食品中に残留するカドミウムの健康影響評価について(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100893A
報告書区分
総括
研究課題名
食品中に残留するカドミウムの健康影響評価について(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
櫻井 治彦(中央労働災害防止協会労働衛生調査分析センター)
研究分担者(所属機関)
  • 香山不二雄(自治医科大学)
  • 池田正之(京都工場保健会研究部)
  • 大前和幸(慶應義塾大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
104,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
カドミウムは地球上に偏在する元素であり、生体に摂取されると排泄速度が遅く、生物学的半減期が極めて長いという特性を持つ。多くの臓器に蓄積するが、腎臓への蓄積が濃度としては最大であり、一定度の蓄積を超えると腎機能への影響が現れる。ヒトの生物学的半減期は10年程度或いはそれ以上と推定されている。従ってカドミウムへの低濃度長期曝露を受けていると、数十年後に腎臓でのカドミウム濃度が有害レベルに達し腎機能障害を起こす場合がある。更に最近では同程度の曝露レベルのカドミウムが骨粗鬆症の発症要因として関連しているとの報告もある。長期の曝露後に成立するこの種の影響を予防するための曝露限界値を明らかにすることは容易ではなく、いまだに明確な根拠に基づいた曝露限界値は確立されていない。わが国においては過去の鉱業活動及び地質の特性から比較的高い濃度のカドミウムを保有する農業用地が散見され、農業生産物中のカドミウム濃度も高い場合があるため、正確な曝露限界値を設定する必要性が大きいJECFA(WHO/FAO Joint Expert Committee on Food Additives and Contaminants)はカドミウムの経口摂取におけるProvisional Tolerable Weekly Intake (PTWI)として7μg/kg/dayを提案しているが、その根拠として腎皮質における臨界カドミウム濃度の推定値及びトキシコカイネティックスに関する多くの仮定を用いており信頼性に欠ける。最近はより高い安全性を求めより低い限界値を設定するべきとの国際的見解も強まっている。従って妥当な安全性を保証する精度の高い曝露限界値を設定するために、ヒトにおけるカドミウムの曝露量と健康影響の間の定量的関係に関して、未解決の問題点に答えるデータを提供する研究を実施する必要性は極めて大きい。本研究では、上記の目標を達成するために、十分に大きなヒトの集団を対象として、微量栄養素等の栄養状態及びカドミウム以外の汚染化学物質曝露にも配慮しつつ、カドミウム曝露指標と影響指標の関係を明らかにし、更に食品からのカドミウム摂取とカドミウム曝露指標との関連を明らかにすることにより、食品からのカドミウム摂取に関して、従来よりもはるかに信頼性の高い曝露限界値を設定することを目的とする。
研究方法
カドミウムに関しては、一般人の曝露レベルが十分に大きな安全域を持っているとは想定されないため、精度の高い曝露限界値を設定する必要がある。従って実験動物によって得られる量影響関係についての情報からヒトへの外挿を行うことは不適当と考えられるので、すべてヒトを対象として研究を実施した。女性が男性よりも大きなリスクをカドミウム曝露に関して負っていると考えられるので、限定されたサンプルサイズを有効に活用するため本研究班の疫学研究では、研究対象を中年期以降の女性に限定した。この基本方針によりカドミウム曝露と影響の関係を疫学的、定量的に明らかにするために、研究デザインの異なる2つの研究を行った。
分担研究者香山は、日本全国にまたがる5地区に居住する、40歳以上、非喫煙の農村婦人各200名(合計約1,000名)を対象とした。調査項目は、自記式質問票による栄養調査、質問票による生活習慣調査、身体計測、骨密度測定、米、味噌中のカドミウム、血液中のカドミウム、鉛、ダイオキシン類、DDE、貧血指標、肝機能指標、脂質代謝指標、腎機能指標、骨代謝指標、骨代謝に影響を与える要因等である。研究計画は自治医科大学生命倫理委員会で審査され承認を得た。なお、分担研究者香山が平成13年度に実施した研究経費の一部が本厚生科学研究費補助金より支出された。
分担研究者池田は、全国10箇所に居住する35-60歳代の健康な女性、各1,000名(合計約10,000名)を対象とした。測定項目は、カドミウム曝露指標として尿中カドミウム、関連元素として尿中、亜鉛、カルシウム、マグネシウム、及び腎機能指標の測定である。更に質問紙調査として、閉経関連情報、出産関連情報、職業的重金属曝露に関する情報を収集した。文書によるインフォームド。コンセントを十分に行い、承諾を得られた場合にのみ尿サンプルの提供を受けた。なお、分担研究者池田が平成13年度に実施した研究経費の一部が本厚生科学研究費補助金より支出された。
分担研究者大前はカドミウム曝露量とカドミウム曝露指標の関係を明らかにすることによりカドミウム曝露限界値を設定することを目的として、ヒトを対象とする実験的研究を行った。カドミウム曝露指標として尿中カドミウム排泄量を採用し、上記の2つの疫学研究によりその一定の値を曝露限界と想定できることが明らかになった場合に、次にそれに対応する経口カドミウム摂取量を知る必要がある。経口カドミウム摂取量の限界値としては、数十年にわたり摂取し続け平衡状態に達した状態において、丁度曝露限界に相当する尿中カドミウム排泄に到達する量を採用するのが適当である。平衡状態における経口摂取量の限界値(耐容1日摂取量;TDI)は腸管からの吸収量が尿中及び腸管排泄量の和に等しくなる経口摂取量であり、この値は腸管への排泄量と腸管での吸収率がわかれば計算できる。従って本研究では女性ボランティア約25名について、実験的にカドミウムの腸管排泄量及び各種食品中カドミウムの腸管吸収率を測定した。カドミウムの生物学的半減期が極めて永いため、腸管への排泄量は尿中排泄量と同様に変動が小さいと考えられるから、経口摂取量を実験的に変動させればその値を測定することができる。腸管排泄量がわかれば、腸管吸収量は経口摂取量、糞便中排泄量、腸管排泄量から計算できる。経口摂取量を実験的に変動させる方法としては、経口カドミウム摂取量を通常の濃度からゼロに近い低濃度に変化させる方法を採用した。研究計画は慶應義塾大学医学部倫理委員会において承認を得た。なお、分担研究者大前が平成13年度に実施した研究経費については全て本厚生科学研究費補助金より支出された。
結果と考察
分担研究者香山は、 全国5地域の調査を行い、A地域にて203名、B地域にて202名、C地域にて203名、D地域204名、E地域にて596名、合計1,407名の農家女性の受診者について、血中ダイオキシン類、Pb、Cd、DDE、血算、ヘモグロビン、血清鉄、肝機能指標 GOT、GPT 、γGTP、総コレステロール、HDL-コレステロール、トリグリセリド、 血中β2-ミクログロブリン、尿中β2-ミクログロブリン、α1-ミクロ、グロブリン、骨代謝指標として血中カルシウム、リン、オステオカルシン、骨型ALP、性腺刺激ホルモンとしてLH、骨代謝に影響を与える要因としてイソフラボン等を検査した。
また、自記式質問票による栄養調査、及び、各自持参の米と味噌、味噌の塩分濃度測定、Pb、Cd濃度測定を行った。加齢に伴い尿中β2-ミクログロブリン、α1-ミクログロブリンの近位尿細管機能の低下する傾向は観察されたが、血中カドミウム、血中鉛、尿中カドミウム、尿中鉛濃度、血中ダイオキシン濃度との間に有意の相関は無く、被験者が受けている汚染物質曝露との間に、因果関係は示すことができなかった。さらに、栄養調査結果と健康指標との相関について検討を加えている。
分担研究者池田は、日本全国10地域に住む35歳から65歳までの女性10,753名の尿試料について、カドミウム濃度とβ2-ミクログロブリン及びα1-ミクログロブリン濃度の関係を解析した。年齢の影響を取り除くと、カドミウムとこれらの腎機能指標の間に明瞭な量影響関係は認められなかった。カドミウム曝露のレベルは地域によって大きな差が検出されたが、この研究によってカバーされた範囲の曝露では、カドミウムによって腎機能影響が出現しているとの証拠は得られなかった。
分担研究者大前は、健康で喫煙習慣の無い女性ボランティア25名に、通常より大幅に低いカドミウムを含有する飲食材を用いて調理した食品を12日間摂食し、カドミウム基礎排泄に可能な限り近づけ、その後通常濃度のカドミウムを含む食品を1-3日摂食し、その後さらに低濃度食品に戻すというプロトコルで生活してもらい、その間の血液中、尿中、糞便中カドミウムを測定した。その結果、カドミウムの消化管からの吸収率は約23%であり、一方消化管への排泄量も予想以上に大きいことが明らかになった。
結論
全国10地域の中高年女性約1万人についての大規模調査、および5地域の中高年女性約1,400人についての精密調査の結果、地域によりカドミウム曝露レベルに大きな差があったが、カドミウム曝露によると考えられる腎機能障害が起こっていることを示す証拠は得られなかった。カドミウムの吸収排泄に関して予想以上に大きな消化管吸収率が観察されたが、同時に消化管への排泄量も大であることが示された。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-