文献情報
文献番号
200100976A
報告書区分
総括
研究課題名
分子運動性パラメータの活用による次世代医薬品の安定性評価法の開発研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
吉岡 澄江(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
- 村勢則郎(東京電機大学)
- 米谷芳枝(星薬科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
医薬品製剤は分子レベルでは様々な運動性をもっており、製剤が保存中に示す物理的および化学的な経時変化は分子運動性によって支配されている。たとえ固形製剤においても、水分子をはじめとして経時変化を誘起するのに十分な運動性を有する分子が存在し、その運動性が製剤の有効期間を決定していると考えられる。現在、製剤の有効期間は、製剤を一定条件に長期にわたって保存する実証的な保存試験によってかなりの労力と資源を消費して設定されているが、物理的・化学的品質変化の本質を支配する分子運動性を指標として有効期間を推定することができれば有効期間の設定において大幅な効率化・省力化が可能になる。本研究は、ポストゲノム時代に臨んで重要性を増すタンパク質等を対象とした凍結乾燥製剤やリポソーム製剤の安定性評価に備え、製剤中の分子の運動性を測定する方法を体系化し、製剤の品質変化と分子運動性の関係を明らかにすることにより、保存安定性試験のみに依存することなく、製剤を構成する分子の運動性に基づいて有効期間を推定するための基礎研究を行う。本年度は、①デキストラン等の高分子添加剤を用いたタンパク質凍結乾燥製剤について、その安定性と密接に相関し、安定性評価に活用できる分子運動性のパラメータの探索を行うことを目的とし、NMR緩和測定によって得られる実験系スピン-格子緩和時間(T1)および回転軸系スピン-格子緩和時間(T1r)がそれぞれ製剤中のどのようなスケールの分子運動性を反映するのかを明らかにするための研究を行った。また、②凍結乾燥製剤の物理的状態を明らかにする目的で、架橋デキストランゲルの凍結状態における水分子の運動性をラマン分光法および二次元X線回折DSC同時測定によって解析した。さらに、③凍結乾燥製剤と並んで次世代医薬品と考えられるリポソーム製剤の分子運動性と安定性の関係を明らかにする目的で、リポソーム製剤を凍結乾燥品として保存できる利点がある凍結乾燥・再水和(DRV)法によって、薬物封入率が高く、粒子径の小さいリポソームを調製するための調製条件を調べ、特に再水和時においてリポソームの粒子径を支配する膜の分子運動性に及ぼす糖類の影響について検討した。
研究方法
タンパク質凍結乾燥製剤の分子運動性の測定
牛血清γグロブリン(BGG)をモデルタンパク質とする凍結乾燥製剤は、デキストラン(40k)およびBGGを重量比50:1で重水に溶解した溶液を凍結乾燥して調製した。製剤を一定相対湿度下(12%~86%RH)に保存し、水分含量を調整した。製剤中のプロトンのT1およびT1??をパルスNMRを用いて測定した。また、固体高分解能13C-NMRを用いてデキストランのメチン炭素のT1およびT1??を70ppmのピークの減衰に基づいて測定した。
架橋デキストランゲルの凍結状態における水分子の運動性の測定
試料として昇温結晶化の観測されているセファデックスG25ゲルの他に、G100、G10ゲルを使用した。乾燥したセファデックスビーズに蒸留水を添加して含水率50wt%に調整した。ラマンスペクトルは、微小冷却ユニットを使用して室温から約2℃/分で?40℃まで冷却し、その後設定温度までヒーターで加熱して測定した。二次元X線回折-DSC同時測定は、約2℃/分で?40℃まで冷却し、その後1℃/分で昇温して行った。X線回折像は1分ごとにCCD カメラで取り込み、その後FIT2Dのソフトを使用して出力した。
DRV法による薬物封入リポソーム製剤の調製
リポソームはDRV法により調製した。成分としては、精製卵黄レシチン (EPC) :コレステロール (Ch) :?-sitosterol glucoside (Sit-G) :オレイン酸 (OA) = 7:3:2:0~1 (モル比)を用いて、水和法によって多重層リポソームを作り、これを超音波処理して小さな一枚膜リポソームにした。これに各種類の糖とピラルビシン(THP)を総脂質に対して種々の比で加えて凍結乾燥し、得られた粉末に水を添加して再水和し、THP封入リポソームにした。リポソームの粒子径は、電気泳動光散乱光度計により測定した。凍結乾燥前、後および再水和後の粒子の状態は、走査電子顕微鏡によって観察した。
牛血清γグロブリン(BGG)をモデルタンパク質とする凍結乾燥製剤は、デキストラン(40k)およびBGGを重量比50:1で重水に溶解した溶液を凍結乾燥して調製した。製剤を一定相対湿度下(12%~86%RH)に保存し、水分含量を調整した。製剤中のプロトンのT1およびT1??をパルスNMRを用いて測定した。また、固体高分解能13C-NMRを用いてデキストランのメチン炭素のT1およびT1??を70ppmのピークの減衰に基づいて測定した。
架橋デキストランゲルの凍結状態における水分子の運動性の測定
試料として昇温結晶化の観測されているセファデックスG25ゲルの他に、G100、G10ゲルを使用した。乾燥したセファデックスビーズに蒸留水を添加して含水率50wt%に調整した。ラマンスペクトルは、微小冷却ユニットを使用して室温から約2℃/分で?40℃まで冷却し、その後設定温度までヒーターで加熱して測定した。二次元X線回折-DSC同時測定は、約2℃/分で?40℃まで冷却し、その後1℃/分で昇温して行った。X線回折像は1分ごとにCCD カメラで取り込み、その後FIT2Dのソフトを使用して出力した。
DRV法による薬物封入リポソーム製剤の調製
リポソームはDRV法により調製した。成分としては、精製卵黄レシチン (EPC) :コレステロール (Ch) :?-sitosterol glucoside (Sit-G) :オレイン酸 (OA) = 7:3:2:0~1 (モル比)を用いて、水和法によって多重層リポソームを作り、これを超音波処理して小さな一枚膜リポソームにした。これに各種類の糖とピラルビシン(THP)を総脂質に対して種々の比で加えて凍結乾燥し、得られた粉末に水を添加して再水和し、THP封入リポソームにした。リポソームの粒子径は、電気泳動光散乱光度計により測定した。凍結乾燥前、後および再水和後の粒子の状態は、走査電子顕微鏡によって観察した。
結果と考察
タンパク質凍結乾燥製剤の分子運動性
デキストランを添加剤として用いたタンパク質凍結乾燥製剤のプロトンおよびデキストランメチン炭素のT1は温度上昇とともに減少し、この温度領域がslow motional regimeであることが分かった。T1は湿度が上昇するにしたがって減少し、水による分子運動性の増大が観察された。1H のT1rは12%RHでは温度による有意な変化はみられなかったが、その他の湿度条件下では温度とともに変化し、その変化の度合いはT1より大きかった。T1rは比較的高い湿度では極小値を示し、その極小値が見られる温度は湿度の上昇とともに低下した。60%RHにおいて凍結乾燥製剤中のデキストランは少なくとも3個のtcで表される分子の動きをもつことが分かった(①高温高湿度条件で観察されるT1rの大きな変化をもたらす遅い動き、②比較的低い温度領域においてT1rの小さな変化をもたらす動き、さらに、③乾燥状態で低温領域に観察されるより速い動き)。T1およびT1rの実測値はデキストラン分子の動きが3個の異なるtcからなると仮定して計算した値にほぼ一致し、T1はtc2およびtc3の動きを反映するのに対して、T1rはtc1およびtc2の動きを反映することが示唆された。T1およびT1rはいずれも温度がTmc ( 1Hのスピン-スピン緩和においてロレンツ型緩和が現れ始める温度)を超えて上昇すると急激に減少し、tc1およびtc2で表される分子運動が急激に高まることが示された。活性化エネルギーおよびプロトン間の距離の計算値からtc2はデキストラン分子のメチレンプロトン、tc1はメチンプロトンの動きによることが示唆された。
凍結挙動からみた水分子の運動性
架橋デキストランゲルのラマン測定の結果、波数3400cm-1付近にOHの伸縮振動による散乱ピークがみられた。DSCで昇温過程における発熱ピークが観測されたあとの?11℃では、3400cm-1付近の散乱ピークが低波数側にシフトしブロード化している。これは氷の生成によるもので、発熱ピークが昇温結晶化によるものであることがラマン分光法でも確認された。以上より、凍結したG25ゲル中において、氷晶を形成していない水、すなわち、ガラス化した水の存在が確認された。二次元X線回折-DSC同時測定では、六方晶氷の(100)、(002)、(101)面からの反射に対応する回折像が3本の同心円(リング)状に観測された。凍結したG25ゲルでは回折強度の均一な連続したリングが観測されたが、昇温と共にリング状の回折強度は不均一化し、同じリング上にスポットが不連続に配列した回折像を示すようになった。昇温DSC曲線の発熱ピークに対応して、スポットの強度が増大し、数も増加した。凍結したG10やG100ゲルでは連続したリングは観測されなかった。ラマン分光法により、凍結したG25ゲル中において、ガラス化した水の存在が初めて確認された。
DRV法による薬物封入リポソーム製剤の分子運動性と安定性
添加する糖の検討として、リポソーム(EPC:Ch:Sit-G:OA=7:3:2:0)にグルコース、乳糖、ショ糖を総脂質と同重量だけ添加したときのリポソームのサイズは、凍結乾燥・再水和前は80 nm位であるが、凍結時にショ糖を添加したとき最も小さく、薬物封入率は20%位と低いことが明らかとなった。次に、リポソーム(EPC:Ch:Sit-G:OA = 7:3:2:1)においてショ糖の最適添加量を調べた結果、総脂質の8倍重量のショ糖を添加したとき、リポソームのサイズは約300 nmと小さく、薬物封入率も80%位を維持することが明らかとなった。さらに、添加水量を変えて再水和した結果、水の添加量が多いほど再水和後のリポソームのサイズは大きくなり、薬物封入率が低くなった。再水和後の粒子径は300-500 nmであったが、さらに超音波照射処理によって粒子径200 nm以下の小さなリポソームとなり、薬物封入率は約80%と高い値を維持していた。各操作過程におけるリポソーム膜状態を走査電顕で調べたところ、凍結乾燥後にはリポソームのベシクル状態は観察されず、再水和後にはベシクル状態が観察されたことから、破壊されたリポソームの膜構造は、再水和時に再構築が起きており、そのとき水に溶解した薬物がリポソーム内に進入すると推察した。
デキストランを添加剤として用いたタンパク質凍結乾燥製剤のプロトンおよびデキストランメチン炭素のT1は温度上昇とともに減少し、この温度領域がslow motional regimeであることが分かった。T1は湿度が上昇するにしたがって減少し、水による分子運動性の増大が観察された。1H のT1rは12%RHでは温度による有意な変化はみられなかったが、その他の湿度条件下では温度とともに変化し、その変化の度合いはT1より大きかった。T1rは比較的高い湿度では極小値を示し、その極小値が見られる温度は湿度の上昇とともに低下した。60%RHにおいて凍結乾燥製剤中のデキストランは少なくとも3個のtcで表される分子の動きをもつことが分かった(①高温高湿度条件で観察されるT1rの大きな変化をもたらす遅い動き、②比較的低い温度領域においてT1rの小さな変化をもたらす動き、さらに、③乾燥状態で低温領域に観察されるより速い動き)。T1およびT1rの実測値はデキストラン分子の動きが3個の異なるtcからなると仮定して計算した値にほぼ一致し、T1はtc2およびtc3の動きを反映するのに対して、T1rはtc1およびtc2の動きを反映することが示唆された。T1およびT1rはいずれも温度がTmc ( 1Hのスピン-スピン緩和においてロレンツ型緩和が現れ始める温度)を超えて上昇すると急激に減少し、tc1およびtc2で表される分子運動が急激に高まることが示された。活性化エネルギーおよびプロトン間の距離の計算値からtc2はデキストラン分子のメチレンプロトン、tc1はメチンプロトンの動きによることが示唆された。
凍結挙動からみた水分子の運動性
架橋デキストランゲルのラマン測定の結果、波数3400cm-1付近にOHの伸縮振動による散乱ピークがみられた。DSCで昇温過程における発熱ピークが観測されたあとの?11℃では、3400cm-1付近の散乱ピークが低波数側にシフトしブロード化している。これは氷の生成によるもので、発熱ピークが昇温結晶化によるものであることがラマン分光法でも確認された。以上より、凍結したG25ゲル中において、氷晶を形成していない水、すなわち、ガラス化した水の存在が確認された。二次元X線回折-DSC同時測定では、六方晶氷の(100)、(002)、(101)面からの反射に対応する回折像が3本の同心円(リング)状に観測された。凍結したG25ゲルでは回折強度の均一な連続したリングが観測されたが、昇温と共にリング状の回折強度は不均一化し、同じリング上にスポットが不連続に配列した回折像を示すようになった。昇温DSC曲線の発熱ピークに対応して、スポットの強度が増大し、数も増加した。凍結したG10やG100ゲルでは連続したリングは観測されなかった。ラマン分光法により、凍結したG25ゲル中において、ガラス化した水の存在が初めて確認された。
DRV法による薬物封入リポソーム製剤の分子運動性と安定性
添加する糖の検討として、リポソーム(EPC:Ch:Sit-G:OA=7:3:2:0)にグルコース、乳糖、ショ糖を総脂質と同重量だけ添加したときのリポソームのサイズは、凍結乾燥・再水和前は80 nm位であるが、凍結時にショ糖を添加したとき最も小さく、薬物封入率は20%位と低いことが明らかとなった。次に、リポソーム(EPC:Ch:Sit-G:OA = 7:3:2:1)においてショ糖の最適添加量を調べた結果、総脂質の8倍重量のショ糖を添加したとき、リポソームのサイズは約300 nmと小さく、薬物封入率も80%位を維持することが明らかとなった。さらに、添加水量を変えて再水和した結果、水の添加量が多いほど再水和後のリポソームのサイズは大きくなり、薬物封入率が低くなった。再水和後の粒子径は300-500 nmであったが、さらに超音波照射処理によって粒子径200 nm以下の小さなリポソームとなり、薬物封入率は約80%と高い値を維持していた。各操作過程におけるリポソーム膜状態を走査電顕で調べたところ、凍結乾燥後にはリポソームのベシクル状態は観察されず、再水和後にはベシクル状態が観察されたことから、破壊されたリポソームの膜構造は、再水和時に再構築が起きており、そのとき水に溶解した薬物がリポソーム内に進入すると推察した。
結論
デキストラン等の高分子添加剤を用いたタンパク質凍結乾燥製剤について、その安定性と密接に相関し、正確な安定性評価に活用できる分子運動性のパラメータの探索を行った結果、NMR緩和測定によって得られるT1およびT1?が、それぞれ時間軸の異なる運動を反映し、凍結乾燥製剤の分子運動性の指標として活用できることが明らかになった。また、凍結した架橋高分子-水系で観測される昇温結晶化のメカニズムと、昇温結晶化に先行してDSC昇温曲線が吸熱方向へ移行する原因を明らかにする目的で、凍結状態のラマンスペクトル測定、二次元X線回折-DSC同時測定を試みた結果、ラマン分光法により、凍結したゲル中においてガラス状態の水の存在を検出することができた。さらに、次世代医薬品と考えられるリポソーム製剤の調製法として、卵黄レシチンおよびコレステロール等から調製したリポソームに、薬物と糖を添加し凍結乾燥した後、再水和する方法が薬物封入率の高いでリポソームを得られる有用な方法であることが明らかになった。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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