ダイオキシンなど環境化学物質による次世代影響―特に増加する小児疾患発症メカニズムの解明とリスク評価―

文献情報

文献番号
200100890A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシンなど環境化学物質による次世代影響―特に増加する小児疾患発症メカニズムの解明とリスク評価―
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
岸 玲子(北海道大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 田島敏広
  • 水上尚典(北海道大学大学院医学研究科)
  • 佐藤 剛(札幌医科大学保健医療学部作業療法学科)
  • 西村孝司(北海道大学遺伝子病制御研究所)
  • 藤田正一(北海道大学大学院獣医学研究科)
  • 中澤裕之(星薬科大学薬品分析化学教室)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
21,905,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ダイオキシンやPCB等の環境化学物質は生体内で高い蓄積性をもつことが知られているが、我が国では、「一般人が曝露される低濃度の汚染で、最も鋭敏な次世代の影響を視野にいれた疫学研究」が大きく立ち遅れている。現在、胎内曝露による次世代影響のリスク評価と近年増加が懸念されている小児疾患の発症機序の解明は緊急の重要課題である。そこで、地域ベースで妊婦を対象に前向きコホートを設定しによる総合的な次世代影響に関する疫学研究班が発足した。その研究目的は環境化学物質の次世代影響の総合的なリスク評価である。リスク評価の対象として 1.注意欠陥・多動性障害(ADHD)など小児の神経発達障害/行動異常、2.甲状腺機能低下症など内泌分代謝疾患、3.アトピー、喘息などのアレルギー・免疫系の異常等を設定した。また、4.環境化学物質の暴露評価指標測定系の検討を行い、これらの機能異常および疾患に関して、環境要因、遺伝要因をも含めた総合的な研究を、5.妊婦を対象とした前向きコホートを設定し実施する。
研究方法
1.小児の神経発達障害/行動異常に関する研究 (1)甲状腺機能低下症例55例に知能検査を実施し、ADHD1症例に甲状腺機能検査を実施した。全身性甲状腺ホルモン不応症(GRTH)症例で TRβ遺伝子をPCR-直接塩基配列法にて解析した。(2)学習障害児21名の周産期の状況、発達特性の調査を行った。ADHDおよびLD児の親340名を対象に親の生活状況と児の発達状況に関する調査を実施した。2.発達障害児の親に調査票の実施と、児の甲状腺機能検査を施行した。また、札幌市衛生研究所が保存する過去の妊婦及び新生児甲状腺マススクリーニング検査結果を症例群と対照群について解析比較する。3.アレルギー・免疫系の評価系の確立(1)末梢血単核球の細胞内サイトカイン染色を行いFACSCaliburにてCD4+細胞のIFN-γ/IL-4産生を調べた。またCD4+CD45RA+NaiveT細胞を単離し、Th1条件下およびTh2条件下、固相化抗CD3抗体で刺激しIFN-γ/IL-4産生を解析した。4) 基礎研究としてラットにAhR(aryl hydrocarbon receptor)アゴニストのベンツピレンを投与し、マイクロアレイ解析法を用いて、発現レベルが変動するmRNA群を同定した。妊娠及び非妊娠動物にAhRリガンドを投与し、異物代謝能の変化を調べた。さらに、実験動物と培養細胞を用いエストロゲン類のCYP1ファミリーの発現への作用メカニズムを明らかにした。(2)新生児胎便中のダイオキシンおよびコプラナPCBを GC/MS法にて測定した。(3)フタル酸エステル類,ビスフェノールA,ノニルフェノール及びダイオキシン類の前処理方法、方法論・留意点などを概説した。5.札幌市にて妊婦とその児を対象とする前向きコホート研究を開始した。妊娠10~16週の妊婦で同意を得た者について、児の神経行動発達、内分泌機能およびアレルギー・免疫系に関し長期的に追跡する。調査票にて母の食習慣・居住環境等を調べる。児について標準化された認知感覚系の行動テストの実施、フリーT4、FSH、IgE、サイトカイン等を測定する。母体血、臍帯血、胎盤および母乳を採取保存し、内分泌かく乱物質測定を行う。また、母の毛髪から重金属濃度を測定する。さらに異物代謝酵素などの遺伝子多型検査を実施する。本研究の疫学調査は北海道大学大学院医学研究科医の倫理委員会および遺伝子解析審査小委員会、同遺伝子病制御研究所の倫理規定に従って実施し、実験動
物の扱いに関しては、大学の指針に従った。
結果と考察
1.小児の神経発達障害/行動異常に関する研究 (1)甲状腺機能低下55症例の知能検査の結果、IQ90以上の症例は形成異常群で60% (9/15)、合成障害群で90% (27/30)、計80% であった。ADHDは認められなかった。ADHD症例1例のTRβ遺伝子検索の結果、異常はなかった。GRTHと診断した1家系についてTRβ遺伝子のホルモン結合領域であるE460Kの変異を同定した。(2)学習障害児20名中、低体重出生または仮死既往ありが9例認められた。運動発達では仮死の既往の有無で差はなかった。知能検査結果では、仮死既往がある児で言語性IQが82.5、ない者で92.6と有意な差があった。後ろ向きに見た発達状況で乳幼児期から言語理解、落ち着きのない行動、集団への適応性に問題を示していた児が多く、これらの発達指標が早期の障害の発見に有用であると考えられた。2.発達障害児の親に調査票を配布し、承諾を得られた児の甲状腺機能検査を施行している。3.アレルギー・免疫系の異常 (1) CD4+細胞のIFN-γ/IL-4産生細胞の解析結果、IFN-γ/IL-4すなわちTh1/Th2バランスは、2 (8/4)であった。Th1細胞の解析結果では、30.5 (61/2)であった。Th2細胞のIFN-γ/IL-4産生細胞では、0.1 (1/15)であった。今後、コホート内症例対照研究にてTh1/Th2バランスと各種因子との関連を検討する。4. 環境化学物質の暴露評価指標測定系の検討 (1)ベンゾピレン曝露により、ラットの血液中で、44遺伝子のmRNAレベルの発現が上昇していた。妊娠期及び非妊娠期に3メチルコラントレンに曝露した母ラットの肝臓の異物代謝能では、CYP1A1依存の代謝活性であるEROD活性は、妊娠期で低い活性を示した。グルクロン酸抱合酵素活性は、妊娠ラットで有意に低かった。以上より、妊娠期ではP450等の異物代謝酵素群の外来異物による発現誘導が抑制されることが示唆された。17βエストラジオールによるCYP1A1誘導阻害を検討した結果、ヒト乳癌由来MCF-7細胞で、CYP1A1はエストロゲン共存下でベンゾピレンによるCYP1A1誘導度が顕著に抑制された。AhRが発現を調節しているCYP1B1では、エストロゲン共存によってmRNA発現誘導に影響が見られなかった。これらの結果、プロモーター領域の違いによって、エストロゲンによるAhR機能の抑制作用が異なることが示唆された。エクイレニンがCYP1Aサブファミリーに及ぼす影響については、競合実験およびレポーターアッセイからエクイレニンがAhRに直接結合し、XRE転写活性化能を有することがわかった。また、ウェスタンブロッティング解析の結果、AhRノックアウトマウスにおけるEROD活性上昇は、CYP1A2の発現レベルが上昇する為であることが明らかとなった。以上より、エストロゲン類がP450分子種に影響を及ぼすことが明らかとなった。(2)胎便6例を測定し、2例で濃度が判明した。胎便量5.7~8.5g量でPCDDs+PCDFs/コプラナPCB濃度が、3.5/4.5pg-TEQ/g-fat,3.8/2.3pg-TEQ/g-fat毒性等量であった。ヒト胎児における暴露状態の測定系としての有用性が示唆された。(3)フタル酸エステル類の測定法として、GC/MSが主で前処理操作が重要となる。ビスフェノールAの分析上の目標定量限界値は、0.1~0.5 ppbレベル、ノニルフェノールでは、0.5~1.0 ppbレベルである。主な分析法はGC/MSである。ダイオキシン類の測定には、数段階の抽出及びクリーンアップ操作が必要となる。血液、母乳等の生体試料を対象とした内分泌かく乱化学物質の分析法は、試料の採取方法、保存方法に対する配慮、代謝物に対する検討を十分行い、信頼性の高い分析法を用いることが非常に重要となる。5.札幌市内で最も分娩数が多い一般病院の協力を得て、妊娠週数10週-16週の妊婦を対象に前向きコホート研究を開始し、妊婦コホート集団の設定を行っている状況である。環境化学物質の次世代影響に関する文献調査を重ね、この結果をもとに調査票の作成を含む研究プロトコールの作成を行った。また、前向きコホート研究で神経発達、内分泌関連、アレルギー・免疫関連の各領域における詳細な評価方法について対象医療機関において実施可能な形での検討を重ね策定し、対象者
募集プロトコールマニュアルを作成した。
結論
3年間の前方視的研究で、ダイオキシン、PCB、内分泌かく乱化学物質等のヒト次世代影響の解明、児の神経発達障害/ADHD行動異常、アレルギー疾患などの総合的なリスク評価を行い、環境化学物質に対するハイリスク・グループの発見と予防対策の樹立を図ることが本研究の目的である。この目的に沿って、基礎、臨床、および疫学領域と幅広い研究組織としてスタートしたが、各分担研究毎に順調な成果を上げており、環境化学物質による次世代影響の解明研究として、長期的な妊婦前向きコホートの設定が開始されたことは特筆される。

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