アルミニウムなど金属とアルツハイマー病発症機構との因果関係に関する研究

文献情報

文献番号
200100939A
報告書区分
総括
研究課題名
アルミニウムなど金属とアルツハイマー病発症機構との因果関係に関する研究
研究課題名(英字)
-
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
武田 雅俊(大阪大学大学院)
研究分担者(所属機関)
  • 大河内正康(大阪大学大学院)
  • 遠山正弥(大阪大学大学院)
  • 飯塚舜介(鳥取大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1)アルツハイマー病の病理過程においてタウ蛋白のリン酸化と自己重合に基づく神経原線維変化の形成は比較的下流に位置するものと考えられているが、1998年このタウ遺伝子の変異によっても家族性痴呆症が引き起こされることが判明し、FTDP-17(Fronto-Temporal Dementia with Parkinsonism, linked with chromosome 17)と呼ばれている。そこで今回の研究では、タウ蛋白の遺伝子変異導入細胞でもアルミニウム暴露によって何らかの機能異常など差が見出せないかについて検討をおこなった。
2)アルツハイマー病の神経病理学的変化の形成過程に対してアルミニウムなどの重金属がどのような働きをもつか検討することを考えた。最近、アルツハイマー病アミロイドβ蛋白の不溶化および凝集過程にプロトフィブリルという中間段階が存在することが報告された。この奇妙な中間段階の形成・消失にアルミニウムなどの金属がどのような影響をおよぼすか報告はない。最近、Ab40/Ab42比率の上昇という現象の下流にプロト・フィブリル形成の速度の上昇がある可能性を示唆する結果が報告された。以上の点を考慮して我々はアルミニウムなどの金属がこのプリトフィブリル形成に関与するかどうか検討することにした。
3)アルミニウムは多くの用途を介してヒトはかなりの暴露を受けているにもかかわらず体内蓄積量は少なく、ほとんどが速やかに尿中に排泄されるから腎にはアルミニウムの特異的な排泄機構が存在する可能性がある。アルミニウム排泄機構を解明することを第一の目的とする.マウスのアストロサイト初代培養細胞を用い13Cラベルしたグルコースを用いて2次元NMR法で代謝物を観測することにより,アルミニウムのアストロサイトに対する作用及び中枢神経系入ったアルミニウムの代謝についての知見を得ることを第二の目的とする.
4)我々はADの大多数を占める孤発性AD(SAD)患者脳においてプレセニリン2(PS2)遺伝子のエクソン5を欠くスプライシングバリアント(PS2V)が高頻度に発現していることを見い出しその産生機構について詳細な解析を行ってきた。今回我々は細胞外から取り込まれたアルミニウムが変異PS1と同様な効果すなわち小胞体ストレス応答性の低下を引き起こすメカニズムを明らかにすることを目的とした。
研究方法
結果と考察
1)1mMのアルミニウム/マルトールを添加したところ、R406W-PC12細胞の細胞死が他の細胞より有意にて多かった。250μMアルミニウム/マルトールを10ng/ml NGFと同時に添加しておこなったところ、神経突起数については細胞間での差が認められなかったが、神経突起長については変異タウ発現細胞において有意に抑制されていることがわかった。タウ蛋白のリン酸化への影響を検討したところ、未分化PC12細胞を1mMの最終濃度アルミニウム/マルトールにて3時間までの変化を検討したところ、まずアルミニウム未添加の時点でPHF-1抗体での染色が強く、またアルミニウム添加によってどの細胞株もPHF-1抗体による染色性が亢進したが、3時間後における染色性のレベルはR406W-PC12、P301L-PC12、P301L-PC12の順に高かった。また、リン酸化非依存性のポリクローナル抗タウ蛋白抗体を用いて同様の検討をおこなったが各サンプル間に染色性の大きな差はなく、タウ蛋白発現量はほぼ一定であった。よって、タウ蛋白のSer396/404部位におけるリン酸化レベルは変異タウの方がアルミニウム刺激前も後も亢進していることが示唆された。
2)アミロイドβ蛋白を4日間インキュベーションするとアミロイド・フィブリルの形成が認められた。アミロイド・プロトフィブリルはアミロイドβ蛋白を4日間インキュベーションした場合形成されなかった。そのため、我々はこのアミロイドフィブリルが生成される途中でアミロイドプロト・フィブリルは形成されていたかどうか検討したところアミロイド・プロトフィブリルはアミロイドβ蛋白を1日間インキュベーションした時点で形成されていた。この結果は、アミロイドβ蛋白のフィブリル形成過程は単なる凝集の結果というよりは、凝集と溶解の混合したプロセスであることを示唆している。それでは、この間の沈査分画のフィブリル形成はどうなっているのか、次ぎに検討したところアミロイド・フィブリル形成はアミロイドβ蛋白を4日間インキュベーションする間単調に増加していた。つづいて、SECで素通りした高分子量のアミロイド・プロトフィブリルとはどのようなものなのか電子顕微鏡で観察した。この部分には、直径10nmで長さが100nm程度の細長い凝集物が認められた。即ち、SECで素通り分画にピークが認められたときの電子顕微鏡観察でアミロイド・プロトフィブリル形成が認められた。続いて、このように複雑なアミロイドβ蛋白のアミロイドフィブリル形成にアルミニウムなどの金属がどのような影響を示すか検討した。インキュベーション時間を8日まで延長したところ、未成熟なアミロイド・フィブリル様の凝集物を認めた。この傾向はアルミニウム、亜鉛、銅イオンで同じであった。このことから、これらの金属イオンにはアミロイドβ蛋白の凝集を遅らせる働きがあると考えられる。最後にプロト・フィブリル形成はこれらの金属イオンによりどのような影響を受けるのか検討したところプロトフィブリル形成を確認できなかった。即ち、アルミニウムはアミロイド・プロトフィブリル形成を阻害する可能性がある。
3)Differential Displayでアルミニウム投与マウスの腎臓で発現が亢進または低下していたバンドを38種類確認した。このうち13種類のバンドの塩基配列を決定することができた。
特異的な発現を示した13種類の遺伝子のうち8種類はアルミニウム投与マウスで発現が亢進し、5種類は低下していた。培養液中にはlactate, aranine, acetate, pyruvate, glutamine, citrateのisotopomerが観測された.1Hの1D測定から succinate, glutamateが放出されると報告されているが,我々が今回行った培養では,succinate, glutamateは全く検出されなかった.小脳アストロサイトの特徴は,大脳由来と比べてcitrateの放出が極めて多いことであった.また,0.1mM Al-glycinateの存在でcitrateの放出が抑制された.小脳顆粒神経細胞とアストロサイトの共培養においても同様に,lactate, aranine, (acetate, pyruvate,) glutamine, citrateのisotopomerが観測されたアストロサイトの単一培養と比べて,citrateの濃度が少なかった.顆粒神経細胞によって取り込まれたと考えられる.
4)まず、一過性アルミニウム添加の効果について検討した。即ち、PS2Vのバンドを指標にアルミニウム単独でのPS2Vの検出を試みた。アルミニウム25,100,250μM添加後24時間で用量依存性は認められないものの明らかに低酸素刺激により検出される位置にPS2V由来のバンドを検出した。それではアルミニウムは低酸素刺激によるPS2V産生を増強するか否かを検討する目的で上記濃度のアルミニウム添加後低酸素刺激12時間、24時間でPS2Vの検出を試みた。その結果、アルミニウムは低酸素刺激によるPS2V産生能を増強していると考えられた。続いて持続的アルミニウム添加の効果について検討した。2.5,25μMアルミニウムを含む培地で1、2週間、1,2,3ヶ月間培養した後、一過性負荷実験同様の操作を行いPS2Vの検出を試みた。驚いたことにアルミニウム3ヶ月持続負荷した群では低酸素刺激2時間後から既にPS2Vが検出され、その発現ピークは4~6時間と低酸素刺激単独の際の発現時間(16-21時間)を大きく短縮させた。さらにアルミニウム添加によるHMG-Iタンパク質発現に及ぼす影響について検討した。PS2Vは低酸素刺激によって誘導されるHMG-Iタンパク質がPS2mRNA前駆体上のエクソン5に結合してエクソン5が脱落してしまうことが分かっている。アルミニウムがPS2V産生を増強あるいは単独でPS2V産生能を持つことから、アルミニウムによるHMG-Iタンパク質の発現変化について検討した。アルミニウム添加細胞から抽出した核分画においてアルミニウム非添加群に比べてHMG-Iタンパク質の濃度が上昇していることを確認した。最後にアルミニウム添加による細胞死への影響についてい検討した。アルミニウム25μM一過性添加群、持続的負荷群、マルトール25μM持続的添加群にそれぞれ低酸素+小胞体ストレスであるツニカマイシン2μg/ml刺激を行い、その後の細胞死の程度を評価した。アルミニウム持続負荷群では低酸素+Tm刺激後20時間で明らかにマルトール持続負荷群に比べ細胞死が進んでいた。
結論
1)アルミニウム暴露と変異タウ蛋白とは神経突起伸張または軸索輸送のレベルで作用点が同じである可能性が示唆された。2)アルミニウムなどの金属イオンはアミロイド・プロトフィブリル形成を遅らせる働きがあること、および、アルミニウムはアミロイド・フィブリル形成を阻害する可能性がある。3)正常マウス腎臓においてアルミニウム排泄に関与する未知遺伝子を6種類確認した。アストロサイトがアルミニウムを取り込みクエン酸塩として保持することにより,神経細胞に影響を及ぼさないように防御していることがうかがわれた.4)アルミニウムが孤発性アルツハイマー病患者に特異的に見られるPS2V産生機構を促進し、あるいは自ら関わり、PS2Vを産生することを明らかにした。

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