化学兵器に関するデータベースの作成と危機管理マニュアルの策定に関する研究

文献情報

文献番号
200101196A
報告書区分
総括
研究課題名
化学兵器に関するデータベースの作成と危機管理マニュアルの策定に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
杉本 侃(財団法人日本中毒情報センター理事長)
研究分担者(所属機関)
  • 吉岡 敏治(財団法人日本中毒情報センター常務理事)
  • 池内 尚司(大阪府立病院救急診療科医長)
  • 奥村 徹(川崎医科大学救急医学講師)
  • 黒木由美子(財団法人日本中毒情報センター施設長)
  • 田村 満代(財団法人日本中毒情報センター係長)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は化学兵器の基本的な毒性情報を網羅した独自のデータ・ベースを整備することと、わが国で最も対策の遅れている化学兵器による緊急事態に対応するための危機管理マニュアルを策定することである。
研究方法
昨年度に引き続き、7類型、14種類の化学兵器の詳細データベースとその概要版を整備する。主たる資料は、米軍のMedical Aspects of Chemical and Biological Warfare、FEMA、CDCの危機管理に関する情報と、1999年に米国で開催されたシンポジウム、Poison Centers and Nuclear, Biological and Chemical Terrorist Event Preparation and Response で紹介された「中毒センターが参考にすべき文献:Journal Articles References on Nuclear, Biological and Chemical Agents of Terrorism」、さらにはPOISINDEXや既存の単行本である。
欧米各国の実際マニュアルや文献を調査し、個人防御装備や除染設備の配備された災害拠点病院を対象にした医療機関用化学兵器テロ対策マニュアルのひな形を作成する。また、各災害拠点病院のマニュアル作成の一助となるよう、評価チェックリストを合わせて作成する。昨年度作成した5類型の時間軸対応マニュアル、早期鑑別診断チェックリスト、トリアージカード、類型別治療法、各化学兵器の概要データベースなどを資料として、医療機関用クリニカルパスを作成する。
災害情報データベース、労働衛生のしおり、高速道路における危険物事故事例や、日本中毒情報センターとロンドン中毒センターの化学災害対応センターで受信した集団化学災害事例を収集し、その中から、化学兵器と同様の対策が必要な物質を検討する。
結果と考察
結果:
1.化学兵器の毒性情報に関する調査とデータ・ベースの作成:昨年度策定したフォーマットにしたがって、7類型、14種類の化学兵器について、詳細データ・ベースとその概要版を作成した。昨年度の作成分と合わせて、当初予定の整備は完了した。
2.医療機関における化学兵器テロ対策マニュアル作成に関する研究:除染設備等の配備された災害拠点病院を対象にした医療機関用化学兵器テロ対策マニュアルを策定した。同時に作成した評価チェックリストは情報連絡・緊急招集、通信システム、被災者の受け入れ、準備資器材、報道対応等々、21項目の大項目を定め、各大項目に関連する数項目から十数項目におよぶ小項目が結果として設けられた。
3.医療機関用クリニカルパスの作成に関する研究:病院所属の各種職員に役割分担を定め、短時間で完遂すべき内容を時間軸に沿って規定し、情報収集・伝達を主たる目的とした管理者用パスと、実働者が使用する部門別パスを作成した。組織構成図上、事務担当責任者は除染施設設営班や医療従事者用個人防御装備と被害者用物品を搬送する物品配備班、さらには情報収集/広報班を組織し、医療従事者責任者は除染班とそれに引き続く治療班を,薬局責任者は解毒剤の管理班を構成する。情報コントロールに関しては,原因物質を推定するために被害者に共通する症状や所見を早急に掌握すること、中毒情報センター等外部コンサルテーション組織への連絡を密にすること、知り得た情報を短時間に正確に各関係者・機関に伝達することが重要である。
4.化学兵器以外の化学災害の起因物質に関する調査:災害情報データベースからは化学物質による中毒をキーワードにして検索(1999~2001年)、食中毒・動植物中毒を除く215件を最終対象にした。その他、前述の資料から、結果として、国内事例572件と、国外事例2955件の集団化学災害を収集した。発生頻度(災害発生件数)、傷病者数、および重症度から化学兵器と同様の対策が必要な物質と考えられるのは、一酸化炭素や煙(smoke)、催涙ガスは別として、硫化水素、塩素、水酸化ナトリウム、トルエン、アンモニア、フロン、ホスゲン、クロルピクリンと結論した。
考察
今回策定した医療機関用化学兵器テロ対策マニュアルの運用上の問題点は、①除染廃液処理の財源の問題、②検知を如何に除染に活用できうるか、③除染に必要な消耗品の補充・充足、④除染の効率を上げるために必要な個人防護装備の数の充足、⑤消防機関における除染との差別化が挙げられる。これらの問題を解決するために、医療機関の自助努力が必要であることは言うまでもないが、医療機関における除染も、地域の健康危機管理の共通した問題として認識されるべきである。
クリニカルパスの成否は実践により評価されるが、今後の化学災害を想定したシミュレーションで活用し、より実効性のあるパスとする必要がある。なお、このパスを実行するために、被害者用問診票と医師記載欄をまとめた診察記録(単票)と、院内LAN用治療マニュアルを作成している。
研究初年度は九州・沖縄サミットが行われ、年度末には補正予算で決定された毒劇物テロ対策セミナーが開催された。いずれも本研究班の分担研究者や協力研究者が企画・実行した。本年度は9月11日に米国で同時多発テロが発生し、危機管理への感心がさらに高まった。BCテロへの取り組みもなされ、11月22日付けで、NBCテロ対処現地関係機関連携モデルが国から提唱された。各方面からの要望により、これまでに本研究班で作成した化学兵器に関するデータベースを広域災害・救急医療情報システムや(財)日本中毒情報センターのホームページに収載した。また、提唱されたモデルにのっとり、大阪中毒110番内に警察、消防、保健所の災害時専用電話をそれぞれ別個に設置した。
食中毒の際、通報を受けた保健所は、現場や医療機関から情報を収集し、発生現場に残された検体や患者検体を収集して、公衆衛生研究所等で培養同定が行われる。集団食中毒の際の保健所の詳細な役割は省略するが、さらに多くの重要な役割がある。集団化学災害も、食中毒と同様のfield workが極めて重要で、事故情報の収集に始まり、現場処理、患者対応の指導(治療情報の提供)、周辺住民への広報活動、さらにはフォローアップ調査や予防活動まで、数え上げれば無数にある。しかし、保健所にこれら全てを期待することは無理があり、また人的被害が軽微な事故を含めても全国で年間に数十件程度の集団化学災害しか発生しておらず、巨額を投資して全国の保健所が対応できるように整備することは無駄である。むしろ中毒情報センター内に化学災害部門を設け、保健所員と現場で行動を共にする中毒情報センターの化学災害専任医師の養成が実現すれば、化学物質による事件・事故に対する危機管理は飛躍的に向上すると思われる。全国を対象にして、記録の保存だけでも実行できれば、このfield workを主とする危害部門の新設は極めて有用である。
サミット時に計画した中毒派遣医は、まさしくこの危害部門専任医師の役割を期待したものである。平時において、(財)日本中毒情報センターがこのfield workのような国家的事業を行うことは、財源も含めて無理である。前述のNBCテロ対処現地関係機関連携モデルで、中毒情報センターが単なる情報提供機関に位置づけられている由縁である。危害情報部門の活動には国のバックアップが必要である。。
危機管理マニュアルを化学兵器以外の化学災害にも対応できる普遍的なマニュアルとするため、次年度は化学兵器と同様の対策が必要な化学物質について、その詳細なデータベースと概要版を新たに作成する。またこれまでに整備したデータベースや調査研究成果を再検討して、最終目的である「化学兵器危機管理マニュアル」を執筆する。本年6月にわが国で開催されるワールドカップサッカー大会までには、発刊は出来ないが、インターネットを介して提供できるように計画している。
結論
化学兵器に関する詳細データ・ベースとその概要版を、フォーマットを定めて、作成した。昨年度の作成分と合わせて、当初予定の7類型、22種類の化学兵器に関するデータベースの整備は完遂した。医療機関における化学兵器テロ対策マニュアルのひな形を策定し、マニュアル評価のチェックリストを作成した。また、病院所属の各種職員に役割分担を定め、短時間で完遂すべき内容を時間軸に沿って規定し、情報の収集・伝達を主たる目的とした医療機関管理者用パスと、実働者が使用する部門別パスを作成した。
以上の結果と、昨年度に検討した除染や個人防御装備の基本、発災現場での鑑別診断と対応、医療機関での早期鑑別チェックリスト、検知紙の使用法、トリアージ基準や類型別治療指針等を合わせ、わが国独自の化学兵器に関する危機管理マニュアルの骨格が基本的には完成できた。

公開日・更新日

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