口腔保健と全身的な健康状態の関係について

文献情報

文献番号
200101210A
報告書区分
総括
研究課題名
口腔保健と全身的な健康状態の関係について
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
小林 修平(和洋女子大学)
研究分担者(所属機関)
  • 石川達也(東京歯科大学教授)
  • 安藤雄一(国立感染症研究所口腔科学部室長)
  • 井上修二(共立女子大学教授)
  • 才藤栄一(藤田保健衛生大学医学部教授)
  • 斉藤 毅(日本大学歯学部教授)
  • 花田信弘(国立感染症研究所口腔科学部長)
  • 河野正司(新潟大学大学院教授)
  • 宮崎秀夫(新潟大学大学院教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
70,211,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
口腔保健医療が全身健康状態におよぼす影響を明らかにすることを目的に高齢者における調査を行った。
研究方法
口腔の状態に起因する各種の疾患や病態を検証し、口腔保健が全身の健康状態に影響を及ぼしている状況を科学的に評価するために、平成13年度は8つの研究班を組織して研究を行った。
1.「高齢者の追跡調査」新潟市在住の70歳599名および80歳162名を対象とし、口腔保健が全身の健康状態に影響を及ぼしている状況を評価した。
2.「高齢者の咬合に関する追跡調査-高齢者の顎機能および身体機能との関連-」
以下の項目を測定した。
1) 顎機能および顎機能障害の調査
(1)開口量の測定
(2)顎関節症状の問診
(3)顎関節診査
(4)咬頭嵌合位-最後方咬合位間距離(CO-CR値)の測定
(5)咬合力の測定
2) 身体機能の調査
(1)運動機能の測定
①握力
②開眼片足立ち時間
③ステッピング回数
④脚伸展力
⑤脚伸展パワー
(2)日常生活活動能力(老研式活動能力指標)
3.「70歳高齢者の歯の喪失リスク要因に関する研究」
70歳高齢者599名を対象に,質問紙調査,口腔および全身健康診査を中心とする調査を行った。有歯顎者554名(男281名,女273名)のうち,2年後(2000年6月)に追跡調査を実施できた402名(男214名,女188名:追跡率72.6%)を対象に行った。
4.「歯科治療による高齢者の身体機能の改善」
歯科治療が必要な高齢障害者284名を対象とした。新評価表作成に関しては、自覚症状、栄養状態、咀嚼・咬合力、口腔清潔度、歯式、口腔診察所見、加療内容の評価項目を列挙し、歯科医、リハビリ医の専門家の議論により修正した。所要時間20分に収まる試案を入院中の脳卒中患者10名を対象に採点し、施行時間、難易度など実用性を検討した。
5.「高齢者の嚥下性肺炎・術後合併症の予防に関する研究」
自立高齢者50名平均年齢73才(女性59名、男性66名)と要介護施設13名平均年齢75才(女性9名、男性4名)の口腔内日和見菌を調べた。
6.「口腔の状態と睡眠についての研究」
被験者は70歳男性1名。睡眠の判定のため、脳波(EEG)、眼電図(EOG)、頤筋電図(chin EMG)の測定を同時に行い睡眠段階の判定を行うとともに、動脈血酸素飽和度(SaO2)、いびき、無呼吸などの測定を行い、呼吸情報を記録した。義歯を装着した就寝を1日、義歯を装着しない就寝を1日の計2日間の睡眠状態を計測した。
7.「歯科医師における歯と全身の健康、栄養との関連に関する縦断研究」
対象者は歯科医師会の会員3,458人である。ベースライン調査は自記式の問診票を歯科医師会を通じて配付・回収することにより実施した。
8.「糖尿病患者・肥満症患者の口腔状況に関する研究-口腔と全身健康の相互関係-」
糖尿病外来、肥満症外来を有する18施設の652名の糖尿病外来患者、228名肥満症患者及び168名の対照者の欠歯状態、歯周病の病態、咀嚼能の実態を調査した。
結果と考察
国民健康づくり運動の基本である「栄養・運動・休養」に口腔保健が関与し、口腔保健医療は全身健康状態の向上に影響を及ぼしていると考えられた。
1.「高齢者の追跡調査の研究結果と考察」
1)歯周疾患とFcγRIIIb多型との関係を評価した。その結果,NA1NA2またはNA2NA2型の遺伝子多型を持っている人は歯周疾患の進行割合が高かった。特に喫煙者において顕著であった。
2)根面う蝕と血清アルブミン値の関係:血清アルブミン値と未処置の根面う蝕との間には有意な関連が認められた。未処置う蝕0本の人と3本以上所有している人との間には,血清アルブミン値で差が認められた。
3)口腔内の状態と体力との関連
咀嚼能力と体力との関係についてみると,男女とも咀嚼能力が高い群において,脚伸展パワー値は高い傾向にあった。男性において,咀嚼能力に優れている群は1日の総エネルギー消費量および活動時のエネルギー消費量が多い傾向にあった。また,充填歯数,現在歯数と有酸素作業能力との間に有意な関連が認められた。
4)歯科疾患と全身要因
3年間の喪失歯数とBMI,IgG,日常生活動作との関連が認められ,全身健康状態が歯の喪失に影響を及ぼしていることが示唆された。
5)口腔細菌と全身要因
歯垢中で検出された日和見菌が唾液に高率に検出されることから,歯表面が日和見菌の貯留地となり唾液を介して扁桃や咽頭に遊離していく可能性があった。
6)体力との関連について
咀嚼能力と体力および身体活動状況との関連においては,男性では咀嚼能力に優れているものは下肢筋機能も優れていることが示唆された。
2.「高齢者の咬合に関する追跡調査-高齢者の顎機能および身体機能との関連-」
咬合力の大きさによって対象者を3群に分け,各運動機能検査値を比較した。咬合力が高くなるにつれ,各運動機能検査値が高くなる傾向にあった。また、咬合力が高く維持できている高齢者は日常の活動能力も優れていた。咬合力が大きい群は活動能力を維持できていた。
3.「70歳高齢者の歯の喪失リスク要因に関する研究」
歯の喪失リスクに関する分析の結果,BMIが24以上,IgG高値異常,日常生活動作に支障あり,LA≧6mmの部位の割合が4%以上,クラウン数が9本以上,根面未処置う蝕を保有の者が,有意に歯を喪失しやすいことが示された。
4.「歯科治療による高齢者の身体機能の改善」:
歯科治療群と対照群の比較では,意識レベル,知的評価のうち時に対する見当識,ADLで食事,表出,起きあがり,QOLで患者および治療者からみた全般的身体的苦痛度評価,川口式咀嚼機能,RDテスト等が改善した.
5.「高齢者の嚥下性肺炎・術後合併症の予防に関する研究」
すべての対象者から多種類の日和見菌が検出されたが、起因細菌の検出率は健常者群に比べて要介護者群で明らかに高かった。
6.「口腔の状態と睡眠についての研究」
睡眠ステージの結果において、Total Sleep, NREM Sleep, REM Sleep は、義歯装着時、386.0 min, 332.0 min (86%), 54.0 min (14%),義歯未装着時、285.5 min, 239.5 min (83.9%),46.0 min (16.1%)であった。またSleep Efficiency は義歯装着時、69.4%、義歯未装着時、51.3%であった。これらの結果から、睡眠状態は義歯装着時のほうがよいと考えられる。
7.「歯科医師における歯と全身の健康、栄養との関連に関する縦断研究」
歯周病と有意に関連した要因は、喫煙、低いブラッシング頻度、歯石除去、高血圧、低い精神的健康度、激しい運動をしないであり、歯牙喪失(5歯以上)と関連する要因は、喫煙、高血圧であった。対象者の疾病罹患/死亡状況については疾病罹患27件、死亡4件が把握された。悪性新生物8件のうち、死亡情報のみは1件で、罹患の把握は比較的良好であった。
8.「糖尿病患者・肥満症患者の口腔状況に関する研究-口腔と全身健康の相互関係-」
1)歯周病
糖尿病群、肥満症群とも対照群と比較して歯周病の有病率が有意の高値を示した。
CPIコード3以上の部位数を比較すると糖尿病群は20才代、30才代、50才代で、肥満症群は30才代、50才代で有意の高値を示した。CPI最大コードの出現率で比較すると糖尿病群は30才代、50才代で、肥満症群は50才代で有意の高率を示した。
糖尿病群において血糖コントロールの指標であるHbA1cとCPIコード3以上の分画数で比較すると50才代ではHbA1c 6.9以下の群とHbA1c 8.4以上の群の間に有意差が認められた。
2)歯の状態
糖尿病群と肥満症群は50才代で有意の現在歯数の低値を示した。 う蝕未処置歯数では糖尿病群は20才代、30才代、50才代の対照群と比較して有意の高値を示し、肥満症群も30才代、50才代で有意の高値を示した。
3)咀嚼能
咀嚼能は糖尿病群は20才代で有意の低値を示し、肥満症群は20才代、30才代で有意の低値を示した。
糖尿病群で歯周疾患の合併率が高く、歯周組織の状態が悪いことは、従来より指摘されていたが、今回の調査で明らかにすることができた。歯周疾患が本研究対象者のなかで糖尿病歴が長いと考えられる50才代のHbA1cと逆相関を示したことは血糖コントロール状態が歯周病発症と進展に関与していることが示唆された。
糖尿病群で未処置う蝕が多かったことは糖尿病による口渇などによる唾液分泌不足が関係している可能性が考えられる。糖尿病群の若年層で咀嚼能の低下が認められたが、この世代では糖尿病神経障害のような合併症も少ないので、その原因は不明である。 肥満症患者でも歯周組織の悪化状態と未処置う蝕が多いことが認められたが、肥満が口腔に何らかの悪影響を与えている可能性が示唆された。若年の肥満症患者で咀嚼能の低下も認められた。
結論
8研究班の報告から国民健康づくり運動の基本である「栄養・運動・休養」のいずれにも口腔保健が関与していることが明らかになった。

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