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
鈴村 興太郎(一橋大学経済研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 塩野谷祐一(一橋大学名誉教授)
  • 今田高俊(東京工業大学教授)
  • 盛山和夫(東京大学文学部教授)
  • 山脇直司(東京大学大学院教授)
  • 中嶋潤(総合企画部長)
  • 後藤玲子(総合企画部室長)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
6,300,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
従来、社会保障・福祉に関する研究は、年金、医療、介護など個々の制度毎に、その経済的効果や社会的影響を調べることが主であった。一方、福祉国家システムの体系的研究に関しては、専ら、「福祉国家の類型化」という政治社会学的アプローチが採用されてきた。本研究の特色は、政治哲学、理論経済学、法哲学その他の学際的研究を基礎に、各国の社会保障改革のプロセスで提出された代替的な政策案について、各々の規範的な特性及び機能的な特性を比較分析すること、さらにそのような分析をもとに、価値の多元性を特質とする現代社会の人々が理性的・公共的に受容しうるような福祉国家の規範とシステムを構想することを目的とする。価値の多元性を特質とする現代社会は、諸個人を政策の意思決定主体として扱う仕組みを民主主義システムとして用意している。だが、そのことは個々人の私的な利益と関心、道徳感情や規範意識を形式的・無批判に尊重すること、あるいは市場モデルのように当事者間の交渉をそのまま追認することを意味するものでは決してないだろう。民主主義は、諸個人が政策評価に相応しい公共的な判断を形成することを促し、諸個人が主体的に形成した判断を公共的に評価するような仕組みを備えたものとして解釈される。いうまでもなく諸個人がそのような判断を形成するためには、自分自身の私的な利益と関心、道徳感情や規範意識を相対化し、多様な状況にある人々に広く及ぼされる影響を広く考慮し、道理ある複数の価値判断の両立可能性を探るような機会(公共的討議の場)と確かな情報が不可欠である。だが、そればかりではない。人々が反省的・理性的な討議を進めていくためには、様々な道徳感情や規範意識が拠って立つ基本的な考え方を相互に比較対照しうるようなフレーム(理論的枠組み)と、少なくとも政治的次元における合意を促すような政策理論もまた必要不可欠となる。本研究は、そのようなフレームと政策理論の提供に努めるとともに、成果の公表を通じて、公共的討議の場の創設それ自体に寄与することをめざすものである。
研究方法
社会保障政策の規範的な特性に関しては、例えば、自助努力の促進や勤労意欲の助長、選択の自由や個人責任の尊重などの点から積極的に評価されることがある。あるいは、経済的・社会的不平等や世代間不公平感、相対的剥奪、社会的排除などの点から、また、選別主義、スティグマ、福祉への依存などの点から消極的に評価されることがある。これらは各々、一定の論理やもっともらしさ(plausibility)を備えた道徳判断によってその正当性を説明することができる。だが、通常、各々の道徳判断はいずれも局所的な適用性しか持ち得ない。起こりうる事態に関する想定が限定されたものである可能性、異なる根拠を有する他の観点によってバランス付けられる可能性を常に残しているからである。このような多元性を歴史的事実として積極的に受容しながら、ひとびとが理性的に承認しうるような最小限の政治理論を作ろうという立場が、ジョン・ロールズやアマルティア・センに代表される「政治的リベラリズム」である。本研究は、彼らの方法的立場を基礎として、福祉国家の基礎となる開かれた規範(体系)を構想しようという点に特徴がある。具体的な研究の進め方は以下の通りである。社会哲学と規範経済学その他関連する分野で発展的・独創的な研究を進めている内外の研究者とともに、以下の3つのテーマに関して共同研究を進める。第1は、政策理論の形成という実践的な観点に基づ
いて、①現代の主要な規範理論の解読を通じて抽出された福祉国家の分析視座の有効性を確認し、より広い視野から再構成すること。②新しいシステム像を構想する目的で構成されつつある厚生経済学の新パラダイムのさらなる改善に努めるとともに、その理論的精緻化(数理的な定式化)を図ること。第2は、各国の社会保障改革で提出された複数の代替的な政策案の特性を次の4つの作業を通じて分析すること、すなわち、① 各政策案の規範的な特性を明示化する(社会哲学的分析によって)。② 各政策案の機能的な特性を明示化する(規範経済学的定式化によって)。③ 各政策案を推進する上で制約条件となる現代社会の諸要因を抽出する。④ 各政策案がもたらす効果・影響を多面的な角度から予測・分析する。第3は、このような分析をもとに、価値の多元性を特質とする現代日本社会の人々が理性的・公共的に受容しうるような福祉国家の法規範と経済・政治システムの構図を描くこと。
結果と考察
3年計画の初年度にあたる平成14年度は、先行する2つのプロジェクトに継続的に参加した研究協力者(経済哲学、社会哲学、法哲学、社会学、憲法学、社会保障法、数理経済学)を母体として、月1回の研究報告会を開催しながら、また、『季刊社会保障研究』の特集「福祉国家の規範理論」に向けて原稿を執筆する作業を通じて、次のような3つの課題に取り組んだ。①各国(各都市)の実際の制度のあり様(よう)や改革動向に関する文献調査・現地調査をもとに、社会保障・福祉制度の基本的モデルとそのヴァリエーションを抽出すること。②様々な包括的構想をもつ諸規範理論を、社会保障・福祉という政治的次元において整合化し、現代の多元的民主主義社会において最もplausibleな政治哲学を構成すること。③構成された政治哲学の観点から、望ましい社会保障・福祉システムの基本的骨格とそれを支える基本的法規範(例:福祉権と生活保護法)と財政システムに関する新しい構想を提出すること。
今年度の主たる成果は2つある。第一は、分配的正義をめぐるリバタリアン、リベラルな平等主義、政治的リベラリズム、コミュニタリアンの主張に関して、それぞれがよって立つ哲学的議論の相違と政治的次元(社会保障・福祉政策の次元)における合意可能性が示唆されたこと。第二は、福祉国家の比較制度分析、戦後の社会保障制度審議会の歴史、社会保障財政の現代的課題、コミュニティ再生政策などに関する研究報告や各国の社会保障改革の動向をもとに、社会保障・福祉政策の新たな分析視座が構想されたこと。
結論
価値の多元性を特徴とする現代社会には、①当事者間の自発的な交渉と自由を尊重する哲学、②自然的・社会的偶然の累積化がもたらす社会的・経済的不平等の是正を主張する哲学、③意思決定プロセスへの等しい参加を要請する哲学、④自尊の念、自己の統合、自我同一性の基盤を共同体に求める哲学など、多くの規範理論が存在する。それらの考え方の相違を尊重しつつ、社会保障・福祉の次元で整合的な政策理論を構成することが本研究の目標であった。規範理論の専門領域においては、むしろ、表面的な対立あるいは表層的な融合の陰にかくれて本質的な相違がみえにくい。本研究は、「福祉国家の規範とシステム」という共通の光をあてることによって、まずもって、本質的な対立軸を明るみに出したところに大きな成果が見られる。今後の課題は、政治的次元(社会保障・福祉政策の次元)における合意可能性に焦点をあてて、いずれの理論からも支持することの可能な政策理論を探ることに設定される。平成15年度の活動計画は以下の通りである。1)14年度までの研究成果を再度まとめ直して『福祉の公共哲学』(仮)(東大出版会、9月刊行予定)を刊行する。2)他大学・他機関との協力のもとで、6月初旬にノーベル経済学賞受賞者であるアマルティア・セン教授を日本に招聘し、「21世紀の公共性に向けて――セン理論の理論的・実践的展開――」シンポジウムを開催する。その準備として、4月から5月にかけて国内のセン研究に関する学際的コンファレンスを開催する。

公開日・更新日

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