規制薬物の依存及び神経毒性の発現に係る仕組みの分子生物学的解明に関する研究

文献情報

文献番号
200101003A
報告書区分
総括
研究課題名
規制薬物の依存及び神経毒性の発現に係る仕組みの分子生物学的解明に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
佐藤 光源(東北福祉大学大学院精神医学)
研究分担者(所属機関)
  • 曽良一郎(東京都精神医学総合研究所)
  • 長谷川高明(名古屋大学医学部保健学科検査技術科学)
  • 浅沼幹人(岡山大学医学部)
  • 大熊誠太郎(川崎医科大学薬理学)
  • 鍋島俊隆(名古屋大学医学部)
  • 舩田正彦(国立精神・神経センター)
  • 笹征史(広島大学医学部)
  • 伊豫雅臣(千葉大学医学部)
  • 西川徹(東京医科歯科大学)
  • 内村直尚(久留米医科大学)
  • 氏家 寛(岡山大学医学部)
  • 秋山一文(獨協医科大学)
  • 谷内一彦(東北大学大学院)
  • 小島卓也(日本大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
-
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
(目的)覚醒剤とくにMAPを主とする規制薬物を対象に、依存と長期乱用による二次性脳障害(精神毒性)の発生に係わる仕組みを分子生物学的に解明し、新たな予防・治療法の開発と国際的な乱用防止の啓発に役立て、研究成果を社会に還元する。
研究方法
薬物依存および精神毒性の発現メカニズムに関する神経薬理学的研究では、主に生化学、神経薬理学、行動薬理学、薬物依存における脳性障害の検出・診断法に関する研究では主に神経化学、分子生物学、核医学の手法を用いた。
結果と考察
日本で長期にわたって乱用され、社会問題になっている代表的な規制薬は覚せい剤(メタンフェタミン)である。その強い精神依存性によって乱用者は容易に依存症に陥り、強迫的な長期乱用を生じる。それは二次性に脳障害を招き、それが覚せい剤精神病や再発しやすさなどの後遺状態を招いて乱用者と家族の社会生活機能を侵すだけでなく、ときには社会を震撼させる凶悪事件に発展することもある。本研究には、この問題に含まれる2つの問題、すなわち依存成立の脳内神経メカニズムと長期乱用に伴う二次的な脳障害の実態と発生メカニズムの解明が必要である。今回は初年度であるが、注目すべき成果が得られている。
覚せい剤による精神依存の形成に関与する脳内遺伝子が存在することが示され、それがinositol 1,4,5-triphosphate receptor 1に関連していることが示唆された(船田)。また、遺伝子改変マウスモデルを用いた研究で、コカイン依存にはドーパミン神経系が、モルヒネやエタノール依存にはμ受容体がそれぞれ関与することが示された(曽良)。また、覚せい剤を連続投与しりと脳報酬系の一部である側坐核ニューロンにおけるドーパミンや覚せい剤への過感受性が惹起され、それが受容体密度の増加か細胞内伝達系の変化によることが電気生理学的に示された(笹)。また、ニコチン暴露によるDBI発現のメカニズムが示唆されている(大熊)。以上から、覚せい剤がドーパミン神経系を中心とする脳の報酬系の機能障害を起こし、それが精神依存の成立に関与することが示唆された。
覚せい剤の長期乱用による神経毒性に関しては、覚せい剤によりP53とPAG608が活性化され、その下流にあるアポトーシス関連因子が活性化されて神経細胞死に至る可能性が明らかになった(浅沼)。また、この神経毒性に対して、TNF-αが抑制的に関与すること(鍋島)も示唆された。
覚せい剤精神病の発生メカニズムについては、基礎的な研究に加えて、本格的な臨床研究が開始されたのが注目される。氏家らは多施設の覚せい剤依存症と同精神病の多数例を対象にした脳ドーパミントランスポーターとドーパミンD2受容体の遺伝子を解析した。覚せい剤が脳ドーパミントランスポーターを介して神経終末内に入って中のドーパミンをシナプス間隙内に遊離させ、それがドーパミンD2受容体に結合して脳ドーパミン神経系を興奮させることが覚せい剤の主たる中枢作用とされているからである。その結果、ドーパミントランスポーター遺伝子でnon-commonを遺伝子にもつものや、ドーパミンD2遺伝子ではcommonアレルをもつ者が重症の覚せい剤精神病になりやすいことが示唆された。また、小島らは、多数の覚せい剤精神病患者を対象に追跡眼球運動を調べ、その反応的探索スコアが遷延持続型が早期消退型や健常者よりも低スコアを示し、その重症度に相関することが示された。遷延持続型の覚せい剤精神病者は、精神分裂病と同様の発症脆弱性をもつことが示唆されたのである。また、内村らは、覚せい剤精神病患者7名のドーパミンD2遺伝子解析を行い、Taq 1A多型と海馬の低血流を示すSPECT所見との関連を明らかにした。また、MRIで3例に多発脳梗塞を認めている。以上の成績は、いずれも世界的にも新しい臨床知見であり、覚せい剤精神病の診断と脳障害の重症度評価に役立つ可能性があり、次年度以降の展開が期待される。
覚せい剤精神病の基礎的研究では、逆耐性現象の発生機序をめぐる研究が進められた。周知のように、覚せい剤精神病が発病するまでの特徴ある臨床経過は逆耐性現象とよばれ(佐藤)、急性中枢興奮作用としての精神症状(不眠、覚醒、精神運動興奮、注意障害など)から猜疑心や錯覚など疑心暗鬼の体験時期を経て、やがて精神病エピソード(幻覚、妄想、激しい興奮など)が現れ、回復後もフラッシュバックのような再発しやすさが永続するのが特徴である。この逆耐性現象を動物で再現できることから、逆耐性現象のメカニズム解明が覚せい剤精神病の発病メカニズムの発見につながると考えられている。西川らは、この現象の成立に特異的な役割を演じる新規遺伝子mrt-1をすでに発見しており、さらにその分子構造や機能の解明に着手している。今回はMRT1のゲノム構造を明らかにするとともに、他の精神疾患との関連を検討するため変異の検索を始めた。また、新たに逆耐性現象の成立にかかわるもう一つの新規遺伝子mrt 3の塩基配列を明らかにし、この遺伝子が同現象に特異的に関わることを示した。伊豫は、覚せい剤長期乱用に伴う脳障害の発生を予防する薬物を開発する目的で、外因性および内因性グルタチオンが6-OHDA誘発神経細胞死を防ぐのに重要な役割を果たすことを指摘した。矢内と佐藤らは、覚せい剤精神病の逆耐性現象の発生に脳ヒスタミン神経系が抑制的に関与するという前年度までの研究成果をもとに、PETによる覚せい剤精神病の成因研究に必要なH1受容体の放射性リガンドを用いた脳内H1受容体の変化を検討した。次年度以降のPETによる脳ヒリタミン神経系の研究の基礎となる成績が得られている。このように、逆耐性現象の成立メカニズムの分子機構に関する新たら知見がえられ、覚せい剤精神病の発生機序を知る重要な基礎的所見が得られつつある。
結論

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