ダイオキシンの代謝と毒性発現の作用機序の解析(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100888A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシンの代謝と毒性発現の作用機序の解析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
川尻 要(埼玉県立がんセンター・研究室)
研究分担者(所属機関)
  • 諸橋憲一郎(岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所)
  • 井上 國世(京都大学大学院農学研究科)
  • 榊 利之(京都大学大学院農学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
13,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ダイオキシンによる環境汚染が深刻な社会問題となっている。ダイオキシンは奇形の誘導、発癌プロモーション、免疫能の低下、薬物代謝酵素の誘導を引き起こし、生殖機能へ影響を及ぼす可能性があるとも考えられている。脂溶性が高く、しかも生物活性の高いダイオキシンは、環境中での濃度は低くても食物連鎖により濃縮され、人体に深刻な影響を与えることが憂慮されている。ダイオキシンの代謝とその毒性発現の作用機序を明らかにすることを研究目的とする。
研究方法
研究目的を達成するために以下のアプローチで研究をすすめる。
(I) ヒトにおけるダイオキシンの代謝と毒性評価 (井上・榊)
本研究の目的は多種類のヒト由来酵素を用いて種々のダイオキシン類の代謝を調べ、ヒト体内における代謝を予測し、それぞれの毒性を正確に評価することである。ヒト肝臓由来の12種のチトクロームP450を発現している酵母のミクロソーム画分あるいは菌体を用いて代謝を調べる。代謝産物はHPLCおよびGC-MS等により分析、同定し、毒性は変異原性試験およびAhRとの親和性を調べることにより評価する。多種類のヒト由来チトクロームP450を用いたダイオキシン類代謝研究は国内外において例がなく、反応メカニズムの解明など世界をリードする研究に発展すると考えられる。同時に、本研究で得られる結果はヒトにおけるダイオキシン類の毒性を正確に評価するためにきわめて重要であると考えられる。
(II) ダイオキシンの毒性発現の作用機序の解析 (川尻・諸橋)
細胞内に取り込まれたダイオキシンが代謝された後に、どのようなメカニズムで標的遺伝子に作用し、生殖機能に影響を与えるかという作用機序の解明の研究である。毒性はAhR/ARNTシステムにより仲介されるが、AhRは細胞質・核間を移行するシャトルタンパク質であることを我々はすでに見い出している。分子内修飾、分子間相互作用によるAhRの核移行、核外移行によるシグナル伝達メカニズムについて調べる。AhRの生理機能と内因性リガンドについても検討する。また、ヒト生殖腺由来の細胞やAhRノックアウトマウスを用いて、性分化に関与する転写因子群とAhRとのクロストークを解析する。本研究で得られる結果と(I)の代謝研究による成果を合わせることにより、ダイオキシンのヒトの生殖機能への影響を評価できる重要な知見が得られることが期待される。
結果と考察
(I)ヒトにおけるダイオキシンの代謝と毒性評価 (井上・榊)
1. ヒト由来P450によるダイオキシンの代謝
平成13年度においては申請書に記載した計画のうち、主にヒト由来P450を用いたダイオキシン類の代謝についての研究を進展させた。12種類のヒト由来P450(1A1, 1A2, 1B1, 2A6, 2B6, 2C8, 2C9, 2C18, 2C19, 2D6, 2E1, 3A4)のそれぞれを発現させた酵母のミクロソーム画分に種々のダイオキシン誘導体を添加し、代謝産物をHPLCおよびGC-MSにより分析した。その結果、ジベンゾパラダイオキシン(DD)の0~3塩基置換体のいずれに対しても複数のP450分子種が代謝能を示し、基質特異性、反応特異性はP450分子種により大きく異なることを明らかにした。エポキシドを介すると考えられる環の水酸化及び転移反応、脱塩素を伴う水酸化反応がおもな反応であり、多くの場合、代謝物は複数存在した。すなわち、2C9, 2C9, 2E1, 3A4はほとんど代謝活性を示さなかった。2C9及び2D6は少なくとも片方の環に塩素原子が存在しない基質に対して高い活性を示した。1B1は2位に塩素原子が存在するダイオキシンに対しては活性を示し、1A1, 1A2は0~3塩素置換体全般に代謝能を示した。しかしながら、最も毒性の強いTCDDに対してはいずれのP450も代謝活性能を示さなかった。
2. CYP1Aサブファミリーによるダイオキシン代謝における動物種差
ヒトとラットではダイオキシン(2,3,7,8-TetraCDD)に対する感受性が大きく異なることが知られており、P450の代謝能に基づく可能性が考えられる。ダイオキシン代謝に関して中心的役割を果たすと考えられるCYP1A1および CYP1A2について種差を調べた。その結果、CYP1A1の反応特異性において大きな差が認められた。前述のようにヒトCYP1A1は塩素置換数0~3のDDに対して塩素置換数が高くなるほど高い活性を示したが、ラットCYP1A1は塩素置換数0~3のDDに対し、塩素置換数にかかわらず一様に高い活性を示した。 また、ラットCYP1A1発現酵母の生菌体を用いて2-モノクロロジベンゾパラダイオキシン(2-MCDD)の代謝経路を詳細に調べたところ、エポキシドを介すると考えられる環の水酸化反応、脱塩素反応を伴う水酸化反応、NIHシフト、多段階水酸化反応、さらにはダイオキシンの毒性低下に最も重要な反応であると考えられる環の開裂反応を司ることが分かった。しかしながら、最も毒性の高い2,3,7,8-TetraCDDに対しては高い結合能を有するものの、代謝活性は検出されず、ヒトCYP1A1と同様の結果が得られた。現在、ミクロソーム画分および生菌体を用いた活性測定法の改良により2,3,7,8-TetraCDD代謝活性の検出限界を上げることを試みている。
(II) ダイオキシンの毒性発現の作用機序の解析 (川尻・諸橋)
1. AhRの細胞質・核間輸送の解析
AhRの核移行、核外移行によるシグナル伝達メカニズムについての研究の一環としてAhRに存在している2カ所のNR boxの機能について明らかにした(J. Biochem., 131, 79-85, 2002)。 NR box は当初コアクチベーターに存在し、このモチーフ(LXXLL)を介して核内受容体が結合してリガンド依存的な転写を促進することが明らかにされたが、その後、蛋白質間相互作用にも関与していることが示された。AhRのNR box 1 (50-54) はNLSとNESの間に位置しており、このモチーフに変異を導入するとリガンドが存在しなくてもAhRは細胞質から核へと移行することが観察された。従って、AhRは単にHsp90などの因子と結合することにより細胞質に繋留されているのではなく、核からのNESによる積極的な排出やNR boxを介しての蛋白質の分子間・分子内相互作用などの複合的メカニズムによる動的なバランスの上で細胞質に存在していることが示唆された。
2. 性分化関連因子の細胞内局在
ダイオキシンの複合的な生物機能への影響を解析するために、性分化関連因子でありステロイドホルモン合成を調節するSF-1とその抑制作用を示すDax-1の細胞内での相互作用について検討した。その結果、Dax-1はSF-1と結合してSF-1のNLSを利用して核に移行すること、SF-1との結合にはDax-1の3カ所に存在しているNR box のうちで最もN端に近いNR box 1が関与すること、これらの複合体の核への移行にはDax-1のC端に存在しているAF2ドメインも重要であること、AF2ドメインに変異のある先天性副腎低形成 (AHC) 患者のDAX-1はSF-1依存的な核移行活性が非常に低下していることが示された。従って、正常なDAX-1の細胞内局在性が変異により乱されることにより遺伝性疾患AHCの原因の一部になることが示唆された。同時に、マウス精巣のLeidig細胞由来のI-10細胞にダイオキシンを暴露させて遺伝子発現への影響をDNAチップで検討したところ、SF-1で調節されている遺伝子群が影響されていることが示唆された。
結論
ヒト由来のP450を発現させた酵母を用いてダイオキシンの代謝についての基礎的な知見が得られた。AhRの分子内にあるLXXLLモチーフがその細胞内局在に重要な働きをもつことが明らかになった。ステロイドホルモン合成を調節しているSF-1とDax-1の細胞内での相互作用、特にDax-1の核移行についての基礎的な知見が得られた。今後、活性測定法の改良によるTCDD代謝活性の検出限界をあげることやphaseII酵素群の酵素の同時発現系、及びヒト肝ミクロゾームを用いた代謝研究が必要である。また、細胞増殖や分化の過程を調節するような刺激に応じたAhRの局在および転写調節活性の変化を検討することも必要であり、AhRのリン酸化など分子内修飾の関わりについても検討することが重要と思われる。ステロイドホルモン産生細胞にダイオキシンを暴露し、遺伝子発現がどのように影響を受けるかについて検討することにより生物への影響特に性分化への影響について検討することが必要である。

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