保健サービスの費用対効果・医療費減少効果に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200101029A
報告書区分
総括
研究課題名
保健サービスの費用対効果・医療費減少効果に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
辻 一郎(東北大学大学院)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
国民医療費が急騰を続ける中、疾病予防と健康増進(保健サービス)に対する期待が高まっている。すなわち、保健サービスの拡充によって国民の健康水準が向上し、医療に対するニーズが減少すれば、その結果として医療費も減少するのではないかという期待である。この期待は論理的にも妥当なものだが、それを実証した研究は実のところ驚くほど少ない。本研究の目的は、保健サービスの医療費節減効果そして費用対効果を実証的かつ定量的に明らかにすることである。これにより、「健康日本21」を始めとする生活習慣病対策の理論的根拠を提出するとともに、保健医療資源の効果的かつ効率的な運用策を立案する際の基礎資料を提供するものである。そのため、本年度は以下の3つの研究を実施した。第1に、平成7年より継続している5万人規模の国保加入者の追跡調査(大崎国保加入者コホート研究)をもとに各種の生活習慣が医療費に及ぼす影響を分析した(生活習慣と地域保健サービスが医療費に及ぼす影響に関するコホート研究)。第2に、死亡前における日常生活活動(ADL)要介護期間および医療費を調査し、その関連要因を検討した(終末期における生活の質と医療利用に関する研究)。第3に、高齢者に対して運動訓練を実施し、生活の質および医療利用に対する影響を分析した(運動が生活の質と医療利用に及ぼす影響に関する研究)。以上の研究成果を総合して、今後の地域保健サービス立案のための基礎資料を提供し、もって費用効果的な保健サービスの確立に資することを目的とするものである。
研究方法
(1) 生活習慣と地域保健サービスが医療費に及ぼす影響に関するコホート研究:本研究(大崎国保加入者コホート研究)は、宮城県の大崎保健所管内に住む40歳から79歳の国保加入者全員約5万人を対象に、1994年9月から12月に行われたベースライン調査および1995年1月以降のレセプト追跡に基づくものである。ベースライン調査では、社会人口的情報、病歴、身体機能、嗜好や食習慣などの健康に関する生活習慣についてアンケート調査を実施した。対象者54,966人に対し、有効回答者数は52,029人 (95%) であった。追跡調査では、1995年1月から毎月の国保レセプトとレコードリンケージを行い、受診状況、医療費を継続して把握している。併せて、1995年1月から国民健康保険の「喪失移動データ」とのレコードリンケージにより、対象者の死亡・転出状況を追跡している。この研究は、東北大学医学部倫理委員会の承認のもとに行われている。1995年1月から2000年12月31日までの6年間における入院・外来別の受診日数と医療費のデータをもとに、本年度は、肥満度の医療費に対する影響と歩行時間の医療費に対する影響を検討した。 (2) 終末期における生活の質と医療利用に関する研究:上記の大崎国保加入者コホート研究対象者のうち、ベースライン調査当時70歳以上であり、その後死亡した者を対象について、遺族に対する面接調査により、死亡前の要介護期間を調査した。これにより、死亡年齢、性、死亡原因、そしてベースライン調査時の生活習慣が要介護期間に及ぼす影響を分析した。第2に、大崎国保加入者コホート研究対象者(全員)のうち平成8年9月1日から平成11年8月31日までの間に亡くなった1654名を対象として、死亡前の各期間(12ヶ月間、6ヶ月間、3ヶ月間)における医療費を解析した。(3) 運動が生活の質と医療利用に及ぼす影響に関する研究:岩手県大迫町に在住する70歳以上の男女23名(男性3名、女性20名、年齢77.6±5.0歳)を対象に、平成13年9 月21日から平成14年2月8日までの間、週1回、1回2時間30分の運動教室を提供した。教室では、軽体操とストレッチングによる30分間の準備運動から始まり、
レッグプレス・マシンを用いた下肢の筋力増強訓練、ラバーバンド・自重を用いた全身の筋力増強訓練、不安定マットを用いたバランス訓練による1時間半の主運動を行い、30分間のストレッチングで終わった。運動訓練を実施する前と後の2回にわたって、運動機能、生活の質(QOL:日本語版EuroQolおよび日本語版SF36 Version2.0)、最近1~2ヶ月間の1ヶ月当たり外来受診回数などを調査し、運動訓練が生活の質と医療利用に及ぼす影響について検討した。
結果と考察
(1)生活習慣と地域保健サービスが医療費に及ぼす影響に関するコホート研究:肥満度(Body Mass Index; BMI)レベル別の医療費の差は追跡とともに顕著になる傾向がみられ、特にBMIレベル30以上は一貫して増加しており、他のレベルと比べてもその傾向は強かった。また、医療費が最低だったのは、1995年から1997年まではBMIレベル23-25であり(22,134円、24,985円、26,669円)、1998年はBMIレベル18.5未満(24,941円)、1999年はBMIレベル18.5-21(24,683円)、2000年にはBMIレベル18.5未満(21,599円)であった。1日当たり歩行時間別の死亡リスクと総医療費との関係を4年間の追跡(昨年度の本研究事業で報告)と6年間の追跡との間で比較すると、1日当たり歩行時間30分以下の者における死亡リスクの増加程度は、6年間の追跡の方で顕著であった。1月当たり総医療費は、6年間の追跡調査では、1日の歩行時間が30分以下の者で22,234円、30分~1時間の者で21,240円、1時間以上の者で19,331円であり、歩行時間の総医療費に及ぼす影響も、追跡期間が長いほど明瞭になってきた。(2)終末期における生活の質と医療利用に関する研究:死亡前要介護期間の平均値は16.6月、男性15.0月、女性19.3月であった。死亡前要介護期間は死因による影響が大きく、ことに脳血管疾患による死亡群で死亡前長期要介護のリスクが高かった。生活習慣との関連では、BMIと歩行時間が死亡前要介護期間と有意に関連していた。BMIが20未満の群に比較して、20以上25未満の群では死亡前に6ヶ月以上介護が必要となるオッズ比は1.24(95%信頼区間0.76-2.00)、BMIが25以上の群では1.95(95%信頼区間1.10-3.44)であった。1日の歩行時間が30分未満の群に比べて、6ヶ月以上要介護のオッズ比は30分~1時間群で0.82(95%信頼区間0.50-1.34)、1時間以上の群で0.58(95%信頼区間0.35-0.97)であった。死亡年齢10階級別に比較すると、死亡前の医療費は50歳代・60歳代で最も高く、それ以上の年齢では死亡年齢が上がるほど入院・外来共に医療費は低くなる傾向が認められた。死亡年齢80歳代では死亡前12ヶ月間・6ヶ月間・3ヶ月間の総医療費・入院医療費が50歳代、60歳代、70歳代と比較して有意に低かった。外来医療費は、死亡前12ヶ月間・6ヶ月間・3ヶ月間を通じて死亡年齢60歳代でその他の各年齢階級と比較して有意に高かった。(3)運動が生活の質と医療利用に及ぼす影響に関する研究:運動訓練の脱落例は1例と少なく、訓練への出席率も高かった。高齢者のQOLを規定する共通の因子は、易転倒性指標であった。他に、バランス機能、膝伸展筋力、歩行機能などの運動機能も高齢者のQOLを規定する因子であることが明らかとなった。高齢者では、運動機能が低下し、転倒に対する自己効力が下がることによって、QOLの低下する可能性が示唆された。運動訓練前後でQOLを比較すると、SF-36の下位尺度では、身体の痛み以外のすべてにおいて増加傾向が認められた。1ヶ月当り外来受診回数は、運動訓練の前後で、変化は認められなかった。1次予防を通じて国民の健康レベルを改善することができれば、本人の生活の質を改善するだけでなく、医療費をも低減できる可能性がある。その意味で、保健サービスは、少子高齢化と経済低迷の続くわが国にとって、重要な投資と捉えることができる。残る2年間で、保健サービスの費用対効果や医療費減少効果をさらに緻密に評価し、政策提言に資するものである。
結論
保健サービスの医療費節減効果そして費用対効果を実証的かつ定量的に明らかにすることを目的として、生活習慣と地域保健サービスが医療費に及ぼす影響に関するコホート研究、終末期における生活の質
と医療利用に関する研究、そして運動が生活の質と医療利用に及ぼす影響に関する研究を実施した。肥満者および歩行時間の短い者における医療費増加の程度は追跡期間を延長するごとに強まっていくことが明らかとなった。したがって、今後さらに追跡期間を延長することの必要性が示された。死亡前の要介護期間は、死亡原因や死亡より数年前の生活習慣(肥満度と歩行時間)と関連していた。すなわち、死亡前要介護期間は生活習慣の改善などを通じて変容可能であることが示唆された。70歳以上の高齢者に運動訓練を実施した結果、生活の質が改善する傾向も示された。保健サービスは、少子高齢化と経済低迷の続くわが国にとって、重要な投資と捉えることができる。今後、保健サービスの費用対効果や医療費減少効果をさらに緻密に評価し、政策提言に資するものである。

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