侵入動物及び侵入ベクターのサーベイランスシステム構築に関する研究

文献情報

文献番号
200100928A
報告書区分
総括
研究課題名
侵入動物及び侵入ベクターのサーベイランスシステム構築に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
内田 幸憲(神戸検疫所)
研究分担者(所属機関)
  • 倉根一郎(国立感染研究所)
  • 鈴木荘介(東京検疫所)
  • 高橋 央(国立感染研究所)
  • 内田 幸憲(神戸検疫所長)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
新興再興感染症の60%以上は人獣共通感染症であり、人と貨物の大量高速移動に伴って病原体を保有する侵入動物、侵入ベクターの移動が容易になっている。欧米各国ではそれぞれ対応システムを構築しているが、我が国ではベクターサーベイランス・コントロール体制は現行感染症法の中では後退し、検疫所における機能も弱体化している。
本研究は最終年度を迎えているが、侵入動物・侵入ベクターサーベイランスシステムの構築に向け不足していたことの補充、実践応用への整備、過去の実態分析、現状体制の問題点の整理を行うことで新しい『侵入動物・侵入ベクターサーベイランスシステム構築』の提言を行うべく最終検討を行った。
研究方法
遺伝学的解析による侵入動物の実態と感染症汚染実態調査では、過去30年間(1971 - 2000年)の検疫所業務年報の分析整理の中で港湾ネズミ族の捕獲実態の変化、外部寄生虫(ノミ)、内部寄生虫(広東住血線虫)の拡大状況を解析した。また侵入動物の保有病原体(ペスト菌、ハンタウイルス:HFRSウイルス、リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス:LCMウイルス)についても整理、解析をした(鈴木)。また、ネズミ族捕獲を民間に委託できないかを検討する目的で東京、名古屋、神戸地区でペストコントロール協会と委託契約を行い実施した(内田)。侵入ベクターの代表である蚊族の遺伝学的分析は不可能と思われたが地域特性を持つヒトスジシマカをPCR法で区別することを試みた(倉根)。蚊からのフラビウイルス(デング熱、黄熱、日本脳炎、ウエストナイル脳炎)ゲノム検出法の改良を行い、全国的に蚊のサーベイランスへの実践活用を試みた(内田)。クリミア・コンゴ出血熱(CCHF)ウイルス感染症の診断と疫学調査のためにELISA法によるIgG抗体検出法を検討し、CCHFウイルス保有ダニからNested PCR法を用いてウイルスゲノム検出の検討を行った(倉根)。韓国保健院、台湾CDC、検疫所、八重山保健所の担当者と直接面談方式にて情報収集するとともに各国の月報、年報も分析し、日本・韓国・台湾におけるマラリア対策を検討した。さらに海外の現状と日本の現状と課題についてこれまでの2年間の海外調査をふまえ、全国検疫所へ直接訪問して現場状況、人員の配置、業務概況の分析を行った(高橋)。
結果と考察
過去30年間の検疫所業務年報分析によれば64499匹(ドブネズミ74%、ハツカネズミ14%、クマネズミ8%、アカネズミ4%)が捕獲され10年連続で捕獲数は激減していた。しかしハツカネズミの比率は上昇していた。また船内で捕獲されるネズミは減少していた。船舶輸送がコンテナ化したためと思われるがコンテナヤード周辺で外来性ハツカネズミが多く発見されていた。しかしこれらの事実の裏には検疫所での衛生活動機能の低下がある(後述)との指摘もあり、港湾の整備、環境改善によるものとの判断は下せないかと思われた。外部寄生虫のノミについてはケオプスネズミノミの採取数が増えていた。これはほとんどが那覇港のネズミからであった。侵入動物の遺伝学的解析は継続され、新たに東京湾、鹿児島湾において外来性ハツカネズミの侵入定着が確認され、この3年間で小樽港では外来性クマネズミが、横浜、名古屋、大阪、神戸、志布志、東京、鹿児島の7港では外来性ハツカネズミが侵入定着していることが確認された。これらの侵入定着ねずみを含めてペスト、HFRS、LCM、広東住血線虫の病原体保有状況の検査成績を整理した。ペストは1994年以降開始された抗体検査ではすべて陰性であった。HFRSの抗体陽性ネズミが確認された港は1975 - 1995年の間では9港、1996 - 1998年では14港で陽性率、抗体価ともに高かったが、1999 - 2001年では8港と減少し、陽性率、抗体価も低下していた。LCM抗体保有ハツカネズミは大阪、横浜港で確認されていたが本年度は名古屋、神戸港でも確認された。広東住血線虫を保有するネズミは、1980年代には9港、1990年代は6港で発見されていたが、今年度は新たに大阪港でも発見された。東京、名古屋、神戸の3地区において民間委託によるネズミ族の捕獲はかろうじて成功し、3ヶ月間で70匹が捕獲された。これまで駆除を中心に行っていたが指導により捕獲も可能と思われた。地理的に異なった地域に生息するヒトスジシマカをPCR法で区別する試みについてはようやく目処がついた。成虫になって形態学的特徴が不明瞭となったネッタイシマカとヒトスジシマカの判別はゲノムDNA上にあるリボソームDNAシストロンのITS 2領域をハエ目に共通して利用できるプライマーを用いてPCRを行うことで可能となった。
また、ヒトスジシマカの地理的に異なった生息地域の判別はITS 2領域のPCR産物を少なくともHinf I制限酵素で切断したパターンを比較することで区別することが可能となった。また、蚊からのフラビウイルスゲノム検出法に改良を加え、感度は100倍となり、ウエストナイルウイルス感染蚊からのウイルスゲノム検出にも成功した。さらに全国検疫所で採取された蚊からのウイルスゲノム検出検査も組織的に行われるようになり、実践活動が開始された。今年度の検査ではすべて陰性であった。CCHFウイルス感染症の診断と疫学調査のための研究で一番大きな障害はBSL 4実験室が我が国では使用が不可能なことである。しかし、BSL 4実験室でなくてもウイルス学的検査が可能になるように、組換えウイルス抗原を用いたELISA法によりCCHFウイルス特異IgG抗体検出法及びHeLa/CCHFウイルス-NP細胞を樹立してIFA(蛍光抗体法)によるIgG抗体検出法を確立し、ヒツジ血清で確認ができた。ELISA法での感度は100%精度は86%であった。IFAでの感度は94%、精度94%であった。ダニからのCCHFウイルスゲノムの検出は可能であったが中国におけるCCHFウイルスの塩基配列に違いがありプライマーの設計、PCRの条件等さらに検討する課題が残された。日本 - 韓国 - 台湾におけるマラリア対策及び海外の現状と日本の検疫所業務の現状と課題との比較・解析においては、各国は地域の特性、歴史的体験をふまえたそれぞれのガイドラインを実施している。我が国においては各検疫所間での情報交換は弱く、国内対策を行う保健所での蚊対策の実施はなされず、検疫所との連携もみられなかった。検疫所では対応人員が過度に不足しているにもかかわらず入国可能港が過分散している。また現状の物流状況で侵入動物・ベクター対策は水際だけでの防疫業務では不十分であり周辺自治対との連携や動物検疫所・植物防疫所との連携も必要と思われた。
結論
①遺伝学的検査により、侵入ネズミが確認された港のネズミ族の病原体保有検査は十分に行われるべきである。②成虫となって形態学的判別が困難なネッタイシマカとヒトスジシマカをPCR法で判別することが可能となった。また外来性のヒトスジシマカと在来性のものとの判別もPCR法で可能であった。③完成したフラビウイルス感染蚊からのウイルスゲノム検出法を初めて実践活用した。全国検疫所で採取された蚊からフラビウイルスを検出することはなかった。④BSL 4実験室の使用が許されない我が国において動物血清でのスクリーニング検査を確立した。また、感染マダニからのCCHFウイルスゲノムの検出は可能となったが、中国におけるCCHFウイルスの塩基配列に違いがあることからプライマーの設計、PCRの条件等さらなる検討が必要であることが判明した。⑤諸外国は地域の特性、歴史的体験をふまえた侵入動物・侵入ベクター対策、ガイドラインに基づく対応をしているが、我が国では国内対策はほとんどなされず、水際においても人員不足と人員の過分散、周辺自治体や他検疫所、動物・植物検疫所との連携のない孤立的対応しかなされていなかった。水際と国内間の連携、人員の集約化、民間委託等、連携を高める効率的なシステム構築が強く望まれる。総合報告書にサーベイランスシステムの提言を行う。

公開日・更新日

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