地域保健サービスの生産関数・費用関数の推定とサービス供給の効率性に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200101011A
報告書区分
総括
研究課題名
地域保健サービスの生産関数・費用関数の推定とサービス供給の効率性に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
武村 真治(国立公衆衛生院公衆衛生行政学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
公衆衛生の分野においても、限られた資源のもとでの効率的な地域保健サービスの供給が求められているが、これまでの研究ではサービス供給の効率性に関する知見はほとんど得られていない。ミクロ経済学における企業行動の理論では、資本、労働などの生産要素と生産物との関連から生産関数を、生産物と費用との関連から費用関数を導出し、生産活動の効率性、特に効率的な生産規模を検討する手法が開発されている。本研究では、ミクロ経済学における企業行動の理論を応用して、地域保健サービスの生産関数・費用関数を推定し、効率的なサービス供給主体の規模を明らかにすることを目的とした。
研究方法
①マーケティングリサーチの手法の一つであるコンジョイント分析を用いて、喫煙者がたばこを選択する際の選好の構造と、たばこの健康影響の軽減に対する支払意思額(Willingness To Pay:WTP)を測定した。調査対象者は、平成13年9月に東京都足立区竹の塚保健総合センターで実施された保健事業を利用した者のうちの喫煙者23名、平成13年9月26日に入浴施設である竹の塚健康ランドを利用した者のうちの喫煙者28名、合計51名であった。たばこの属性(水準)を、警告表示(写真+厳しい警告文、厳しい警告文、日本の警告文)、健康影響(肺がんに罹患する確率が10倍、20倍、30倍)、価格(110円、260円、400円)、味(メンソールあり、メンソールなし)として、これらの組み合わせからなる12種類のたばこのプロファイルを作成し、調査対象者にそれらを順位づけしてもらった。そして各属性及び各水準の効用値と各属性の重要度、及びたばこの健康影響が20倍から10倍に軽減することに対する1箱当たりのWTPを算出した。②保健医療プログラムの外部経済性、特にcaring externality(他者がプログラムを利用し、彼の健康状態が改善され、彼の効用が増加することによって、自分の健康状態は改善されないが、自分の効用が増加すること)の存在と大きさを検討するために、非喫煙者の健康影響のみを軽減する受動喫煙防止プログラムに対する喫煙者のWTP(非喫煙者に対するcaring externality)と非喫煙者のWTP(非喫煙者自身の便益)を測定した。調査対象者は東京都足立区に在住する20~69歳の住民とし、平成13年11月、郵送により自記式調査票を配布し、675人の回答を得た。受動喫煙による肺がんの相対危険度を1.44から1にする効果がある仮想の受動喫煙防止プログラムを公共事業として運営するための追加的な税金のWTPを設問した。喫煙者と非喫煙者のWTPの平均値から、受動喫煙防止プログラムによって喫煙者が享受する便益と非喫煙者が享受する便益を算出し、caring externalityの相対的な大きさを推定した。③都道府県が実施する地域保健に係る市町村職員への研修に対する、研修受講者と地域住民のWTPを測定した。仮想の事業として、3歳児を対象としたアレルギーに関する個別相談事業(アレルギー相談)と、アレルギー相談の質の向上を目的とした研修(アレルギー研修)を設定し、市町村保健婦を研修受講者、3歳児を地域住民として、それぞれ調査を実施した。3歳児調査では、東京都の7市で平成13年10~11月に実施された3歳児健診の受診者を対象に、会場で自記式調査票を配布し、郵送で回収し、279人の回答を得た。アレルギー相談とアレルギー研修を運営するための追加的な税金のWTPを設問した。保健婦調査では、東京都の市町村に勤務する全保健婦を対象に、平成13年11月に自記式調査票を配布し、249人の回答を得た。アレルギー研修に対する自己負担料のWTPを設問した。
結果と考察
①属性の重要度は、味30.8%、健康影響27.4%、価格22.4%、警告表示19.4%であった。警告表示の効用値
は「写真+厳しい警告文」が最も低かったことから、喫煙者はたばこの健康影響を視覚的に訴えられることを好まない傾向があり、たばこのパッケージへの写真の掲載はたばこの購買自体を抑制させる可能性があることが示された。少量喫煙者と多量喫煙者で健康影響の重要度が大きかったことから、少量喫煙者に対しては健康意識をより高めるような教育が効果的であると考えられる。しかし多量喫煙者は喫煙本数が多いがゆえに健康意識が高くなっているため、健康意識を高めるような教育の効果は小さいと考えられる。健康影響が20倍から10倍に軽減することに対するたばこ1箱当たりのWTPは、平均値176.4円、中央値140.0円、標準偏差137.1円であった。②受動喫煙防止プログラムに対する支払意思のない者(WTPが0円の者)の割合は23.4%であった。WTPは、0円を含む場合で平均値4,742円、中央値1,000円、標準偏差9,973円、0円を含まない場合で平均値6,448円、中央値3,000円、標準偏差11,149円であった。喫煙者と非喫煙者のWTPを比較すると、喫煙者の方が支払意思のない者の割合が大きかったが、支払意思のある者の中では喫煙者の方がWTPが高かった。受動喫煙防止プログラムによって、喫煙者が享受する便益は地域住民1人当たり1,988円、非喫煙者が享受する便益は地域住民1人当たり2,749円で、喫煙者のcaring externalityは非喫煙者の便益よりも小さかった。③3歳児のアレルギー研修に対するWTPは、平均値1,527円、標準偏差2,236円、中央値500円で、アレルギー疾患の有症者の方がWTPが低かった。アレルギー相談の便益には、健康状態の改善だけでなく、相談による安心の要素が多く含まれていると考えられるが、有症者にとっては安心だけでは問題の解決にならないためWTPが低くなったと考えられる。保健婦のアレルギー研修に対するWTPは、平均値5,647円、標準偏差7,837円、中央値3,000円であった。研修の必要性の高い者、主観的効果の大きい者、自費での研修を受講したことがある者の方がWTPが高かった。しかし一方で、地域住民のアレルギー疾患に関するニーズの指標である相談を受ける頻度とWTPとの相関はみられなかった。
結論
①喫煙者は健康影響が20倍から10倍に軽減するのであれば1箱260円を400~440円にしてもよいと認識しており、もし健康影響を半減するたばこを開発・普及するための費用がWTPよりも低いのであれば、その費用分を価格に上乗せしてもたばこの消費量は減少せず、喫煙者にとってもたばこ業界にとっても望ましい結果が得られる。②非喫煙者の健康影響の軽減に対する喫煙者のcaring externalityは非喫煙者自身が得られる便益よりも小さかったことから、喫煙者と非喫煙者の間で、どちらの効用も減少させないような取引は成立せず、受動喫煙の健康影響による損失はどのような資源配分によっても改善されない。③地域住民にとってのアレルギー研修の便益は質の高いアレルギー相談から得られる安心に対する価値であるが、研修受講者にとってのアレルギー研修の便益は自分自身の知識や技術の向上それ自体に対する価値であり、それが地域住民の健康水準の向上に寄与することに対する価値は含まれていなかった。

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